福祉を私的な関係任せにする「日本型福祉社会」の総括が求められる。

福祉を家族などの私的な関係任せにする社会。

 この国では、子育て、高齢者や障がい者などの介護、生活困窮者の支援などの福祉が、家族や地域共同体その他の私的な関係に大きく依存している。公的な支援が乏しいことに加え、家族や地域共同体の助け合いが美化される文化も、私的な関係依存の福祉の後押しをしている。

 この国の福祉が家族などの私的な関係に依存するようになった大きな要因の1つが、1979年に出された大平政権による社会政策「日本型福祉社会」ではなかろうか?

「日本型福祉社会」は、高齢化社会に備えて高齢者の介護などを家族で担えるように三世代同居を推進するなど、福祉を家族や地域共同体の助け合いなど私的な関係で担い、公的な支援は補完的な位置づけに過ぎなくなっている。国の社会保障費負担を抑えるために、福祉を家族などの私的な関係に肩代わりさせることが目的になっている。

 当然のことながら、家族などの私的な関係で福祉を担うには、家計にある程度余裕がある、家族や地域共同体の関係が良好、私的なつながりに富んでいるなど、環境が整っている必要があります。
ここで、家計に余裕が無い、家族や地域共同体の関係が険悪など、私的な関係に無視できないほどの問題がある状態で福祉を担わされたら、そう遠くないうちに行き詰まることが目に見えてます。さらに身寄りが無いなど社会的に孤立している状態であれば、福祉に与ることができないまま取りこぼされてしまう。

 だいたい、万人が家族を形成できるわけでもないし、家族を形成できたとしても上手くわけではない。さらに、地域共同体で認められるわけでもないし、私的なつながりに恵まれるわけでもない。福祉を私的な関係で担える環境が整っている方こそ、却って珍しいのではなかろうか?

「日本型福祉社会」は私的な関係で福祉を担えるような環境に恵まれることを最初から当て込んでいるようにしか思えず、欠陥だらけの社会システムと言わざるを得ない。

福祉を私的な関係任せにしてきたことで発生している問題。

 福祉を家族などの私的な関係任せにしてきたことにより、福祉を担わされた者が疲弊する、福祉の現場が閉鎖的になって外部の目が入りにくくなる、私的な関係から脱落した者向けの社会的な受け皿が整備されないなどの数々の問題が発生しています。

 福祉を担わされた者が疲弊することに問題は、次のようなものがあります。

・私生活を犠牲にしてまで子育てや介護などを担わされたことで心身ともに疲弊することになる。それによって、日常生活が困難になるほど心身を壊す、家計が立ち行かなくなるなどの共倒れを引き起こす。また、子どもや高齢者などのケアの対象者が邪魔になり、ネグレクトなどの虐待をすることにつながってくる。
 ワンオペ育児に育児に疲れた母親が、子どもが邪魔になり、育児放棄や虐待に走るのは、まさにその一例と言える。

・未成年の子どもたちがヤングケアラーとして親などの家族の介護を強いられたことにより、学業や友人との関係作りをする余裕が無くなり、学力低下や家族以外の他者のと関係を作れなくなる弊害を引き起こす。それによって、就職で不利になるなど後々まで尾を引くことになる。
 このことはヤングケアラーを強いられた当人が貧困化するだけでなく、生産性の低下となって社会にもデメリットをもたらす。

・子育てや介護が家族任せになっているため、せっかく正規雇用で仕事をしていても、その仕事を辞めて家族の介護を担わされることが少なくない。しかも、この国の雇用システムの影響もあって、いったん正規雇用の職を辞めると、介護や子育て終了後に元の職に復帰することが困難。待遇が大きく落ちる職にしか就けない、下手すれば就労できないまま放置されることになる。

 次は、福祉を家族などの私的な関係任せにすることに加え、そこから脱落する者が出ることが想定されなかったことで、脱落した者向けの社会的な受け皿がほとんど整備されない問題について。

・子育てが家庭任せになっていることもあり、毒親その他の理由などにより家庭から脱落した未成年の子どもたちを対象とするような社会的な受け皿がほとんど整備されていない。その結果、家庭から脱落して家出した未成年の子どもたちが悪い集団に引き込まれて少年犯罪に走ったり、女の子の場合であれば、家出中の生活費や住居を確保する目的で援助交際をするようなことを引き起こしてしまう。

・福祉その他が家族や私的な関係任せになっていることから、家族を形成できない者たちが「社会に負担をかけるお荷物」と周囲から迷惑な扱いをされるようになる。この国で非モテ男女が叩かれる背景には、このような理由もあるのではなかろうか?

