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妖精王の憂鬱 −その6


 露天で売られるのも悪くはない。ルーアン王は、早くもそう思いはじめている。

 季節はうららかな金鷹、柔らかな陽差しの昼下がり。それだけでもすべてが揃っているようにも感じる。数千年の時を経てきた上で、こんなひと時が少しくらいあっても良いようにも感じる。

 問題は、この商人に我の言葉が聞こえないという所にある。無論、隣に並べられている小さな宝石たちとも会話が出来ない。見ろ、右隣のやつなんて、石英のふりをしているが色付けした、ただのガラス玉だ。そこがどうにも退屈で仕方がない。

 それから王は、ファフニンのことを思い出す。あのおてんば従者は達者だろうか。いくらあやつが方向音痴だからといって、金熊亭に帰れないということはあるまい。あそこは港が近かったから、のら猫も沢山いよう。いざという時はやつらの背に乗せてもらえば造作ないことだ。あやつはこのまま、あの旅芸人たちと共にすれば良い。念願だった世界を見て回るという望みも、少しは叶えられるだろう。

 王は半ば諦めていた。そもそも目的を思い出せないのだ。このまま人から人へ渡り歩けば、あるいは何かしら思い出すこともあるだろう。

 そんな事を考えていると、ひとりの客が訪れる。店主はどうせ冷やかしだろうと高をくくり、見向きもしない。

 客は他のがらくたなどには目もくれず、王の黄玉を手に取る。

 「これは?」男が呟く。王はその顔を覗き見るが、フードをすっぽりと被っているうえに、逆光でまるでわからない。声音からしてそう若くはないことだけはわかる。

 「ああ、それはタミナ銀貨十枚でいいさね」店主は金物細工を直しながら言う。男は値段交渉もせずに、言い値で王を買い取る。

 なるほど。何がなるほどなのか、ルーアン王は流浪の運命を俯瞰する。しばらくは様子をみることにするか。王は黙りこみ、売られていく我が身を、成り行きにまかせることにする。



 その頃、フリセラとファフニンは、婆の占いを頼りに王を探している。

 早朝から海岸沿いを歩き、下水道に続く暗渠を探した。王が攫われた倉庫から少し歩いたところにそれを見つけ、中に入ってはみたが、真っ暗でなにも見えなかった。それでもファフニンが先へ進みたいというので、フリセラはそれに従い、暗い下水道を進んだ。ところが、通路が二手に分かれている辺りで、次第にファフニンの元気が無くなってきたので、彼女は戻る決断をする。

 「ねぇファフ。あそこはあぶないよ。臭いも何だか血なまぐさいっていうか、下水の臭いとは少し違ってたしね」暗渠を出た所でフリセラが言う。

 「…でも、あんなに暗いとこで、もし王さまひとりぼっちになっていたら、…どうしよう。王さま、飛べないんだよ」ファフニンはすっかり元気を無くしている。心なしか、昨夜よりも身体も薄くなっているようにも感じる。

 「…じゃあさ、他に手掛かりがなかったら、また来ようよ。今度は団長とドンムゴも連れて来るからさ」だから元気出しなよ。フリセラは努めて明るく振る舞う。

 それから二人は商人組合に向かう。商人たちは皆忙しそうにしていて、あまり相手をしてはくれない。ギルドには妖精の姿を認知できる人間すら、ほとんどいない様子である。

 「黄玉の耳飾り?商売人が価値ない、どうせ売っちまう商品のことを、いちいち憶えているかね?」ようやく話を聞ける相手を見つけても、たいがいは同じような答えが返ってくる。

 「けど、言葉を話すんだよ、その石は」フリセラが食い下がると、商人たちは笑うばかりで、まるで信じてはくれない。

 そうこうしているうちに、ギルドの中に金熊亭の常連の男を見つける。男はフリセラのことも知っていて、親切にしてくれる。

 そうして男は仕事仲間たちに聞き回ってくれる。ほとんどの商人が首を横に振るなか、ついにギルドの責任者が事情を知っているという情報を手に入れる。

 「ああ、それなら知ってるな、今朝方、ほかのと競りにかけて、買ったのは、…誰だったっけなぁ、…まあ、とにかく今頃は、広場で売りに出てるんじゃないかなぁ」

 石を誰が持ち込んだのかを訊くと、「ああ、それならストライダだ。怪物退治の報酬ついでに、くず物を売りつけてきやがった」責任者はしかめ面をする。

 「それだ!」フリセラとファフニンは顔を見合わせる。

 念のためストライダの居場所を訊くと、それは知らないという。

 それにしても、ストライダが盗んだものを売り飛ばすなんて。フリセラは腹を立てる。物語で聞いた話と現実とは、ずいぶん違っているじゃないか! 

