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親切な暗殺 #毎週ショートショートnote

首が変な方向に曲がり、
口の端からはブクブクと血の泡が出ていた。
暫く眺めていると、やがて静かになった。

雪に染み込んだ血は信じられないほど鮮やかだ。
まだ暖かい体から立ち上る湯気が日の光をうけ、
ゆらゆらと消えていった。

マリシモはそうして雪の朝
家を出ようとしたところを、
私と姉に静かに殺されたのだった。

姉はナイフを丁寧に拭き、鞘に納め
『行こうか』と踵を返した。

マリシモをこの世から消すことで
多くの人々が救われる。
これは 親切な暗殺 であり、
正しい行いである。

私は自分にそう言い聞かせながら、
姉の後を追った。
白い息を吐きながらふと振り返ると、
あんなに大柄だったマリシモは
雪景色の中で、小さなピンクの粒のように見えた。

マリシモは何を信じて生きていたのだろう。
マリシモは誰を愛していたのだろう。

雪の中で冷たくなっていく体が蘇ることは、
もうない。
憎しみと報復の連鎖によって、
それを知る術は永遠に失われた。

やがて冬が全てを飲み込み、春が来て、
全てが繰り返される。
何度も、何度も。

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