・家族と絶縁している、もしくはもともと身寄りが無い単身者が社会的に放置され、そのことがセルフネグレクトや孤独死などの問題につながっている。

 今度は、私的な関係任せの福祉により、現場が密室化して外部の目が入りにくくなることによる問題を挙げていきます。

・子育て疲れ・介護疲れによる虐待が行われていても、現場が密室化しているために、外部から発見されにくい、外部に助けを求めにくい。それによって、気が付いた時は手遅れになることが少なくない。

・子育てが家族に任せっきりで外部の目が入りにくいことで、親が独善的な子育てをするようになるり、そのような教育によって子どもが歪んで育ってしまう。
 例えば、「良い成績を出す」「集団に一体化する」だけを親から期待されて育てられてきたことで、自己が確立されないことに加えて、身の回りのことができないままに成人してしまう。こうなると、何かの理由で学校や企業などに所属できなくなった途端に何もできなくなってしまう。
 また、親の独善的な教育によって歪まされた子どもが、親への反発、もしくは、親に刷り込まれた独善的なトンデモに従って第三者に危害を及ぼすようになることも無視できない。

 他に、福祉が家族などの私的な関係に依存するようになることで、「身内さえ良ければいい」体質が蔓延し、身内とそれ以外への対応が露骨に違ってくるようになる。

「自分たちの身内や仲間」に手厚い対応をする一方で、よそ者に対しては「自分たちには関係ない」「邪魔だ」とばかりに、とことん冷淡に扱うことが当たり前のように行われるようになる。

 少し前の有名動画配信者によるホームレス蔑視発言は、まさに「自分たちが仲間として認めた者を大事にする一方で、それ以外の者がどうなろうが知ったこっちゃない」態度そのものではなかろうか?

 それから、氷河期世代問題(8050問題を含む)が解決困難になったことについても、「日本型雇用」と「日本型福祉会」の影響が無視できないはず。

 経済政策・雇用政策の失態により、多くの氷河期世代当事者が「日本型雇用」から脱落し、本人の衣食住を工面することも困難な待遇劣悪の職にしか就けない、もしくは雇用にたどり着けないまま放置されるような事態を招いてしまった。

 そして、「日本型雇用」から脱落した氷河期世代当事者の生計の面倒を見る(仕事をしていても本人の稼ぎだけではやっていけない)ことが、家族に押し付けられてることに加え、この氷河期世代問題が、「家庭の問題」「当事者が怠けているだけ」などと片づけられてしまった。

 これにより、氷河期世代当事者たちは経済的に自立できるようになるためのまともな社会的な支援を受けることなく、長期間放置されてしまうことになり、8050問題(80歳の親が50歳の子どもの生計の面倒を見る)が発生してしまった。

福祉を家族などの私的な関係任せにする「日本型福祉社会」の総括が必要。

 こうしてみると、福祉を家族などの私的な関係任せにしたことに起因しているトラブルや事件はあちこちで発生しているのではなかろうか。

 しかも、「日本型福祉社会」が策定された1979年当時と異なり、待遇劣悪な非正規雇用が蔓延するなどにより社会の貧困化が拡大し、生活困窮世帯が無視できないほど増加している。こうなると、家族などの私的な関係で福祉を担うのはますます困難になっている。このような状態で福祉を私的な関係任せにしていたら、共倒れが続出することが目に見えている。

 現在進行形で発生しているコロナ禍は、家族などの私的な関係による助け合いに依存する福祉の限界を可視化しているように思える。

 例えば、政府はコロナ感染者を専用の施設を作って療養させるのでなく、「自宅療養」という形で感染者のケアを家庭に任せるようなことをやってます。その結果、家庭がクラスター化して家族全員が感染し、それがさらなる感染の拡大を招いています。

 家族がいない単身者、家族がいるものの単身赴任で独居している者の場合は、「自宅療養」中に状態が悪化した場合に、誰にも助けを求められず、そのまま帰らぬ人になることが起きています。

 また、感染拡大を防止するために、政府は緊急事態宣言を出して飲食店やイベントに自粛を求めていますが、休業に対する補償が薄く、ほぼ「私的な助け合いで乗り切れ」と言われているも同然な状態です。その結果、経営体力が無い企業やお店が次々と倒産・廃業に追い込まれ、失業者や路上生活者の増加を招いています。

 このまま福祉などを家族などの私的な関係任せにしていたら、社会のあちこちがガタガタになり、日本社会そのものを維持できなくなるのでは?そろそろ、40年に渡る「日本型福祉社会」を総括した上で、現在の社会の実情に合わせた福祉システムを新たに作ることを検討する時期なのかもしれない。

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