めたくそ特別なあなたへ
2017年11月4日、私は梅田芸術劇場の二階から彼を見ました。彼はミュージカル子役で、私はミュージカルファンでした。
そして2023年9月23日、豊洲pitの客席で彼と再会しました。彼はアイドルで、そして私は彼のファンです。
まばゆいサスペンションライトを浴びて、広い舞台の真ん中で踊る姿に一瞬、6年前の幼い彼が被りました。あの日から変わらない彼の情熱が私を6年前へといざないました。
ビリー・エリオット。彼が6年前に主演したミュージカルです。さまざまな困難にぶち当たりながら、一途にバレエダンサーを目指す少年ビリーの物語。作中で彼のバレエの先生はビリーにこう言います。
「あんたはめたくそ特別よ」
ほんと言うと子どもというやつはみんな特別なんです。みんな才能に満ち溢れていて、無限の可能性を秘めている。生まれてくるとき、赤子はみな神さまからこう祝福を受けます。「ようこそ、この世界は君のものだよ」
けれど「めたくそ特別」であり続けられるひとはそう多くありません。みんなどこかで翼をもがれてしまう。自分は飛べないのだと気づいてしまう。世界の不条理の前に膝をつき、いつかゆりかごの中で自分に語りかけた神さまはただのまやかしだったのだと知るのです。
そんな中で、一握りのひとだけが特別であり続けます。それは神さまに選ばれた人間なのでしょうか。わかりません。けれど私はこう思います。翼をもがれてもなお自分は飛べると信じた者だけが、特別であり続けられるのかもしれないと。彼らを特別たらしめるのは神さまではなく彼ら自身なのかもしれないと。
ビリーは想像の中で、成長した自らと踊りながら浮遊します。そしてこう歌います。「僕は舞い上がる 鳥のように」と。ビリーは周囲に反対され、障壁に阻まれながらも自分が飛べることを疑いませんでした。だからこそビリーは「めたくそ特別」だったのかもしれません。
かつてビリーを演じ、今、アイドルになるという夢を叶えたハルトもまた、きっと同じです。
「何回挫折しなきゃいけないの」とハルトは言ったことがあります。それを聞いて本当に苦しかったのを覚えています。ビリーを演じる彼を見たとき、彼はこれから花道だけを歩くのだと私は漠然と感じていました。輝かしい経歴、輝かしい未来。栄光ばかりが彼に降り注ぐ、そんな予感。
けれど現実の彼は何度も挫折して、夢破れて、そのたびに深く傷ついていました。選ばれた子どもだった彼も、世界の不条理の前には無傷ではいられなかった。それでも、だからこそ、ハルトはやっぱり「めたくそ特別」なのだと私は信じました。だって彼はあきらめなかったから。
夢を叶えられるひとだから特別なんじゃない。夢を信じて、情熱を絶やさず走り続けられるひとだから彼は特別でした。だから彼のパフォーマンスは、ひとの胸を打つのだと思います。
昨日豊洲pitの照明が落ちるその時まで、本当は私はすこし不安でした。ここのところあまり体調が良くなかったからです。ちゃんとショーケースを楽しめるかどうかわからなかった。けれど照明がついてハルトたちが踊りだしたとき、その不安を私は忘れました。体中の細胞がわっと騒ぎ出して、胸のうちから指先まで幸福が伝播しました。ただ幸せでした。彼らのステージを見ていると、自然と幸せになれました。私だけじゃない、会場中のみんなが同じ幸せを共有しているのを肌で感じました。
アイドルに一番必要なのって、歌とダンスで見ている人を笑顔にすることなんじゃないかと私は思います。だからその意味で、ハルトは、ハルトたちは、まごうことなきアイドルでした。アイドルとして歌って踊っておしゃべりする彼らは、本当にきらきら輝いていました。そうして私たちみんなを笑顔にしてくれました。
「みんなの笑顔が見れて、アイドル目指してよかったって思いました。今日まで頑張ってきてよかった」
最後のあいさつで、ハルトは泣きながらそう言いました。それが一番の吉報でした。彼の努力が、人生が報われたのなら、それ以上に喜ばしいことはありません。私はたぶん、ボイプラが始まったときから、あるいは彼が渡韓すると知ったときからずっと、その言葉が聞きたかったのだと思います。
身を削って努力してきたひとに、特別なひとに、正しく幸せが訪れる世界であるということが私には何より重要でした。
情熱を絶やさないでいてくれてありがとう。夢をあきらめないでいてくれてありがとう。世界はただ不条理なだけではないと思わせてくれてありがとう。めたくそ特別なあなたが夢を叶える瞬間に立ち会えてとても幸せでした。
きっとこれからいろんなことがあるのだと思います。世界はときには厳しく牙をむくかもしれません。彼にも、私にも、みなさんにも、つらい瞬間は何度も訪れるはずです。
けれどこんな美しい瞬間があったという事実は、必ず私たちの心を慰めてくれると思います。だから忘れないようにしたいです。世界が真っ暗になって、人生に価値を見出せなくなったときには思い出します。幼いころから情熱を絶やさず努力してきた彼が、夢を叶えた瞬間のことを。