「日本昔話再生機構」ものがたり 第1話 ヘルプデスクの多忙 6. 追い詰められるハヤト
『第1話 ヘルプデスクの多忙 4. ハヤトの想定外』からつづく
『第2話 沙知の危機 2. 秘策』からつづく
私は、沙知にとってのリスクも私にとってのリスクも考えぬいた上で、これしかないと確信して打開策を提案したつもりだった。
しかし、本当に確信が得られたのは、沙知から「やります」と力強い返事をもらったときだった。状況が厳しいことに変わりはないが、私は、自分の肚が座ってくるのを感じていた。
頭上でピッ、ピッ、ピッと呼び出し音が鳴り出した。『花咲か爺さん』の犬を演じているハヤトからの連絡だ。前回の通信では沙知を救い出す方法を考えることで頭がいっぱいで、ハヤトをいい加減にあしらってしまった。今度は、もっと丁寧に向き合おう。
モニター画面に口輪をされたままのハヤトの口吻が現れる。ハヤトの目に映る当人の姿を送って来ているのだ。
「ヘルプデスクさん、だめでした」
「だめって? 『クンクン嗅ぐ』と『前足で土を掘る』を両方やっても、お爺さんは興味を示さなかったの?」
「それ以前の話なんです」
ハヤトが泣きそうな声になる。
「どういうこと?」
「ボクが前足で土を掘り始めたら、お爺さんに抱き上げられ家に連れ帰られちゃったんです」
「え?」
「お爺さんの話では、町内会で『持続可能な里山を守る活動』をやってて、人も動物も、山を掘ったり切り崩したりしてはいけないそうです。ボク、お爺さんにメチャクチャ叱られました」
――持続可能な里山を守る? なに、見当違いなこと言ってるんだ! 後の世代が里山を傷つけ汚し、現代では里山なんて残ってない。里山が消えることより、昔話記憶が失われて日本人と日本の国土が消えることの方が、目の前の差し迫った危機なのだ。
だが、そんなことをお爺さんと町内会に話しても、分かってもらえるはずがない。
「ボク、犬に変身してお爺さんに会う前日に、ここに来て宝物を山に埋めたんです。でも、町内会が騒音を規制してたり『持続可能な里山を守る活動』をしてるなんて、全然気づかなくて」
ハヤトがすまなそうに言う。
「ハヤト君、それは君のせいではない。宝を埋めているところを人間たちに見られないよう、夜遅くに到着して宝を埋めたのだろう」
「はい」
「町内会の活動を知る機会はないじゃないか」
「それは、そうですね……でも、ボク、どうしたらいいですか?」
ハヤトの声が消え入りそうになる。
「ともかく、エラーコードE1を送って。私がそれをプロジェクト管理部長に伝えて再生中止を申請するから」
「エラーコードE1って、なんのことですか?」
私は驚いた。この子は《虎の巻》を知らないだけでなく、エラーコードも知らない! 新人の育成は、いったいどうなってるんだ? 私の頭に、定年までの残り時間を〝うっちゃって″ 過ごすことしか考えてないクローン・キャスト育成部長の顔が浮かんだ。
【『第3話 産業医の闘い 4. ギムレット奉行』から引用】
いやいや、あの部長は最悪だが、どっちみちラムネ星人の管理職が我々クローン・キャストの面倒を見てくれるわけじゃない。
ハヤトの周りにいるクローン・キャストの先輩たちが教えてやらなきゃいけないのだ。私だって、《虎の巻》やエラーコードの使い方は先輩たちに教えてもらった。
私は、「働き方改革」で休日の昔話再生が禁じられてから平日が過密業務になりクローン・キャストが疲れ切っているのを思い出した。現場は新人の面倒を見る余裕すらなくしているのかもしれない。
『第1話 ヘルプデスクの多忙 11. 謝罪』から参照に来られた方は、こちらにお戻りください。
私はハヤトにエラーコードE1の発信方法を教えた。ハヤトはかなりもたついたようだったが、E1を送ってきた。私は、ハヤトとの通信を切り、プロジェクト管理部長に電話を入れた。また秘書が出て「部長は定例部長会中です」と答えた。
