「御手の中で」〜とある老司祭の生涯‥16
坂道の途中まで、辺りはひどい有様だった。なぎ倒された電信柱、ぺしゃんこに押し潰された家々、山のように積み上がった流木の塊がもの言わぬ静けさの中に立ち塞がり、つい何日か前まで、ここで人々が日常を送っていたということが信じられないような、圧倒的に暗く、虚しいオーラを発していた。
水はここまで来たのだ、という印ははっきりと残されていた。かろうじて崩れずに建っている建物の壁は、高さ七、八㍍の辺りで明らかに色が変わっていた。それでも路傍には、名も知らぬ小さな白い花が、けなげに、何事もなかったかのように咲いていた。
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