BTS『Dionysus』がARMYへの信頼の曲なのではという話
タイトルのまんまです。このnoteでは、防弾少年団さんの作品『Dionysus』について考察します。
まずはじめに、このnoteの考察はファンによる憶測にすぎず、完全なるたわごとであることをご了承ください。
第二に、私は先月BTSさんを知ったばかりの新規ファンだということも添えさせてください。ファンというより勉強中の身です。
要するに、話半分に読んでいただけたら幸いに思います。ただちょっとギリシア神話の知識があるオタクがぶつぶつ喋ってるだけのnoteです。
また初めのほうはすでに考察されつくしたようなことばかり話しています。本題は四章からですので、是非目次からそちらに飛んでください。
歌詞引用の和訳は以下のサイト様を参考にしています。
1.芸術も酒
ディオニュソス。ギリシア神話の神で、葡萄酒をつかさどります。熱狂的な女性信者たちを多く従え、狂乱的な祭祀を執り行うことが特徴です。葡萄酒の神、と言ってはいますが、むしろ狂気の神と言ったほうが適切なほど彼の逸話と信仰は狂気に彩られています。
ディオニュソスの祭祀はのちにギリシア悲劇の誕生につながることになります。またオルフェウス教と結びつき、キリスト教などの宗教に大きな影響を及ぼすなど、文化的に大きな意味を持つ神です。
もともと芸術をつかさどる神ではないのですが、近代以降彼には芸術のイメージがついて回ります。その立役者がニーチェ。ニーチェは芸術をアポロン的なものとディオニュソス的なものに二分します。
ディオニュソス型
ギリシア彫刻の晴朗沈静に対して激情の躍動を表現し、アポロン型に対立する。
――『ブリタニカ国際大百科事典』
アポロン型が形式、秩序、理性の芸術であるとすれば、ディオニュソス型は陶酔、激情、創造の芸術。もともと芸術の神であったアポロンに対し、ニーチェは葡萄酒の神であったディオニュソスを引き合いに出すことで陶酔的な芸術の型としたのです。
BTSさんの『Dionysus』で芸術が酒に例えられるのはそのためです。
예술도 술이지 뭐, 마시면 취해 fool
芸術も酒なんだよ、飲んだら酔うぞ バカが
RMさんのこのリリックがもっとも直接的ですよね。全体として『Dionysus』は、「BTSの生み出す曲が芸術であること、それもディオニュソス的な激情の発露であり、人を酔わせるものであること」がテーマになった作品と言えます(そもそも音楽はディオニュソス的な芸術とされるものですしね)。
다 빠져 빠져 빠져 미친 예술가에
皆 溺れろ 溺れろ 溺れろ 狂った芸術家に
さらに、サビでわざわざ「狂った」芸術家と歌われるのは、前述したようにディオニュソス信仰が狂気的なものをはらんでいるからだと考えられます。
葡萄酒の神ディオニュソスを引き合いに出し、芸術も酒だと歌う。この発想がもう天才です。ありがとうございます。ギリシア神話オタクは大歓喜です。
2.壊れたテュルソス
歌詞に何度も出てくるテュルソスという言葉。これはディオニュソスが持つ杖で、信者たちもまたこの杖を持ちます。
テュルソス
霊妙な威力を発揮し、無敵の武器ともなり、乳や蜜、清水などを自由に湧出させると信じられた。
――『ブリタニカ国際大百科事典』
冒頭に貼った動画でRMさんが持っているのがテュルソスです。また歌詞の中に何度も直接的に出てくるほか、
아이비와 거친 나무로 된 mic
ツタと荒い木で出来たマイク
RMさんのこのリリックもテュルソスのことを指すと考えていいと思います。BTSさんにとってはテュルソスはマイクなわけです(余談ですが信者もテュルソスを持つわけですから、ARMYにとってのテュルソスはアミボムかもしれませんね)。何度も「テュルソスをつかむ」という歌詞があるのは、「マイクをつかむ」と読み替えることもでき、彼らの音楽への強い意志を表しているように思われます。
BTSさんが操る無敵の武器。それがまさにマイクである。しかし、二番のジョングクさんパートでは、このように歌われます。
Can’t you see my stacked
Broken thyrsus
俺の壊れたテュルソスの積み重ねを見せることはない
無敵の武器が、無敵でなくなったことが何度もあった。人知れず重ねてきた苦しみを「壊れたテュルソス」と表現するセンス。天才としか思えません。歌詞は以下のように続きます。
이제 난 다시 태어나네 비로소
今、俺は生まれ変わるんだなようやく
挫折の繰り返しを経て、今生まれ変わる。この「生まれ変わる」については次章で説明します。
3.俺たちは二度生まれる
우린 두 번 태어나지
俺たちは二度生まれるんだ
一番ではジョングクさんによって、二番ではジミンさんによって歌われるこの言葉。この言葉を読み解くためにはディオニュソスの生い立ちに触れる必要があります。
