魔物を飼いならす
こんにちは。数輪の花です。
前回の記事は、初投稿かつSNSへのシェアを全くしていないにも関わらず11人もの方からスキをいただいて本当にありがとうございます。と同時にnoteというプラットフォームの偉大さを感じているところです。
今回の記事も、自分の心のブラックな部分をさらけ出していますので、閲覧注意です(笑)最後まで読んでいただけた方は、感想などコメントしていただけるとうれしいです。
前回の記事はこちら
https://note.com/floette_dark/n/n735daec222e9
僕の大学ではコロナ休暇が終了し、これまでの日常が再開された。
久しぶりの大学で、久しぶりに友達と会い、一人の時間が長すぎてコミュニケーションの仕方を忘れてしまったのか、少しの会話でもエネルギーを使う。家に帰ると「俺ってほんとに不器用だよなぁ」とか「今やってる勉強は果たしてどんな意味があるのだろう」とか堂々巡り。
そんな結論のでない物思いにふけりながら、そのまま眠りにつくも、翌朝の目覚めはなんともスッキリしない感じ。
このところ、そんな毎日を繰り返している。
自粛は解かれたが、僕のコロナ鬱はしぶとく生き残っている。
僕は、うつは「魔物」だと思っている。
ひとたび魔物に取り憑かれると、簡単には振り払えない。
では魔物に取り憑かれる時というのはどんな時か?
それは「自分に隙があるとき」だと考えている。
僕はこの自粛期間にコロナ鬱になった。それも、「自粛期間は大学がないから好きなだけグダグダできる」という自分に対する甘えがあったからこそ魔物が入り込む隙を与えてしまったのだろう。
「魔が差す」という言葉がある。
これは自分では思ってもいないことをうっかりやってしまうという意味であるが、自分に隙があると、魔物が自分の中に入り込んできて、うっかり鬱になってしまうのである。
もちろん常に気を張っている必要はない。
鬱になってしまう人の中には、頑張りすぎて辛くなってしまう人もたくさんいるのだ。
しかし、自分に余裕を持つことだって、頑張ることと同じくらい大事だ。
自分に余裕がない状態も、魔物が入り込む「隙」を与えてしまっているのかもしれない。
少なくとも今の僕は頑張りすぎて鬱になっているのではない。グダグダしていた期間が長すぎて、頑張ることの意味を忘れてしまったのだ。
僕は今、魔物を飼っている。
しかし、取り憑かれているわけではない。
自分の心の中の魔物の存在を認めつつも、それをうまいことコントロールしているのだ。
つまり、飼いならしているのだ。
そうすれば、もし魔物に襲われそうになっても、自分の心を失わずに居られるはずだ。
魔物と、うまく付き合っていくのだ。