 それでもともかくは、かなり王さまに近づいた気がする。ファフニンの顔も少しだけ明るくなる。

 常連の男と責任者に礼を言うと、彼女は早々に駆け出す。

 「ファフ、心配しないで。あたしが必ず王さまを見つけてあげるからね!」

 元気よくそう言うと、ファフニンはようやく少しだけ笑顔をみせてくれる。

 しかし、露店広場でかなり捜し回るが、それらしい宝石は見つからない。大っぴらに店先で聞き回り、法外な値段をふっかけられても仕方ないので、あまり派手な行動はできずにいる。

 それでもフリセラは気のよさそうな店主を見つけては、それとなく聞いてみたりもしたのだが、やはり、ちっぽけな石の事などは誰も気に留めてはいなかった。

 「あー、けっこうすぐ見つかると思ったんだけどな…」つい、ぼやいてしまう。いけない。そう思い、肩に乗るファフニンを見ると、心ここにあらずとばかりに、ぼんやりしている。

 「おーい、王さまぁ」試しに広場の真ん中で叫んでもみるが返事はない。

 「おーい、王さまぁ」ファフニンも真似をして叫ぶ。往来を行く人々は、妖精のその声すらも、聞こえない様子。

 念のために店舗を構える装飾店や道具屋なども覗いてみる。やはりそれらしい物は何一つ見つからない。あの黄玉がちゃんとした店舗に並ぶとは到底考えられない。

 陽が傾きはじめる。今日は諦めよう。そう告げようとしてファフニンを覗き見ると、不安げな顔で、きょろきょろあたりを見回している。妖精は諦めず、ずっと必死になって探して続けている。

 そうして、妖精の白い頬に、光る涙が滑り落ちていく。

 帰るわけにはいかないよね。それを見たフリセラは考え直す。ごめんねファフ。声には出さないがそう思う。

 「…あたしの故郷はさ、ひどい所でさぁ、」ファフニンの気を紛らわそうと、歩きながらフリセラは話はじめる。しかしファフニンはうつむいている。

 「痩せた土地でね、玉ねぎなんて、栗鼠の頭みたいにちっこいのしか取れないの」身振りそぶりも交える。 

 「みんな貧乏でさ、子犬を拾ってくると、次の日には、スープにお肉がでちゃったりするのよ」はははと自ら乾いた笑い声をあげる。 彼女は何とかしてファフニンを元気づけようとするが、品のない冗談しか言えない自分が嫌になる。

