見出し画像

UNKLE『Psyence Fiction』とGorillaz 『Gorillaz』の根底にあるヒップホップとUKロックの繋がり

トリップホップ~インストルメンタル・ヒップホップ/アブストラクト・ヒップホップを世界に普及させたイギリスのレーベルMo'WaxのオーナーであるJames Lavelleが1992年に始動させたプロジェクトUNKLEの1stアルバム『Psyence Fiction』(1998年作)はヒップホップ・サイドからロックにアプローチし、サンプリングを主体としたプロダクションの中でヒップホップとロックを最善最良の形で調和させた90年代を代表する名盤。

UNKLEはJames Lavelleを中心として共同制作者が流動的に入れ替わって作品を発表しており、結成当初はMajor ForceのK.U.D.O.(工藤昌之)とDFA Records/The DFAのTim Goldsworthyが楽曲製作を行う。イギリス~日本~アメリカで活動していたプロデューサー達がそれぞれのバックグラウンドを活かしてヒップホップを軸にハウス~アシッドジャズを経由してインストルメンタルをベースとした新奇のヒップホップを展開し、トリップホップというジャンルをPortisheadやMassive Attackと共に広めていた。

90年代中頃からトリップホップとは別の方向性として、UNKLEはヒップホップとロックを深い場所で繋げようとする動きも進めていた。活動当初からUNKLEはリミックス・ワークを積極的に行い、Placebo、Butthole Surfers、The Jon Spencer Blues Explosionといったロック・バンドのリミックスも担当。ロックを素材にB-Boyの頭を振らせるブレイクビーツを作り上げ、サンプラー/ターンテーブルを中心としてヒップホップとロックの融合を模索していたが、その方向性が形となったのが『Psyence Fiction』である。

『Psyence Fiction』期のUNKLEはJames LavelleとDJ Shadowの二人体制で活動しており、ジャンルに関係なく自分達が本当に好きでリスペクトするアーティスト達を集めてレコードを作るというJames LavelleのビジョンをもとにDJ Shadowが楽曲製作を担当。ジャズ~ファンク~ソウル~ヒップホップ~ロックからサンプリングされて作られるストーリー性のあるトラックにThom Yorke(Radiohead)やRichard Ashcroft(The Verve)の妖艶でメランコリックなボーカル、Kool G RapとMike D(Beastie Boys)のタイトでファンキーなラップ、The London Session Orchestraによる壮大なストリングス、Jason Newsted(Metallica)のベース・ギター/テルミンなどがフィーチャーされている。

『Psyence Fiction』は今では当たり前となったヒップホップとロックの融合、またはコラボレーションという形式を根付かせたという功績が挙げられ、Gorillazといったロックとヒップホップをクロスオーバーさせるバンド達が活躍する土台を作った。

『Psyence Fiction』完成までの道のり

1998年8月24日にMo'Waxから発表されたUNKLE『Psyence Fiction』の制作は1996年から開始され、当時既に1stアルバム『Entroducing...』を作り始めていたDJ Shadowは並行して『Psyence Fiction』の楽曲制作を進める。

『Psyence Fiction』で最初に取り組まれたコラボレーション曲はRichard Ashcroftとの「Lonely Soul」であり、この曲は今作において重要な曲の一つである。元々は1995年にリリースされたThe Verveの2ndアルバム『A Northern Soul』にJames Lavelleがインスパイアされたことが『Psyence Fiction』の構想へと繋がっているそうだ。アルバム制作前のあるとき、車でドライブ中だったJames Lavelleが『A Northern Soul』のカセットを流していたのを聴いたDJ Shadowも『A Northern Soul』に強く惚れ込んだという。

Richard Ashcroftはヒップホップ~ソウル~R&Bからの影響を受けた新しい世代のロック・アーティストであった為、DJ Shadowとの音楽的な共通点があり、お互いのルーツや世界観を上手く重ね合わせることに成功した。「Lonely Soul」は『Psyence Fiction』前半を締めくくる感動的で切ない名曲であり、サンプリングという手法で行われる作曲の最高到達点の一つだろう。

そして、もう一つ重要な曲として挙げられるのは『OK Computer』発売前で世界的な人気を得る前であったRadioheadのThom Yorkeとのコラボレーション曲「Rabbit In Your Headlights」。1995年にRadioheadのシングル『Just』に収録されている「Planet Telex(Karma Sunra Mix)」のリミックスをUNKLEは手掛けていたので彼等には既に繋がりはあった。

1997年7月に制作が始まった「Rabbit In Your Headlights」は当初Radioheadとのコラボレーションとして進める意図があったそうだが、結果的にThom Yorkeのみがフィーチャーされる。NYにあるパラマウントホテルのロビーでDJ Shadowが「Rabbit In Your Headlights」のデモをThom Yorkに聴かせ、彼が気に入ったところからこの曲が生まれることになった。

