見出し画像

『守護神 山科アオイ』22. 激闘

 アオイが学生風の若い男に連れてこられたのは、商業施設の2階の隅にある小さなカフェだった。狭い間口の前に置かれたメニュー看板に臨時休店と札がかかり、店内の明かりも消えている。だが、暗がりを透かして見ると、店の奥で人影がうごめいているのがわかる。
「おやおや、この店、あんたたちが貸し切りかい。ぜいたくだねぇ」
アオイがからかうように言うと、アオイを案内してきた男が
「入れ」
と、不愛想な口調でアオイを先に通す。
「篠原沙織は、あそこだ」
男が顎で奥のテーブル席を指すが、そこには暗がりが溜まっている。
「暗くて、顔が見えねぇ。沙織さんをこっちに来させろ」
「お前が行け」

 アオイはウナギの寝床のような店内を奥に進む。奥のテーブル席に二十代後半くらいの女性が掛け、彼女を取り巻くように三人の男が立っている。三人とも、インカムを装着している。アオイはスマホのライトを女性に向け、スマホに保存してきた篠原沙織の写真と照らし合わせる。
「沙織だって、わかったろ。仲間に連絡しろ」
アオイの後ろで学生風の男が声にどすを利かせる。
 アオイはポケットからスマホを取り出し、慧子を呼び出す。
「あたしだ。篠原沙織さんは、今のところ無事だ。この先の無事は、あたしが守る」
言い終えた瞬間、篠原沙織を取り囲んで立っている男たちの頭部めがけて衝撃波を放つ。頭を狙ったのは、座っている沙織を巻き込まないためだ。三人が頭を抱えてうずくまる。

 アオイの斜め後ろにいる学生風の男が動こうとする。凶器を抜こうとしているのだ。アオイは振り向きざまに衝撃波を浴びせようとするが、距離が近すぎる。
 衝撃波の代わりにひざげりを男の急所にかまし、後ろに飛びのく。両手で急所を抱えている男に衝撃波を見舞う。男が倒れ、手からサプレッサーつきの自動拳銃がこぼれる。

「沙織さん、あたしと一緒に逃げるぞ」
アオイは篠原沙織に声をかけるが、沙織は棒を飲んだような顔をして椅子に掛けたまま、動こうとしない。
「急げ」
 アオイは沙織の腕を取り椅子から立たせる。出口に向かって沙織を引き立てながら、慧子に連絡する。
「沙織さんは確保した。タクシーを使って、最寄りの駅に行く」
山田の前では沙織を連れて慧子たちのところに戻ると言ったが、ウソだ。もちろん、慧子も、それは承知だ。山田だって、手下にカフェでアオイと沙織を殺すさせるつもりだったのだから、アオイが戻ってくるとは思わなかっただろうが。

 慧子がスマホを下ろすと、山田が言う。
「どうやら、お嬢ちゃんが篠原沙織の無事を確認したようですね。和倉さんを渡してもらいましょう」
「いいえ。和倉さんは、私たちと一緒に引き揚げます」
山田の額に青筋が立つ。
「そんなことをして、篠原沙織がどうなってもいいのか」
それまでの丁寧な口調が剥がれ落ちる。
「そちらこそ、沙織さんを見張っていたお仲間のことを心配した方がいいわよ」
慧子が答える。
 山田が、襟につけたインカムのマイクに、なにかをささやく。山田の顔に朱が差す。山田がさらにマイクに向かってささやくと、人混みの中から中年の女性と若い勤め人風の男が近づいてくる。二人ともインカムをつけている。

「お互い、こんなところで、手荒な真似は止めましょう」
世津奈が背中に手をまわしながら言う。ベルトに特殊警棒を収めたホルスターを装着してある。
コータローが和倉をかばうように、和倉の前に出る。
「じゃ、行くわよ」
慧子が言う。
そのとき、
「ぐっ」
とうめき声がした。コータローが床にくずおれる。
「コー君!」
世津奈が叫ぶのと、和倉が山田に駆け寄るのが同時だった。
「和倉さん、どういうつもり?」
慧子は一度は和倉に尋ねるが、すぐに、状況を理解する。
「誰か、AEDを持って来てください!」
慧子はフロアに響きわたる声で叫ぶ。周囲の目が慧子に集まる。倒れているコータローと傍らにうずくまっている世津奈に気づいた人たちの間にざわめきが広がる。

 慧子はスマホを取り上げ、119をコールする。
「男性が意識を失って倒れています。湾岸ショッピングモールの2階、噴水とピアノのある広場です。呼吸がありません……AED? 今、探してもらっています」
 山田、中年女性、勤め人風の男性が動きを止め、目を丸くして慧子を見ている。 

「山田さん、もうすぐ救急隊員がここに駆け付けます。それでも、私たちに手荒な真似をしますか? あなたは、和倉さんを手に入れ、私たちは沙織さんを取り戻した。今日のところは、これで手打ちにしましょう」
慧子が落ち着いた口調で山田に言う。
「『今日のところは』だと?」
山田が顔をゆがめる。
「お前らに『明日』はない」
「いいえ。生きている限り、明日は必ず来る。また、会いましょう」

 山田がフンと鼻から息を吐き、慧子に背中を向ける。山田が歩きだし、和倉が続く。中年女性と勤め人風の男性が慧子をにらみながら後退し、くびすを返して山田と和倉に続いた。

〈「22. 救命措置」につづく〉