モダン・ハードコア・テクノ#1
先日、Marc Acardipaneのコンピレーション・シリーズ『The Most Famous Unknown』の新作が発表された。
この数年、ハードコア・テクノがテクノ・シーンで再び注目され、リバイバルしている事もあり、『The Most Famous Unknown』シリーズはMarc Acardipaneのアーカイブをまとめるというだけではなく、モダン・ハードコア・テクノの構築にも大きく関わっている。
個人的な視点であるが、ハードコア・テクノ・リバイバルの最大のピークは2019年頃だったと思う。だが、ハードコア・テクノの勢いが落ちたというよりも、しっかりと地盤が固まり、テクノ・シーンの中で定着したといえる。
モダン・ハードコア・テクノが出来上がるまでには幾つかのキッカケがあった。その中でも、Nina KravizがPilldriver(Marc Acardipane)のレコードを頻繁にプレイしたのが一つの始まりだったのかもしれない。他にも、2010年代中頃からHelena Hauffといったテクノやエレクトロ・シーンで人気を集めるDJ達がMarc Acardipaneの過去作をプレイした事によって、ハードコア・テクノが再び注目を集め、ハード化が進んでいたインダストリアル・テクノともシンクロし、テクノ・シーンでハードコア・テクノがリバイバルした、というのが一つの見方だ。
Nina KravizとHelena Hauffだけではなく、Nur Jaber、Esther Duijn、Jasssといった女性DJが積極的にMarc Acardipaneのトラックをプレイしていた事も興味深い。Rebekahは[KRTM]をプレイし、インダストリアル・ハードコアに対して好意的な発言も残していた。ハードコア・テクノのリバイバルには彼女達の活躍があってこそだろう。
ハードコア・テクノがリバイバルし、テクノ・シーンだけではなく、ハードコア・シーン側からもテクノやハード・テクノ、インダストリアル・テクノに接近していき、新たな感覚の作品が生まれて来た。ここでも、Somniac Oneやkilbourneといった女性アーティスト達の活躍が大きい。
UKインダストリアルと同じだが、モダン・ハードコア・テクノもジャンルとしてカテゴライズ出来るものではないが、確実に存在するシーン/スタイルではある。
現行のモダン・ハードコア・テクノを取り巻く状況の中で、クリエイティビティがあり、革新的な活動をしているアーティストには女性が多い。性別で括るつもりはないが、敢えてこの記事では注目すべき素晴らしい女性アーティスト達について触れておく。
無限にクロスオーバーしていくハードコア・テクノ
ここ数年、モダン・ハードコア・テクノを取り巻く状況で面白い動きがある。
Puce Mary、Dis Fig、Pharmakon、Espectra Negraなど、女性のパワーエレクトロニクスが立て続けに発表されており、どの作品も個性的でノイズミュージック・ファン以外も引き込む魅力がある。純粋なパワーエレクトロニクスとは違ったカテゴリーなのかもしれないが、彼女達の作品が紹介される時、そこにはパワーエレクトロニクスという単語が使われている。そして、インダストリアル・テクノからの流れからか、それらのパワーエレクトロニクスとハードコア・テクノが一部で融合し始めていた。
E-Saggilaはハードコア・テクノ/ガバにパワーエレクトロニクス的な厚みのある攻撃的なノイズをミックスした最上級にハードなサウンドをクリエイトし、Thoomとのコラボレーションでも革新的な曲を完成させ、去年Hospital Productionsからアルバムもリリースした。E-Saggilaと同じく、EstocはパワーエレクトロニクスなどのノイズミュージックにMiss k8、Sei2ure、Angerfist、Ophidian & Ruffneckなどのハードコア・トラックをミックスした音源を公開している。
High Speed Violenceはその名の通りな展開を行っており、貪欲にハードなダンスミュージックを取り込み、自身の作品やDJプレイで独自のスタイルを確立している。Minimal Violenceはアナログ機材によるピュアな電子音を巧みに使い、VTSSと同じくEBMを独自に解釈し、そこにハードコア・テクノもミックスさせている。
そして、Sentimental Raveは90年代初頭のハードコア・テクノの反骨精神とガバのアティチュードにハードコア・パンク的な姿勢も盛り込み、ダンスミュージック外に飛び出そうとするパンキッシュなトラックで魅力的だ。
日本ではmu”heさんがDJとしてフットワークからモダンなガバやハードコアを軽やかに泳ぐ様に繋ぎあわせ、パラレルな世界観をDJミックスで表現している。
彼女達に共通しているのは、それぞれのジャンルに対する想い入れはどれも強いのだろうが、それに縛られることなく、様々な音楽ジャンルや文化的な側面を取り入れ、フラットに自身の音楽を表現している事だと思う。
インダストリアル・ハードコアの新しい方向性
インダストリアル・ハードコアといえば、サウンドとビジュアルも含め、良くも悪くも様式美が強く、シーン内での進化は続いているが、その魅力が外に伝わる事は少ないと感じる。だが、その様式美と伝統的な要素を重視しながらも、そこに新しい流れを組み込んで大きく外に羽ばたこうとしているアーティストがいる。
Somniac Oneはフラッシュコア、ドゥームコアといった実験的ハードコアとテクノからの影響を伝統的なインダストリアル・ハードコアと組み合わせ、彼女独自のバランス感によってハードコアにもテクノにもフィットする重工なトラックを制作している。アートワークもインダストリアル・ハードコアにしてはポップでスタイリッシュであり、今までに無かったインダストリアル・ハードコアの展開を進めている。
インダストリアル・ハードコアの名門レーベルの一つ、Meta4からシングルをリリースしていたKilbourneは更に多角的な視点を持ってインダストリアル・ハードコアとテラーコアを開拓し、Trippedや[KRTM]にも近い方向性を追求。Kilbourneはグラインドコア・バンドでも活動を行い、バンド・シーンのアーティスト達ともコラボレーションを制作しており、Code OrangeのShadeとのコラボレーション作品やJesus Pieceのリミックスも発表。その他にもヒップホップのトラック制作も行うなど、ハードコアを軸にしながらもジャンルレスに活動しており、彼女の動きは非常に刺激的だ。Kilbourneはバンド・シーンと現行のテクノ・シーン、ハードコア・シーンを繋ぐ貴重なアーティストだろう。
レフトフィールド的な立ち位置からハードコアとテクノを混合させる動きがいつの間にかメインストリームのダンスミュージック・シーンを巻き込み始め、今に繋がるモダン・ハードコア・テクノが出来上がったのだろう。
ここで紹介したアーティスト達は常に革新的な活動を繰り広げており、今後も我々に新たなサウンドを届けてくれるはずだ。