 「あー、…まあ、そんな感じ」けれど、本当のことだ。話すしかない。フリセラは開き直る。今までのあたしの暮らしには、キラキラしたお伽話なんてないんだ。

 「あたしはね、十二になる頃に売られたの。まあ、口減らしね。貧しい村に生まれた女にはよくあることよ」

 そこでファフニンが顔を上げる。

 「でね、フラバンジに奴隷として売られそうになってたところを、団長が拾ってくれたってわけ」

 「子犬みたいに?」ファフニンがぱちくりと大きな瞳を瞬かせる。

 「そ、子犬みたいにね」フリセラが答える。「あ、でも、スープにされることはなかったかなぁ」そう言い彼女は目配せを送る。ファフニンが微笑むと、彼女もつい嬉しくなる。

 「だからね、あたしにとっちゃウンナーナ団は家族みたいなもんなんだ。」ファフニンが髪を撫でてくれる。フリセラは気持ちよさそうに眼をつむり、それから言葉を続ける。

 「ねえ、ファフにとって王さまも家族みたいなものなんでしょ?」

 ファフニンがしっかりと頷く。

 「だったら、絶対見つけようよ、王さま。」微笑む彼女に、ファフニンも少しだけ元気を取り戻す。

 ここで帰るわけにはいかない。彼女は決心する。これはあたしの物語でもあるんだ。妖精とあたしの物語だ。

 そうしてフリセラは、危険を承知で、貧民街の方へと向かうことにする。



 王を買い取った男は、広場で様々な物を買い漁っていた。日用品に食料、簡易テントや携帯鍋などもあった。近いうちに旅にでも出るのかもしれない。王は観察を続ける。

 夕方になると、男は買ったものを携え馬屋へと向かい、預けていたロバの背にそれらを括り付ける。すぐに発つのかと思いきや、荷物を夜まで見ていてくれるよう、馬番に言いつけ、駄賃を渡し、歩き出す。

 男はもと来た道を戻り、広場の側で腰を落とす。それから小物入れから王の黄玉を取り出し、光に透かしてみたり、両手で握りしめてみたりする。

 奇妙なことに、そうしていじくり回されることに王は心地よさを感じている。それでも男が何者かが分からぬうちは、警戒を解くつもりはなかった。

 「ふむ、ちょっとした咒具かとおもったが、これはどうしたことか」

 男が低い声で独りごちる。

 「魔法もそうだか、この石には生命の息吹さえも感じる」

 薄々感じ取ってはいたが、男の言葉で確信する。この男は魔法使いだ。杖を持ってはいないが間違いない。それならば話は早いぞ。

 いや。王は考え直す。

 だが、魔法使いこそ良し悪きが激しいものだ。用心に越したこともないかも知れぬ。王は迷う。しかし、この男は悪い男ではなさそうだ。我の経験が直感的にそう語っておる。それにこの男の魂は、どこかアリアトに似ているぞ。

 王は決断し、男に向かって話し掛けてみる。

 案の定、王が声を出しても、男は少し眉を寄せただけであまり驚きもせず、物静かに耳を傾ける。余りに男が話を聞いてくれるので、王は調子に乗り、これまでの身の上話を悲哀を込めて必要以上に大盛りに語る。男は黙って頷きながら、時折微笑み、いくつか質問したり、言葉足らずを補ってくれたりもする。

 男が自分のことが何者かを訊いて来ないので、試しに、礼の口上を述べてみる。すると、男は少しだけ思案する様子を見せてから、「なるほど、それでわかりました」そんなことを言う。

 それから茶色いフードを脱ぎ去り、話し出す。

 「名乗るのが遅くなりました、ルーアン王。わたしはメチアと申します。ここらでは沼地の老人と呼ばれています。」

 白髪だらけだが背筋はしゃんとしている。それほど歳は取っていないのかもしれない。瞳の虹彩が左眼は茶色だが右目は虹色がかってみえる。典型的な魔法使いの眼だ。王は思い出す。何でも、魔法使いは長い年月魔法に触れ続けると、魔法そのものを目視できるようになるのだとか。メチア、覚えはないが、そこそこ名のある魔法使いには違いないだろう。

 「…それで、ルーアン王はハイドランドに行くつもりだと?」メチアが訊ねる。

 「うむ、だが、ハイドランドはすでに滅びているとのことだったな」人間とはまったくもって愚かなものだ。ルーアンの意見にメチアも笑顔で同意する。

 「…しかし、行けないこともない。問題はヴェゴの道ですな」

 「なぜだ?ヴェゴの道はハイドランドに通ずる、世界でいちばんの安全な唯一の道だぞ」そんな意見にメチアは静かに首を振る。

 「今は世界一危険な道です」何故と訊く前に魔法使いは補足してくれる。「エルフが守っているのです。」だからこそ安全な道だったはずだ、ルーアンが反論すると、「それがどこで反転したのだか」彼は言葉を濁す。魔法使いにもその事情は分からないらしい。

 「…して、お前はこれからどこへいくつもりだ?」話が行き止まったので、王は話題を変える。

 するとメチアは空を見上げる。もうすぐ陽が落ちる頃だ。

 「ともかく」魔法使いは立ち上がる。

 「夜に、知人と待ち合わせています。詳しい話はそこでいたしましょう。」




 −その7に続く−

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