The SATANの華麗な変遷
デスメタル〜スカルステップ/ハード・ドラムンベース〜ハードコアといったエクストリームなサウンドをブレイクコアに落とし込んだ邪悪で残虐な楽曲で人気を博していたロシアのSA†AN。
2010年代中頃からハードコア要素が強くなり、10年代後半からThe SATANと名義を少し変えてスタイルをハードコアにシフトしたことで大きく飛躍。
キッカケとなったのは2019年にオランダのハードコア・フェスティバルDominatorのMix CDを担当したことや、AngerfistとMiss K8へのリミックス提供、Masters of Hardcoreからのシングル・リリースでThe SATANはメインストリームのハードコア・シーンからの支持を得ることに成功。並行してHong Kong Violenceからはより攻撃性の強いEPをリリースし、変わらずにコアなヘッズやエクストリーム狂を離さずにいた。
去年はThe Outside Agencyの『Crossbreed Definition』シリーズに抜擢され、The Third MovementとThunderdomeからシングルをリリースするなど、ハードコア・シーンにとって欠かせない重要なアーティストとなっている。
The SATANとは10年以上前から個人的な付き合いがあり、自分のレーベルからも作品を発表して貰っている。The SATANと名義を変えてからの快進撃は凄まじく、ハードコア・シーンでどんどん人気を上げていく彼をみて喜んでいた。
残念ながら国が抱える問題により、ここ数年は活動が困難な状況になってしまっているかもしれないが、ペースを落とさず精力的に作品を発表してファンを喜ばせている。
The SATANが残してきた数々の名作から個人的に好きなものを彼が辿ってきた歴史と交えながら紹介しよう。
SA†AN期
2008年頃にmyspaceを通じてThe SATANがMURDER CHANNELにデモを送ってきてくれたのが我々の交流の始まりだった。
ある日myspaceの受信箱を開くと件名の無い謎のメッセージが届いていた。普段はこういったメッセージはスパムだと思い開かないのだが、何故か気になってメッセージを開いてみたら本文も無く、そこにはLinkだけがあった。送り主の名前はSA†ANとなっていて完全に怪しいのだが、気にせずにLinkをクリックするとMP3がダウンロードできた。その曲を聴いたときの衝撃は今もハッキリと覚えている。Tech ItchやLucio De Rimanezといったダークでブルータルなドラムンベースをもっと激しくしたような曲で、それまで聴いたことのないものであった。若干テッキーな要素を感じさせたのと、Eustacianのハード・ドラムンベースとブレイクコアをミックスしたハイブリッド・スタイルに近い印象も受けた。
デモを聴いてすぐさま絶賛のコメントを書いて送ったのだが返信は無く、その数日後にまた無題でLinkだけのメッセージが届いた。開いてみると前回とは違ったデモでこれまた素晴らしかった。そこからデモが送られてくることは無くなり、彼の名前を再び見るのは2年後にPeace Offから『Revenge of the Fallen』というEPをリリースしたときであった。
血に飢えた鋭い刃物のようなギターとブレイクビーツに悪魔的ボーカルが暴れ狂うSA†ANの曲にブレイクコア界隈はショックを受けていた。これ以前はDrumcorpsやLadyscraperがメタリックでハイスピードな曲を披露し喝采を浴びていたが、『Revenge of the Fallen』によって新たな流れが生まれ、ブレイクコアはSA†AN、Gore Tech、Stazma、Ruby My Dearを筆頭とした第三世代の時代へと突入していく。
この頃、MURDER CHANNELのコンピレーションを製作中であったので『Revenge of the Fallen』を聴いてすぐSA†ANにコンタクトを取り、是非ともコンピレーションに参加して欲しいと伝えた。そこで始めてSA†ANから返信を貰い、我々の交流が始まる。
2011年に発表した『MURDER CHANNEL Compilation Vol 2 - 7th Anniversary Limited 777 -』 にSA†ANは「Because I'm Dead」という素晴らしい曲を提供してくれた。『Revenge of the Fallen』のデスメタルマナーに沿ったスタイルにハード・ドラムンベースの要素が加わり、SA†ANのブルータリティに磨きがかかった名曲で、同コンピレーションに参加しているサイケアウツGの大橋アキラ氏も大絶賛してくれた。
そういえば、コンピレーションの発売前に東日本大震災が起きたのだが、一番最初に心配してメールを送ってきてくれたのがSA†ANであり、励ましの言葉から彼の人柄が感じられた。後に作品を一緒に作っていく過程で知るのだが、音楽とは真逆といえる程、SA†ANは穏やかな人であった。
2011年にPeace Offから二作目となる『Grave Poetry』を発表。スカルステップ/ハード・ドラムンベースの要素が強くなり、前作よりもプロダクションのレベルが上がっているのが分かる。
以前、GHz BlogにてSA†ANの音楽のルーツを辿るチャートを公開したのだが、Adrian von Ziegler〜Cradle Of Filth〜Prokofiev〜Slipknot〜Tricky〜モーツァルトを挙げており、彼の音楽が表面的なブルータリティだけではなく、内省的な部分も反映された深みのあるものだと気づく。
