見出し画像

#17 その場のインスピレーションを信じる『The Well』 Nigel Shafran

『The Well』 Nigel Shafran (Loose Joints 2022)

イギリス人フォトグラファー、ナイジェル・シャフランの作品集。1980年代半ばから「i-D」「The Face」などでコマーシャルフォトグラフィーを手掛けており、コマーシャル業界への関心がこのプロジェクトの発端となっている。「The Well」とは、ファッション業界用語で雑誌のメインビジュアルを指す。作者のコマーシャル作品とそうでないものの両サイドに対する写真のアプローチの記録であり、インタビューと作者自身とその仲間によるテキストが図版と織り交ぜられた構成。ブックデザインはオランダのグラフィックデザイナー Linda van Deursenによるもの。この写真集は写真家の頭の中を覗き見できる珍しい写真集だ。彼の創作に対する考え方が詰まっている。

ナイジェル・シャフランはロンドンの写真家のアシスタントとしてキャリアをスタートした。1984年20歳のときニューヨークに移り、スタジオや路上で主に商業ファッション写真家のアシスタントとして働いた。刺激的な日々であったが1986年に不法就労のため国外追放される。ロンドンに戻り、やがて「The Face」や「i-D」などの雑誌で働きはじめた。
アシスタント時代は商業的な仕事と他の仕事は別のものという考えで分けていたが、次第にそれらが融合し混ざり合い現在のスタイルへと変化したという。この混ざり合った現在の彼のスタイルは綺麗なグラデーションのようであり、視覚的シンプルさと日常に対する鋭い目によってバランスが取れている。

Photoshopがまだ無かった時代、包帯・目のコピーを使って舞台メイクを施した遊び心溢れる写真だ。現在はPhotoshopの登場により、ある場面では「ゆがみフィルター」を駆使し理想の身体化をする、「コピースタンプツール」で誇張されたイメージを生産することが可能になった。Photoshopを用いることは単なるツールの使用である以上に意味を持っている。ユーザーが自らの生活や身体の理想化をすることもある。またsnsの発達により、全てのプラットフォームに向けて膨大な量のコンテンツを創造することが強いられる。インターネットは世界中に存在するネットワークと相互接続をしている巨大な透明の網ではっきりはしないが強力な引力のブラックホールである。バランスをみて表現をコントロールしなければビジュアルコミュニケーションの一貫性は失われ表現の核はブレてしまうだろう。

彼はありのままの彼女を撮った。より存在感があり親しみのある彼女が写真の中にいる。ナイジェルの自宅のキッチンで撮影されたこの写真はアイディアが尽きたのでパートナーのルースを撮った写真を再演した。日常の思考の蓄積をシンプルに整理するかのような軽やかさがある。親しみと写真の美しさが共存していて個人的にこの写真には何か惹かれるものがある。彼は恐らく世界を俯瞰する目と目の前の出来事に対してフォーカスする目のバランスが取れているのだろう。

『日常のことについては1000回以上は口にしているのであまり話したくもないのですが、自分の目の前にあるものを意識すること、そして持っていないものではなく、今自分が手にしているものこそが重要なのだと思うのです。今の世界と広告は、私たちがまだ所有していない物事を手に入れさせようとしてきますが、私は自分の身の回りにあるもので幸せに…別の言葉で置き換えると何でしょうか?はっきりとはわかりませんが、今あるもので平穏な気持ちになりたいと思っているのです。平穏という言葉も正確かはわかりません。あまり言葉巧みにはならないようにしているんです。コマーシャルワークとパーソナルワークの間には多少の緊張関係のようなものがあり、それらは一方が他方に、あるいは互いに補完しあっています。悪いことばかりではないですし、おそらくどちらか一方が欠けても私はやっていくことはできないのでしょう。』

INTERVIEW:Nigel Shafran(Photographer)twelvebooks https://ja.twelve-books.com › blogs › articles › intervie...

彼の現場でのやり方はあえて事前に何も考えずにその場のインスピレーションを信じていると語っている。その信じる力が誰とも比べることもできない唯一無二の写真を撮ることができるのだろう。とは言っても本当に何も考えていないのではなく、普段の思考の蓄積がアイディアの引き出しの数となり、無意識的にその引き出しを引っ張っている。「Workbooks」は1984年から2024年までシャフランが生涯をかけて収集、想像、スケッチ、記録したクリエイティブな作品をまとめた書籍であり、シャフランの本作りへの投資は、彼のアイデアやプロジェクトを構築する方法にも不可欠であることがよく分かる。

やりたいことが明確でなくアクションすることですべてが起こる。ハプニングや意外性を重きに、実験的身体的に画作りしている。何かを生み出そうと頭の中でぐるぐる考えるのではなく、「やってみた方がいいよ?」という言葉が聞こえてきそうなほどちゃんと撮影の裏側を見せてくれる。制作において何かを始めないことには前に進めないと強く背中を押してくれるような一冊だ。

引用・参照 
・インスタグラムと現代視覚文化論 レフ・マノヴィッチのカルチュラル・アナリティクスをめぐって
コラム>ファッション写真は一足先の信じられるリアリティを描く ...Vogue Japanhttps://www.vogue.co.jp › article › in-fashion-photogra...

______________________
執筆者
秋田紀子/Noriko Akita
2000年生まれ大阪府出身。京都精華大学芸術学部版画専攻卒業後、デザイン事務所のアシスタントを経て、現在桑沢デザイン研究所夜間部専攻デザイン科 ビジュアルデザイン専攻在学中。
文章を書くことに興味を持ち、book review practiceでブックレビューを始めました。自身のイラスト、文章で本を出版することが現在の目標です。
IG:@cyan_12o
______________________

いいなと思ったら応援しよう!

flotsambooks
サポートされたい。本当に。切実に。世の中には二種類の人間しかいません。サポートする人間とサポートされる人間とサポートしない人間とサポートされない人間。