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Godflesh『Streetcleaner』35周年に寄せて

インダストリアル・メタル史における絶対的名盤アルバムとして広く認識されているGodfleshの1stアルバム『Streetcleaner』が発売から35年目を迎えた。

1989年11月13日にEarache Recordsから発表された『Streetcleaner』はインダストリアル・メタルというジャンルが形成されていく上において多大な影響を与えた最重要作品であり、『Kerrang!』『Terrorizer』などのメタル専門雑誌から『NME』『Rolling Stone』や『Pitchfork』といったメディアからも絶賛されるなど、Godfleshの数ある名作の中でも上位の人気を誇る。

1989年といえば、Ministry『The Mind Is A Terrible Thing To Taste』、Nine Inch Nails『Pretty Hate Machine』、Skinny Puppy『Rabies』といったインダストリアル・メタル/ロックを発展させた名盤がリリースされた年でもあり、Earache RecordsからはCarcass『Symphonies Of Sickness』、Terrorizer『World Downfall』、Morbid Angel『Altars Of Madness』などのグラインドコア/デスメタルの傑作がリリースされ、Nirvana『Bleach』、人間椅子『人間椅子』などなど、その後大きな展開を巻き起こすバンドの出世作が多数発表された年であり、激動の80年代が終わりを迎える寸前に様々なジャンルで爆発的な進化が進んでいた。

これら名盤揃いの1989年であるが、Godflesh『Streetcleaner』は楽曲の純粋な素晴らしさに加えてギターとベースの過剰なアプローチと中毒的な反復性、ドラムマシーンとサンプラーの使い方といった技術的な側面で革命的な手法を開拓した部分とメタル~インダストリアル~ポスト・パンク~ヒップホップからの影響を融合させた真の意味でミクスチャーなスタイルを提示し、速度に囚われないエクストリーム・ミュージックの可能性を切り開き、どのジャンルにもアクセスできる多層的音楽を作り上げたことが今作を特別な物にしていると思う。Shackleton、Fear Factory、Isis、Neurosis、Prurientなどが『Streetcleaner』を称賛し、彼等が受けた影響について語っているのを見ると今作の特殊性が証明されているようであり、ここまで広範囲に影響を与えたアルバムも珍しい。

インダストリアル・メタルとエクストリーム・ミュージックの歴史をどの道から辿っても『Streetcleaner』には必ず辿り着き、その影響力は時代を超越して広がり続けている。

音楽的影響元/Alesis HR-16Bの重要性
『Streetcleaner』の1曲目を飾る名曲「Like Rats」について、Justin Broadrickは「原始的なメタルとパンク/ポスト・パンク/ノーウェイブ、そしてインダストリアル・ミュージックをハイブリッド化させるという試みの集大成」と語っているが、彼が目指していた様々なジャンルを繋ぎ合わせてハイブリッド化させるという試みは『Streetcleaner』の全曲に表れている。

Godfleshの代表曲である「Like Rats」のコーラス部分である「You breed like rats」は、アメリカのノーウェイブ・バンドNo Trend「Too Many Humans」を引用しており、ボーカルに掛けられた迫力のあるエフェクトは映画『ヘルレイザー』のピンヘッドと『スターウォーズ』のダースベイダーから着想を得ているらしい。

『Streetcleaner』に漂う澱んだ重い空気や歪んだ音にはJustin Broadrickがティーンエイジャー時代からのめり込んでいたというインダストリアル・ミュージック/パワーエレクトロニクスの背景が色濃く出ており、ギターとベースをまるでナイフや鈍器のように使っているような剥き出しの野性的な攻撃心はインダストリアル・ミュージック/パワーエレクトロニクスに近い印象を受ける。

さらに、Justin BroadrickはNapalm Death在籍時にデスメタルと出会い初期デスメタル・シーンを好んでいたとも発言。『Streetcleaner』制作時にリリースされたアメリカのObituary『Slowly We Rot』はその後のGodfleshに大きな影響を与えたとも話していたが、『Streetcleaner』にも既にデスメタルから受けた影響がその過剰性に反映されているのかもしれない。

このように様々な音楽の要素を組み合わせて『Streetcleaner』の多層的なスタイルが生まれているが、その核にあるのはヒップホップなのではないかと個人的には思っている。
例えば、『Streetcleaner』2曲目「Christbait Rising」のドラム・パターンはEric B. & Rakim「Microphone Fiend」を模範したものとされており、アルバムの随所に80年代ヒップホップからの影響を垣間見ることができる。

80年代初期から現在に至るまでヒップホップを愛聴しているというJustin Broadrick。数年前にはA$AP Ferg『Trap Lord』をフェイバリットを挙げ、「ヒップホップは最も未来を感じさせるものであり、危険な音楽」だと話しており、「逆説的にエクストリーム・メタルは最も保守的な音楽のように思える」という興味深い発言を過去に残していた。

『Streetcleaner』で使われているドラムマシーンAlesis HR-16Bは80年代のヒップホップ作品によく使われていた機材であり、太いキックが特徴的な16ビットPCMドラムマシン。数々の名作を作り上げたヒップホップ・プロデューサーPrince PaulはAlesis HR-16Bを頻繁に使っていたことで知られ、Prince Paulが手掛けたBig Daddy Kane、3rd Bass、De La SoulのアルバムでAlesis HR-16Bによるビートを聴くことができる。

Prince PaulはAlesis HR-16Bでファットなビートをファンキーに打ち鳴らしているが、Justin BroadrickはAlesis HR-16Bをレイヤー化してチューニングを下げ、より機械的にサディスティックに叩きつけるようなビートを作り上げている。
ヒップホップから受けた影響を自身のフィルターに通して自己流のビートを生み出すという行為がヒップホップ的であり、そのメンタリティがあったからこそ革命的なスタイルを確立できたのだろうし、『Streetcleaner』を単一のジャンルだけで語れないものにしている。

『Streetcleaner』で鳴らされているドラムは徹底的に無慈悲で機械的であるが、G. C. Greenのスラッジーなベースと組み合わせることでミニマル・ファンクなグルーブがあり、そこには肉体的な快楽を呼び覚ましてくるものがある。Godfleshの反復性のあるミニマルな構成の深部にはヒップホップがあるのが『Streetcleaner』を聴けば分かるだろう。

THE ALESIS HR-16...THIS IS THE DRUM MACHINE I USED AFTER THE SP-1200 DURING THE "Daily Operation" Recordings..."Ex Girl...

Posted by DJ Premier on Tuesday, May 19, 2015

2010年代に『Streetcleaner』の再現ライブがRoadburn FestivalとHospital Productionsの20周年記念イベントで行われており、Roadburn Festivalでの演奏は音源化されているが、ライブで演奏される『Streetcleaner』も必聴である。

精力的にライブ活動を続けているGodfleshのセットリストを見ると常に『Streetcleaner』からの曲が入っており、新旧ファンを含め今も多くの人々を魅了しているようだ。40年、50年、100年を迎えても『Streetcleaner』の衝撃は衰えず、人間の本質を捉えた奇跡の音楽作品として未来のリスナーに衝撃を与えるだろう。


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