『守護神 山科アオイ』19. 調査指示
幸田からのメールは顔文字の羅列だった。幸田と慧子、アオイの間だけで通じる顔文字で構成された暗号だ。
「ちょっと、失礼」
慧子が世津奈たちに断り、アオイを目で誘って廊下に出る。廊下の端まで移動し、アオイが慧子に話しかける。
「幸田が『世話役会』の決定を伝えてきたんだな。和倉の警護は中止か?」
「警護は、中止。だけど、和倉が『シェルター』に接近した本当の理由を探りあてろと指示が出た。私たちは、まだ和倉さんから手離れできない」
「幸田は『シェルター』はとことんリスクを避けるから、隠し事の多い和倉を切るに違いないと言ってた。あいつの予想も、いい加減だな」
「『世話役会』は、和倉さんのように裏がある人間が簡単に『シェルター』の門を叩けたことに、危険を感じているのよ」
「それは、そうだな。和倉の恩師の遠山教授と『シェルター』も世話役の須崎がどういう関係か知らないけど、遠山教授に頼まれただけで「はいはい」と和倉を受け入れようとするなんて、須崎って世話役はガードがゆるすぎる気がする」
「最悪の場合、須崎世話役と遠山教授がグルになって、和倉さんを『シェルター』に潜りこませようと企んだ可能性もある」
「で、『世話役会』は、あたしたちに、その辺の真相を突き止めろと言ってきたわけだ」
「そういうこと」
「だけど、あたしたちは用心棒で、探偵じゃないぞ」
慧子がにたりと笑う。
「優秀な探偵の助っ人がいるじゃない」
「えっ? でも、世津奈たちに『シェルター』のことを知られるわけにはいかないぞ」
「そうね。そこがちょっとやりにくいわね。私たちが漏らさなくても、和倉さんの口から漏れるかもしれないし」
「その可能性はでかいぞ。世津奈たちへの対応について、幸田と相談した方がいいんじゃないか?」
慧子がうつむいて少し考え、顔を上げ、
「いいえ。幸田さんには相談しない」
とキッパリ言いきる。
「なんで?」
「込み入った話だから、相談するなら、幸田さんと直接会う必要がある。だけど、そんなことをすると、幸田さんの存在を世津奈とコータローに気づかれる危険がある」
「慧子は、あの二人を完全には信用してないのか?」
「こうなってしまったら、あなたと私の身を委ねることになっても仕方ない。そう思ってはいる。だけど、幸田さんは安全な場所にいて欲しい」
「幸田に気をつかってるのか?」
「私たちが本当に追い詰められたときに、最後の頼みの綱として幸田さんを残しておきたい」
「はは、慧子らしい発想だな。だけど、あたしたち二人が勝手なことしてドツボにはまったら、幸田も見放すんじゃないか?」
「アオイ、それ、本気で言ってる?」
「まさか。幸田は助けてくれる。でも、それを無条件に信じて行動するのって、合理的で計算高い慧子らしくない」
「合理性と計算だけで生きる人生は、つまらない」
「そうだな。あたしたち二人で、行けるところまで、行くか」
「そうする。では、部屋に戻りましょう」
二人が部屋に戻ると和倉が駆け寄り
「須崎さんからの連絡ですか? 須崎さんに会わせてもらえるのですね」
と、声を弾ませる。
「須崎は、まだ和倉さんにお会いすることはできないと申しています」
慧子は、腹の中では和倉がまずいことを言い出したものだと舌打ちしながら、できるだけ冷静、丁寧に答える。
「須崎さんって、誰のことっすか?」
コータローが尋ねる。子どものように無邪気な口調だが、メガネの奥で目を鋭く光らせている。
「もしかして、お二人のクライエントさんっすか?」
コータローがさらに突っ込み、和倉が口を開きかける。慧子が和倉に矢のような視線を飛ばして制止する。
「さぁ、誰だろうな?」
アオイがコータローをはぐらかす。
「教えてくんないの?」
コータローはアオイ相手では、ぞんざいな口の利き方をする。
「腹を割った友達同士だからって、お互いのはらわたを見せ合ったりしない。忘れな」
アオイは突っぱねる。
食い下がろうとするコータローを、世津奈が
「コー君、人が話したがらないことを、しつこく訊くのは悪趣味よ」
とたしなめると、コータローが
「はぁ? 相手が話したがらないことを訊き出さなかったら、探偵にならないじゃないすか?」
と反論する。
「慧子さんとアオイさんは、私たちの取り調べ対象ではない。大切な友人よ」
世津奈がピシャリとはねつける。
そのとき、世津奈のスマートフォンの着信音が鳴った。
〈「20. 誘拐」につづく〉