興味深い話として、デモをヘッドホンで聴いていたThom Yorkがある時点でヘッドホンを外し、「あのオーバーダブはチューニングがずれているよね?」とDJ Shadowに伝えたそうだが、「そんなの関係ないよ」と返したそうだ。それを聞いたThom Yorkは少し微笑んでヘッドホンを戻し、デモを聴き終えると「これは面白いね。この曲に合わせて書いてみよう」と話したそうだ。キーやコードなどを意識して曲作りをしているバンドマンからするとサンプリング・ミュージックにある「ズレ」には違和感を感じるであろうが、Thom Yorkはそういった要素を肯定的に受け入れて「Rabbit In Your Headlights」に取り組み、DJ Shadhowと共にサンプリング・ミュージックの可能性を拡大させた名曲を作り出した。

Radiohead「Street Spirit」「Karma Police」のMVや映画『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』『関心領域』の監督を務めたJonathan Glazerが手掛けた「Rabbit In Your Headlights」のMVは映像作品として高い評価を受けており、楽曲と同様に人々に大きな衝撃を与えた。「Rabbit In Your Headlights」はThom Yorkのキャリアにおいても外せない大事な曲になっており、Atoms for Peaceやソロ・ライブでも演奏されている。

DJ Shadowはインタビューで『Psyence Fiction』の制作を振り返り、「当時はGorillazも存在していなかったし、(コラボレーションの)テンプレートもなければ、どのような形やサウンドになるかのロードマップもなかった」と話しているように、現在ではコラボレーションをテーマとしたプロジェクトは溢れているが『Psyence Fiction』制作時は音楽はジャンルごとに区分けされ、アーティスト同士の繋がりも多くはなく、まだそういった企画を実現させるのは難しかったはずだ。それを実現させられたのはMo'Waxという行動力を持った革新的なレーベルを運営していたJames Lavelleのビジョンとグラウンドビート~アシッドジャズから得たミックス感覚、ヒップホップのメンタリティで様々な音楽を取り込んで芸術性のあるサンプリング・ミュージックを提示するDJ Shadowの技術力があったからだろう。

結果的に『Psyence Fiction』はトリップホップ~ヒップホップ・シーンを超えてロック・シーンにも多大な影響を与え、ダイナミックな側面で両ジャンルを繋ぎ合わせるミクスチャー的な手法以外でもヒップホップとロックは結びつくのを証明した。

Gorillaz『Gorillaz』が切り開いた新境地

ロック・フィールドからヒップホップにアプローチし、音楽的にも商業的にも大成功を収めたのがBlurのDamon Albarnと漫画家Jamie Hewlettによるヴァーチャル・バンドGorillazである。UNKLE『Psyence Fiction』と同じく、ほとんどの楽曲の土台はアメリカン・ヒップホップのフレイヴァが漂うファンキーでドープなブレイクビーツにスキルフルなスクラッチが使われているが、UNKLEよりもバンド的な構成を取っており、着地地点としてはポップ・ミュージックであるが、『Gorillaz』の楽曲を構成する要因としてヒップホップは外せない。

2001年3月に発表されたGorillazの1stアルバム『Gorillaz』にはダーク・ポップな曲と世界観を核として、ヒップホップとDUBの要素が全体に反映されている。GorillazはDamon AlbarnがBlurでは扱えないジャンルとされるヒップホップ、DUB、ラテン音楽などを探求しているが、その手助けをしたのが今作のプロデューサーであり、トリップホップ~アブストラクト・ヒップホップに根付くアイコニックなサウンドを作り上げた重要人物であるDan the AutomatorことDan Nakamuraである。

Dan Nakamuraは幼少期にバイオリンを習っていた経験からクラシックなどの音楽の素養があるのと、プロデューサー/エンジニアとして様々なジャンルの音楽に触れていたことにより、感覚以外の部分でジャンルとジャンルを最良のバランスでミックスする術を作曲家/エンジニアの視点で知っていたことでGorillazの多層的な音楽を成立させられたのだろう。羽鳥美保(Cibo Matto)、Del the Funky Homosapien、Kid Koala、Ibrahim Ferrer(Buena Vista Social Club)といったアーティストとのコラボレーションを実現させ『Gorillaz』を成功へと導き、Damon Albarnの天才的なポップセンスを別角度から引き出し、その後のGorillazの大展開に大きく貢献した。

『Gorillaz』はAndrew WeatherallがPrimal Scream『Screamadelica』やThe Sabres of Paradiseなどのプロジェクトを通じてロックにハウス~ヒップホップ~DUBを混入させて吐き出させたドリーミーでポップなサイケデリア、Billy SquierからMelvinsまでサンプリングして作られるBeckのロック/カントリーミュージック、Buffalo Daughter~Money Mark~Sean Lennon〜Cibo MattoなどのGrand Royal周辺の日本人/日系人バンドが展開したユーモアのあるポップな作品など、90年代に巻き起こっていたムーブメントを総括するような歴史的背景が分厚いアルバムとなっている。

