【雑記】アナログゲームで言葉を使うさいに気を付けておきたいこと
TRPGしかり、ウミガメのスープしかり、参加者が言葉を交わしてゲームを信仰する場合、特にGMやコントローラーのポジションの人は使用する言葉を注意する必要があります。
これは私が実際に体験した話です。
友人3人とウミガメのスープをしようということで、ウミガメのスープ未経験だった私と友人B、Cは参加者側に、経験者の友人Aは出題側としてプレイすることになりました。
その中で出された問題の一つが以下です。
ちなみにウミガメのスープとしてはかなり有名な問題という前情報だけ与えられました。
カエサルとクレオパトラの二人がエジプトにある屋敷の床で息絶えていた。二人のそばには割れた金魚鉢だけが落ちており、二人には目立った外傷などもなく毒を飲んだ形跡もない。屋敷には誰もいなかったが二人の死因は何か?
この問題、10分近くかけても解くことはできず、何度も問題文を聞き返してみたものの一向に答えにたどり着くことができずに三人ともギブアップしました。
金魚鉢は人為的に割れたのか、自然災害はおきたか、という質問にはNO、ならば金魚鉢は自然に落ちたのか、という質問にもNO、混迷を極めて悩み悩んでいるのを見かねてAは、思考が固定化されている、固定観念を捨てないと、などとこちらの思考方向を変える必要があるようなヒントをくれましたが、それも功を奏することはありませんでした。
ということでAから提示された答えが下記になります。
カエサルとクレオパトラは金魚であり、事故で金魚鉢が割れ、2匹は床の上で死んでいたのだ。
さて、この答えにCは納得しましたが、私とBはかなり不満を漏らしました。
大きく分けると以下の点が挙げられます。
1:問題文でカエサルとクレオパトラは「2人」と人間であることを示す単位で表現されていた。
2:問題文で答える重要な要素は死因であるにも関わらず、答えは過程と結果の記述になっている。
特に1についてはかなり不満が残ります。
なぜなら、「人」という単位で説明をされてしまうと、人間以外の生物という発想は絶対に生まれないからです。
単位というのはそれだけ人間の思考に影響を与えるものであり、これを使われたのにもかかわらず人間以外だったから、という回答はいじわるなどというものではなく問題文の破綻です。
プレイヤー側が絶対に答えにたどり着けない状況設定になっているのは、どんなゲームであれ回避しなければならないバランスの大前提でもあります。
2も似たような破綻につながります。
これだけはシステム側の臨機応変で対応できる範囲ではありますけど、そもそも「死因」という結果を問う問題に対して、「実は金魚で金魚鉢が割れて床の上で死んでいた」という過程と事実しかないのもおかしな点になります。
問いに対する答えとして適切なのは「カエサルとクレオパトラは金魚であり、金魚鉢が割れたことで呼吸ができなくなり床の上で窒息死した」などのような原因⇒過程⇒結果の三つの要素がそろったものである必要があります。
ちなみに私は「事故で金魚鉢が割れた」という答えに対しても不満がありました。
それはAの回答内容です。
金魚鉢が割れた要因として、人為的、自然的、災害的、と外的要因を網羅できる内容で質問をしてそのすべてがNOであったにもかかわらず、「事故で」という何らかの外的要因がなければ起こりえない事象を説明に使用していることです。
回答側、言い換えるとプレイヤー側の思考や求められている回答と乖離する問題や答えというのはゲームを行う上で絶対に避けなければならない要因でるすが、Aはそこを「三人とも頭が固い」の言葉で放り投げていました。
このようなシステム側だけが満足できるような行為はさけなければならない、というのがあらゆるゲームの鉄則であり、ことアナログゲームにおいてはそれは重要視されるべきです。
なぜなら、プレイヤー側はシステム側が与えた情報でしかゲームをプレイできないからです。
この問題と回答は、提出するのであれば、例えば以下のように調整すべきでした。
問題
カエサルとクレオパトラはエジプトにある屋敷の床で息絶えていた。そばには割れた金魚鉢だけが落ちており、目立った外傷などもなく毒を飲んだ形跡もない。カエサルとクレオパトラの死因は何か?
回答
カエサルとクレオパトラは金魚の名前であり、使用人が金魚鉢を誤って落としてしまい金魚鉢が割れ、2匹は床の上に放り出されて窒息死した。
適切なゲームを行うためには適切な情報開示が必要である。
言葉を取り扱う上では十分に注意して、楽しく遊んでほしいものです。
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