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『守護神 山科アオイ』10. 片意地と機転

「アオイ、ニセ警官の上着を脱がせて。制服姿だと、クルマに乗せていても目立つ」
アオイがニセ警官の上着をはぎ取るのを見届け、慧子が女性探偵に言う。
「和倉さんとニセ警官は、私たちのクルマに乗せる。和倉さんとニセ警官の話を訊きたければ、私たちについていらっしゃい」
 女性探偵が答えるより先に、相棒が
「二人を連れて、そのままトンヅラするつもりっしょ」
と警戒する。

「でも、成り行きから言って、こちらのお二人と和倉さんが別行動をとるというオプションはないでしょ」
女性探偵がなだめるように言い、慧子が
「言うまでもなく」
と答える。
 和倉が慧子と女性探偵を見比べる。
――慧子と、この探偵さんなら、和倉は探偵さんの方についていきたいだろうな。
とアオイは思う。
「まぁ、この二人は私を警護するために来たのですから、私は、この二人と一緒にいるとしますか」
和倉が腹が括れたような、括れていないような口調で言う。

「じゃ、ニセ警官だけでも、こっちでもらいましょう」
男性探偵が慧子に挑むような目を向ける。
「あなた達こそ、ニセ警官から事情聴取したかったら、ボクらについてくることだ」
「私は、警官をあなた達に渡すとは、言っていない」
慧子が硬い声で応じる。
 アオイは、やれやれと思う。頭脳明晰で冷静沈着な慧子だが、根は負けん気が強いので、相手の出方が気に入らないと意固地になることがある。
「慧子、大人げないぞ。和倉は私たちの荷物だから、私たちがキープする。ニセ警官は探偵さんたちの獲物だから、探偵さんたちがキープする。それでイイじゃないか」
「ニセ警官の一人は、私が倒した」
「あぁ、慧子がやっつけたよ。だけど、頭を撃ったから意識が戻るかどうか、わかんないぞ」
アオイは声に皮肉を利かす。慧子がアオイをにらむ。アオイはアメリカ人がよくやるように肩をすくめて返す。

「わかった。ニセ警官は、あなたたちに預ける」
慧子が、渋々、アオイに従う。
「ありがとうございます。コー君、警官に制服を着せて」と、女性探偵。
「制服だと、目立つじゃないすか」
「この方たちは、スイートルーム専用エレベーターで地下二階の特別駐車場に行ける。でも、私たちは、ロビーを経由して地下一階の一般駐車場に行くのよ。ロビーを通る時、シャツとスラックスだけでも警官とわかってしまう」
「上着を着てたら、ますます見るからに警官じゃないすか」
「うん。だから、私たちが、このお巡りさんに連行してもらって、駐車場に行くのよ」
「へぇ?」
「このお巡りさんを先頭に立てて、私たちが連行されているふりをして、ついていくの。もちろん、後ろから銃をつきつけてね。銃弾を実弾と入れ替えましょう」
「あぁ、なるほど。『変な気を起こしたら、どうなるか分かってるな』ってやつですね」
探偵二人が弾倉から弾を抜き、ポケットから取り出した銃弾を込め直す。

「あんたたち、実弾を使うつもりか?」
驚いて尋ねるアオイに、女性探偵がケロリと答える。
「この場合、仕方ありません」
「死体が出たり、血痕が残ったりしても、いいの?」
慧子が皮肉な調子で訊く。
「そうなるかどうかは、あなた次第よ、ニセ警官さん」
女性探偵がニセ警官の頭に銃口を向けると、ニセ警官がぶるっと震える。

「私たちは、捕えた産業スパイの尋問に使う隠れ家を都内にいくつか持っています。ここから一番近いところで落合いましょう。地図をメールします」
女性探偵が言い、慧子のスマホに地図が届く。
 アオイと慧子、探偵二人組、和倉とニセ警官の六人はスイートルーム専用エレベーターに乗り込む。
 エレベーターの中で探偵たちはニセ警官の両手を縛った結索バンドを切断し、背中に銃口をつきつける。エレベーターが一階に着き、探偵たちがニセ警官を先頭に立てて降りて行った。

 アオイ、慧子、和倉の三人は、そのまま地下二階の、スイートルーム客用の特別駐車場まで下りた。
「まぁ、ニセ警官なら、あの二人に持っていかれても許容範囲ね」
慧子がクルマに乗り込みながら、自分を納得させるように言う。
「少なくとも、女性の探偵さんは、私たちを裏切らないよ」
アオイが言い、慧子が、
「あなたの直感?」
と訊き返す。
「そう。慧子は、あたしの直感を信じてるでしょ」
「そうね。ちょっと悔しいけど」
慧子がクルマのアクセルを踏み込んだ。

〈「11. ニセ警官聴取」につづく〉