「2時間前に電話した時も、会議中と言われました。部長定例会は、そんなに長くかかるのですか?」
「クローン・キャストの知ったことではないでしょう」
秘書が敵意を剥きだしにする。続けて、軽蔑をあらわに言う。
「プロジェクト管理部長にはメールで通報するよう、2時間前に言いましたよね。クローン・キャストは2時間前のことも覚えてられないのですか」
私は通話を切り、受話器をたたきつけた。
私はハヤトとの通信をつないだ。
「プロジェクト管理部長にはメールで通報した。再生を続行するか中止するかは、部長から君に直接指示がいく」
「どのくらい待てばいいのでしょう? あっ、そうだ、こんな有様だったら、部長が決める前に『昔話成立審査会』が不成立判定をしませんか?」
「昔話成立審査会」がまともに仕事をしていれば、ハヤトの言うとおりだ。
しかし、沙知の例を見た私は、「昔話再生審査会」がまともに機能しているとは思えなくなっていた。
私は、迷い始めていた。実は、私には「花咲か爺さん」の再生を直ちに停止させる「奥の手」がある。
稼働1年目の新人クローン・キャストの場合、ヘルプデスクの判断で直ちに回収することができる。「新人緊急回収」措置と言われるものだ。
不慣れな新人が想定外の事態でパニックを起こすと変身が解けてしまう危険があるので、このような非常手段がヘルプデスク担当に与えられている。「新人緊急回収」が存在することは、新人たちには知らされていない。新人の不安をあおらないためだ。
ハヤトに「新人緊急回収」を適用するか? これは実に悩ましい。この措置を受けた新人は「弱者クローン」のレッテルを貼られ、その後の昇給で同期と差をつけられる。クローン・キャストは「日本昔話再生支援機構」から宿舎と三食が支給されるから給与が多かろうと少なかろうと関係ないだろう……というのは、健康でいる限りは、の話だ。
クローン・キャストは35歳を過ぎると長年の変身からくる蓄積疲労で病に倒れることが多い。しかし、このような疾病は特定の昔話との因果関係が見いだせないので労災ではなく私傷病扱いされる。
労災であれば給与全額と医療費が「機構」から支払われが、私傷病では給与の3分の2相当の傷病手当金が「クローン・キャスト健康保険組合」から払われるだけだ。
つまり、元々の給与が少ないと傷病手当金が減る。そこから医療費を払うが、クローン・キャストは医療費の6割が自己負担。長く入院したため医療費を払いきれず「機構」から借金した仲間もいる。私は、将来、ハヤトをそういう目に遭わせたくなかった。
「ハヤト君、クローン・キャストを長く続けていると、色々な想定外の出来事にぶつかる。それには慣れるしかないんだ。君の場合、一年目でこういう事態が起こって、ラッキーだった」
「どこが、ラッキーなんですか!」
ハヤトが反抗的な口調になる。まぁ、それも、仕方ない。
「君の仲間より早く想定外に慣れる機会を得られたじゃないか。今回の経験は、必ず、後で役に立つ」
「だから、どうしろって言うんですか?」
ハヤトは、完全にむくれていた。
「プロジェクト管理部長から再生中止の指示が来るか、『昔話成立審査会』から不成立判定がくるまで、そこで頑張りなさい」
「ただ、待つんですか……」
「そうだ、待つのだ。頑張ろう」
「わかりました」
ハヤトが観念したように言った。
ハヤトに辛抱させることにしたものの、不安が残った。私は、ハヤトの生命反応データをチェックする。精神的ストレスのせいだろう、危険度が黄色になっていた。私は危険度がオレンジに変わり始めたらアラームが鳴るようにセットした。アラームが鳴ったら、迷わず「新人緊急回収」措置を取る。そう決めて、とりあえずハヤトのことは忘れることにした。
『第1話 ヘルプデスクの多忙 7. 勝負』につづく