テバイの王女セメレーはゼウスに言い寄られ、彼の子を身ごもります。しかしそれに嫉妬したゼウスの妻、ヘラがセメレーに「あなたの子の父親が本当にゼウスなのか確かめてみては」と吹き込むのです。そそのかされたセメレーはゼウスに本当の姿を見せてくれるように頼み、ゼウスはその要求をのみます。しかし神の真の姿に人間が耐えきれるはずもなく(そのうえゼウスはいかづちでした)、セメレーは焼け死んでしまいます。ゼウスはせめて子どもだけでも助けようとセメレーの胎内から子を取り上げ、臨月を迎えるまで自分の腿に埋め込んで育てるのです。やがてゼウスの腿から生まれた子は、神の体から生まれたことから神格を得てディオニュソスと名付けられます。
つまりディオニュソスは、セメレーの胎から取り上げられることで一度目の誕生を迎え(このときはまだ半神)、ゼウスの腿から生まれることで完全なる神として二度目の誕生を迎えるわけです。
『Dionysus』で歌われる「俺たちは二度生まれる」は、ディオニュソスのこの逸話を元にしていると考えられます。
さらに後半では、SUGAさんのバースでこのようなリリックがあります。
K-POP 아이돌로 태어나
다시 환생한 artist
K-POPアイドルとして生まれ
再び生まれ変わったアーティスト
このリリックを踏まえると、「俺たちは二度生まれる」は「アイドルとして誕生したのち、芸術家として二度目の誕生を迎えた」という意味で取ることができます。
要するに、二度生まれたディオニュソスと、アイドルでもあり芸術家でもある自分たちをかけているわけです。すごい。なに食べたらこんなリリック思いつくんですか? 大天才です。
4.バッコスの徒
それでは本題です。本題までが長すぎる。
ディオニュソスは、前述したように熱狂的な女性信者たちを従える神でした。これはまさに、BTSさんとARMYの関係性に当てはまるようにも思えます。葡萄酒で信者を酩酊させるディオニュソス、芸術でARMYを酔わせるBTSさん。
しかし、ディオニュソスはもともとトラキア・マケドニアなど東方の異教の神であり、彼とその信者たちはその祭祀の異質性、狂乱性からギリシアでははじめ白眼視されていたのです。
先日のビルボード誌でのRMさんの言葉が記憶に新しいですよね。
僕たちがボーイズグループであること、K-POPアイドルであること、そしてファンロイヤリティが高いことを理由に安易な非難の対象になっている気がします。
――Inside the Band's Business of BTS - And the Challenges Ahead
ファンロイヤリティの高さが原因で非難される、これはまさにディオニュソスの信者たちです。BTSさんはもしかしたら、もしかしたらですがこの部分も重ね合わせて自分たちをディオニュソスになぞらえたのかもしれません。熱狂的なファンを持つがゆえに非難される苦しさ、憤り。
さらに、そうなってくると注目したいのがソクラテスの言葉です。
じっさい、秘儀にたずさわる人々が言うように、『ディオニュソスの杖をもつ人々は多いが、バッコスの徒(ディオニュソスと一体になった人)は少ない』からだ。僕の考えでは、バッコスの徒とは他でもない正しく哲学した人々のことである。
――プラトン(岩田靖夫訳)『パイドン』岩波文庫、1998年。
バッコスとはディオニュソスのことです(また秘儀とはオルフェウス教のことを指します)。ソクラテスは、ディオニュソスの信徒こそ真の哲学者であると言っているのです。
もし、ですが。もしRMさんやSUGAさんJ-HOPEさんがこの言葉を知っていたとしたら。『Dionysus』という作品には、「ARMYこそBTSの芸術を真に解する哲学者だ」というメッセージが込められているのかもしれません。
だとすれば、『Dionysus』は『MAP OF THE SOUL : Persona』というタイトルの、心理学的・哲学的要素を持つアルバムの最後の作品としてあまりにもふさわしいのではないでしょうか。
と言っても、ラップラインの3人や作詞作業に携わってくださった方がこのソクラテスの言葉を知っていたかどうかは定かではありません。パイドンを読まなければまず出会わない言葉ですし。ですからあくまで、これは可能性のひとつです。
私は「作者が意図していないことまで考察する」行為があまり好きではなく、この記事を書くかどうかもかなり迷いました(他の方の考察を読むのは好きです。あくまで自分がするのが、の話です)。けれどあえて記事にしたのは、たとえ意図されていない、まったくの偶然だとしてもそれはそれでめちゃくちゃすごくない? と思ったからです。すごくない?
『MAP OF THE SOUL』というユング心理学をモチーフにしたアルバムの、最後の曲が「あなたたちが真の哲学者です」と伝える作品になっている。すごい。私は気づいたとき「コワ……」とつぶやきました。やっぱりBTSさん、只者ではない。たとえ偶然だとしても、これは是非書いておきたい。そう思って筆を取りました。
それと本当の話をすると、RMさんやSUGAさんならあるいは……という気持ちも多少あったので。
以上、『Dionysus』という作品についての一考察でした。あらためて書いてみると本当によく考えられた曲だな~と思います。みなさんがこの曲を楽しむ一助になれば幸いです。