『守護神 山科アオイ』4.人間兵器
ホテルの裏手。車体側面に「リネンサービス・アオキ」と描かれた一台の白い商用バンが停まっている。慧子は周りに人の目がないのを確かめアオイを助手席に乗り込ませる。アオイは助手席とウォークスルーでつながっている荷室に移動し、つづいて慧子も乗り込む。
荷室には両側の側面にそってベンチシートが向かい合わせに据え付けられ、右側のベンチシートの中央で、男性がワイシャツの袖をまくってノートPCに見入っている。
男性をひとことで形容すると秋田犬のぬいぐるみだ。熊のぬいぐるみほど大きくないし、茫洋としてもいない。それでも、十分にのどかでとぼけている。
目も鼻も口も大きいが、童顔なので身体同様、まるっとして見える。スラックスのベルトに拳銃を収めたホルスターを装着していなければ、この男性がアオイと慧子の用心棒仲間とは、誰も思わないだろう。
「幸田、和倉は大人しくしてるか?」
アオイが男性の向かい側のシートに座って、男性に尋ねる。幸田と呼ばれた男性は、アオイが冷蔵庫の上に置いた超小型カメラの映像を見ているのだ。
「アオイちゃんさぁ、カメラを奥の方に置き過ぎ。画面の半分が冷蔵庫の上面だよ」
幸田が答える。
「手前に置くと、和倉に見つけられそうな気がした」
アオイが答える。
「それから、その『アオイちゃん』は止めろって、何度言ったら、わかるんだ。背中がムズムズして気持ち悪い」
「いいじゃないか。私は四二歳、アオイちゃんは一七歳。アオイちゃんは私の娘みたいなもんだ」
「あのな、父親が一七になる娘を『ちゃん』づけて呼んでみな。二度と口きいてもらえないぞ」
慧子がアオイの隣に腰を下ろし、アオイに尋ねる。
「アオイは和倉さんの言い分を信じてなかったみたいね。あなたの顔を見てて、わかった」
「そして、アオイちゃんの勘は恐ろしく当たる」
幸田がノートPCから顔を上げて、言う。
「あいつ、あたしたちにいっぱい隠し事してるぞ。具体的に何を隠してるかまでは見えない。だけど、あいつの心の奥はグチャグチャだ」
アオイの答えを聞き、慧子と幸田は顔を見合わす。
「アオイがここまで言うからには、隠し事をしているのは間違いないな」
幸田が言う。
「隠し事をしている人間は表面上どんなに平静でも、内心では動揺している。アオイはそれに間違いなく勘づく」と、慧子。
「これも、あたしの人間兵器としての設計にはなかった能力なんだろ?」
「先制反撃能力とウソをかぎつける能力。設計仕様にはなかった能力が、あなたに発現した」
慧子がアオイをほれぼれしたように眺める。
アオイが顔をしかめる。
「慧子、今、あたしが一七歳の少女だってこと忘れて、殺人マシンとして見てるだろ。それ、止めてくれる」
「博士、まずいよ。マッド・エンジニアの目に戻ってる」
幸田も慧子をたしなめる。
慧子がアオイを衝撃波を放出する能力を備えた人間兵器――「衝撃波放出型人間兵器」に改造した。五年前、アメリカ国防総省の特殊兵器開発者だった慧子・レノックス――本人は、日本式に「レノックス慧子」と名乗るのを好む――は、CIAの「テロリスト密殺プロジェクト」に送り込まれた。
CIAは特殊部隊を使って中東やヨーロッパでテロリストとその協力者を暗殺しているが、銃器や毒薬など物理的・化学的な手段を用いると、どうしても証拠が残る。仲間を殺されたテロリストグループが証拠をたどってCIAにの関与をつきとめると、報復テロを招いてしまう。
そこでCIAは、物理的・化学的な手段を用いずにテロリストを自然死に見せかけて暗殺する「テロリスト密殺プロジェクト」に着手した。一切武器を所持しない人間がテロリストに接近して特殊な力でテロリストを自然死に見せかけて殺そうというのだ。
人間兵器の第一タイプとして慧子が開発したのが、全身から衝撃波を発してテロリストの心肺機能を瞬時に停止させる「衝撃波放出型人間兵器」だった。
当初は、米軍特殊部隊から選抜され、本人が志願した職業軍人を人間兵器に改造していた。この段階では、慧子は自分の技術者としての腕を振るうチャンスとして、積極的に関与していた。
ところが、CIAはアジア地域に潜んでいるテロリストにも密殺の手を伸ばすため、テロリストに警戒されにくいアジアの少女を「衝撃波放出型人間兵器」に改造する計画に着手した。
慧子は、この計画に反対した。アメリカ国民でなく、しかも未成年の少女を人間兵器に改造するとは、いくらなんでも、アメリカの国益のゴリ押しが過ぎる。慧子は、そう主張したのだ
しかし、CIAは命令に従わなければ国家反逆罪で死刑に処すると慧子を脅迫し計画に引きずり込んだ。
アオイは少女人間兵器の第一号だ。父親の仕事で滞米していたアオイの一家はセンターラインをはみ出てきたトレーラーと正面衝突、両親は即死したが、アオイは奇跡的に一命をとりとめた。そのアオイを入院先の病院からCIAが拉致し、慧子に人間兵器に改造させたのだ。
しかし、慧子は、故意に改造手術を失敗させ、アオイに殺傷能力を与えなかった。それでもCIAは、強引にアオイを日本でのテロリスト攻撃に起用した。アオイと来日した慧子は、アオイを連れてCIAから脱走したのだった。
「5.狂気の技術者」につづく