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『守護神 山科アオイ』23. 救命措置

 山田たちを見送った慧子は、
「AEDは、まだですか?」
という世津奈の切迫した声に振り返る。世津奈がコータローの身体に馬乗りで胸骨圧迫をしている。和倉に何をされたかわからないが、コータローがあれほど急に倒れたのは呼吸が止まった可能性が高いと慧子は予想したのだが、それが当たってしまった。
 慧子は大声で周囲に問いかける。
「AEDは、まだですか?」
返事はない。
 探しに駆けだそうとしたとき、
「ここです」
人混みの中から声がして、小柄で機敏そうな中年男性がAEDを手に現れた。
「私は、救急救命士です。処置は任せてください」
中年男性が言い、慧子は胸をなでおろす。逆風つづきの中で、近くに救急救命士がいてくれた。まだ、運に見放されていないようだ。

 救急救命士の男性が世津奈に「胸骨圧迫つづけてください」と言い、本人はAEDをきびきび立ち上げ、電極パッドをコータローの胸と脇腹に貼る。男性がスイッチを押し、コータローの身体がびくっと震える。男性がコータローの状態を確認し、コータローの口から人工呼吸を始める。世津奈は、胸骨圧迫を続ける。

 慧子は、世津奈と男性の手慣れた救命作業を見て、自分は現場を離脱すると決める。コータローが病院に搬送されれば、外部から受けたダメージで呼吸が止まったことが明らかになる。警察が呼ばれる。警察は、慧子とアオイがCIAの次に付き合いたくない相手だ。
 慧子は世津奈に別れの言葉をかけようかと思ったが、世津奈が胸骨圧迫に集中しているのを見て、くびすを返し、足早に人混みに姿を隠した。
 スマホを取り出し、アオイに連絡する。
「アオイ、世津奈とコータローは来ない。私ひとりで行くから、駅の改札口で待っていて」
アオイは驚いているようだったが、「わかった」とだけ言って、通話を切った。
 ピーポー、ピーポーと救急車のサイレンが近づくのを聞きながら、慧子はタクシーに乗り込んだ。

 慧子は、商業施設最寄り駅の改札口で、アオイと篠原沙織と合流した。まだ呆気にとられたままの篠原沙織に、慧子は自分たちは京橋テクノサービスの人間だと名乗り、「〈顧みられない熱帯病〉と闘う会」の事務所までタクシーで送ると告げる。送ると言っても、行先は沙織に案内してもらうしかないのだけど。
 沙織を「闘う会」の事務所でスタッフに引き渡し、通りに戻る。
「世津奈とコータローはどうしたんだ?」
アオイが初めて訊いてきた。
慧子が事情を話すと、アオイが眉を寄せて
「コータロー、助かって欲しいな」
と言い、つづけて、
「和倉の奴、許せねぇ」
と吐き出すように言った。
「で、あたしたち、どうする?」
アオイが気を取り直して慧子に訊く。
「そうね。探偵さん二人とは別れたことだし、幸田さんと合流しましょう」
「おぉ、そうだな」
慧子が幸田に顔文字暗号メールを送り始めた。

〈「24. 余波」につづく〉