Dan Nakamura/西海岸ヒップホップとDamon Albarnの不思議な相性

80年代から西海岸ヒップホップ・シーンでプロデューサー/エンジニアとして活動していたDan NakamuraはM.J. Freeze、Blackalicious、Lyrics Bornといったラッパーの作品に参加しており、DJ Shadow『Entroducing...』のエンジニアリング・アシスタントも担当。1996年に発表されたKool Keaithの変名プロジェクトであるDr. Octagonの1stアルバム『Dr. Octagonecologyst』のトラック制作とプロデュースを行ったことでDan Nakamuraはトリップホップ~アンダーグラウンド・ヒップホップ・シーンで大注目を浴びることになる。ドゥーミーなビートとベースにバイオリンやフルート、ムーグのシンセサイザーによる電子音がサイケデリックに絡み、さらにそこにDJ Q-Bertの表現力豊かでアヴァンギャルドなスクラッチが一体となったDan Nakamuraのトラックはトリップホップの象徴的なものとなり、世界中に多くのフォロワーを生み出した。

翌年、Dan Nakamuraはイギリスのインディーロック・バンドCornershopの3rdアルバム『When I Was Born for the 7th Time』をプロデュースし、国際的なヒットを記録。その後Primal Scream、Depeche Mode、Stereolabのリミックス・ワークを通じてロック界隈との繋がりが強くなっていく。1999年にラッパーのDel the Funky Homosapien、ターンテーブリストのKid Koalaとコンセプチュアルなヒップホップ・ユニットDeltron 3030を結成し、3030年のディストピアを舞台にしたラップ・オペラ・アルバム『Deltron 3030』を翌年に発表。イントロ「State of the Nation」と「Time Keeps On Slipping」にDamon Albarnがボーカルで参加している。今作がキッカケとなったのか、『Gorillaz』の半分を作り終えたDamon Albarnは自分以外の視点を取り入れることでアルバムが良くなると感じ、Dan Nakamuraにアルバムのプロデュースを依頼。時期的にDeltron 3030の活動と並行していたのもあってか、『Gorillaz』にDeltron 3030が合流する形で楽曲は完成していった。

『Gorillaz』からのファースト・シングルカットであり、イギリスだけで120万枚を売り上げた「Clint Eastwood」はデモの段階ではDJ Vadim主宰レーベルJazz Fudgeからアルバムをリリースしていたイギリスのヒップホップ・グループPhi Life Cypherがラップを担当していたことから、Damon Albarnの構想としてアルバム制作当初からヒップホップの要素を取り入れた作品を作ろうとしていたことが分かる。Phi Life Cypherが参加したデモを『G-Side』というカップリング曲やリミックスをまとめたコンピレーション・アルバムで聴くことが出来るのだが、Dan Nakamuraが加入したことによって曲のクオリティが格段に上がっているのが分る。ちなみに、アルバム発売後にGorillazが行ったBrit Awardsでの「Clint Eastwood」のライブパフォーマンスではPhi Life Cypherがラップを披露している。(ちなみに、『G-Side』にはアブストラクト・ヒップホップの名曲「Left Hand Suzuki Method」も収録されているので是非聴いて欲しい)

また、「Clint Eastwood」でのDel the Funky HomosapienのラップはGorillazのキャラクター設定を意識して書かれたストーリー性のあるリリックと耳馴染みの良いラップによって普段ヒップホップを聴かない層にもすんなりと受け入れられ、UKロック系リスナーの音楽的許容範囲を広げた可能性がある。そして、Del the Funky Homosapien率いるヒップホップ・コレクティブHieroglyphicsやFreestyle Fellowship周辺の西海岸ニュースクール・ラップとDamon Albarnにはカラフルで軽快なサウンドの共通点があるように感じられ、後にGorillazのアルバムにBootie Brown(The Pharcyde)、Snoop Dogg、ScHoolboy Qといった西海岸のラッパーがフィーチャーされていったのも納得がいく。DJ ShadowとDan Nakamuraは西海岸を拠点としており、彼等の才能を評価し世界に広めたのがイギリスであるのも偶然とは思えない繋がりを感じる。

『Gorillaz』以降、アルバムのプロデュースはDanger Mouseへと引き継がれ、Dan NakamuraがGorillazに参加することは無くなるが、2013年にリリースされたDeltron 3030の2ndアルバム『Event 2』にDamon Albarnは参加しており、Gorillazのニューアルバム『Cracker Island』デラックス版に収録されている「Captain Chicken」にDel the Funky Homosapienが参加していた。

UNKLE『Psyence Fiction』はヒップホップ・サイドからロックを取り込み、メランコリックで刹那的なヒップホップとロックの情熱的なエネルギーをミックスさせ、Gorillaz 『Gorillaz』はロック・サイドからヒップホップに歩み寄り両ジャンルにおけるポップな要素を掛け合わせて新種の音楽を生み出した。この二枚はアメリカとイギリスのロック/ヒップホップが天才的な才能を持ったアーティスト達によって融合した歴史的なアルバムといえる。ヒップホップとロックの融合が当たり前となった昨今、現代的な視点から今作を聴き返してみると彼等が成し得たことの大きさに改めて驚く。

最後にUNKLE『Psyence Fiction』とGorillaz 『Gorillaz』が生まれた背景にある重要な作品を幾つか貼っておこう。


いいなと思ったら応援しよう!