翌年にはメタルとドラムンベース/ダブステップの混合を推し進めていたNekrolog1k RecordingsのサブレーベルEgo1st Recordingsから『Rest In Pandemonium EP』を発表。特集な販売形式だった為か今作は余り知られていないようだが、ダンスミュージック的な方向性をブルータリティを持ったまま突き進めており、その後のクロスブリード期へと繋がる重要なEPである。
実はこの時期にSA†ANはMURDER CHANNELからのアルバムを準備していた。SA†ANのデスメタルとブレイクコア/ドラムンベースの混合スタイルを強化させたバンド的な要素のある曲を聴いてみたく、実際にギターやドラムをスタジオで録音した素材を駆使して作品を作れないかと打診。SA†ANもそのビジョンに興味を持ってくれてリリース条件を纏めるまで進んだのだが、途中で彼の機材が壊れてしまい一旦白紙となる。その後、タイミングが合わず残念ながら実現することはなかった。
だが、2013年にMURDER CHANNELからアメリカのRaxyorとのスプリットアルバム『From Hell And Back』を発表することができた。今作はお互いのソロ、コラボレーション、リミックスで構成したボリュームのある内容で、CDには「Because I'm Dead」を追加収録している。
レイヴシンセを使った「Believe in Death」やドゥーミーな「From Hell And Back」など、それまでになかった新たなスタイルを披露したSA†ANの進化が表れた名盤である。
同年、Peace Offから初の12"レコード『Evolution of Cruelty』を発表。よりダンスフロアを意識した曲で構成しており、デスメタルとブレイクコアの要素は抑えられているが、SA†ANのブルータリティは鋭さを増している。今作以後、SA†ANはクロスブリードに接近していき、PRSPCTやFuture Sickness Recordsといったクロスブリードを牽引したレーベルからシングルをリリース。SA†ANはクロスブリード・シーンですぐ人気となり、ヨーロッパの大型イベントにも出演していった。
クロスブリード期
2010年代中頃になるとリリースのスピードが上がり、年間で複数のシングル/EPを様々なレーベルから発表していくようになる。デスメタル/ブレイクコアの要素も微量に残しつつ、クロスブリードに特化した作品を展開しとおり、この頃だと『The Killing Instinct EP』『First Blood / Cut And Run』『Quest For Revenge』『Bad Motherfucker / Bad Blood』が特に印象深く残っている。
クロスブリード期でも常に挑戦心があり、リリースを重ねていく度にレベルアップしていた。2021年に放送したMURDER CHANNEL SHOW Vol.3でSA†ANにブレイクコアからクロスブリード期までの曲をメインとしたミックスを作って貰ったのだが、このミックスはSA†ANのクラシックが満載で国内外から大反響を得られた。これを聴けばSA†ANの魅力は大体分かるかと思う。
2017年にThe SATAN名義でリリースした12"シングル『Meat / Fake Spirit / Psycho』でハードコア・スタイルを披露。The SATANと名義を変えてステージのマスクも一新し、ハードコア期が始まっていく。
ハードコア期
2018年にアルバム『Hell On Earth』を発表。ハードコアをメインとしているが、随所にブレイクコアとハード・ドラムンベースの要素が活かされていてThe SATANの集大成といえる内容となった。
翌年にHong Kong Violenceから発表した『Destroy Everything』はレーベルオーナーのDJ Akiraがヘビープレイし、The SATANはUKインダストリアルやテラーコア界隈からの支持を得る。Karnage RecordsやMasters Of Hardcoreなどの老舗ハードコア・レーベルやMotormouth Recordz、PRSPCTからもシングルをリリースし、有名なハードコア・フェスティバルにも出演。この時点でThe SATANはハードコア・シーンにおいても圧倒的な人気を誇るようになっていた。
個人的に好きな作品として、ドラムンベースのフィーリングに回帰した『Unreleased Evil EP』と、スロウテンポなインダストリアル・ハードコアにトライした『Devil's Master EP』の二つはリリース当時からずっと愛聴している。
絶頂期を迎えようとしていた最中にコロナと戦争という非常に大きな問題に巻き込まれてしまい、The SATANの活動は限定的になってしまう。
近年はアップテンポ系レーベルAfterlife Recordingsを拠点にシングルを定期的にリリースし、ギグも再開し始めているようだ。
ブレイクコア〜クロスブリード〜ハードコアとスタイルを変えながら活動を続けているThe SATANであるが、昔から変わらず研究熱心にプロダクションのレベルを上げ続け、自身のブルータリティをダンスミュージックに落とし込み表現している。
きっとこれからもアップデートを怠らず凶暴な曲を出していくのだろう。これからThe SATANがどういった進化を遂げていくか楽しみだ。