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「日本昔話再生機構」ものがたり 第8話 求む、目撃者 3. 正 義

 『求む、目撃者/(2)決 意』からつづく

 ケンジは手のひらに浮かんだ周囲5キロ四方の地図を頼りに、里への道をたどる。変身スーツの表面に映し出される地図が、皮膚を透して見られるよになっているのだ。

 前方に、藁ぶきの小さな小屋が肩寄せ合う集落が見えてきた。だが、都合よく声をかけられそうな人影はない。
 仕方ない、手近の小屋の戸を叩き中の者を呼び出そう。と思った時、一軒の小屋の戸が内側からあき、七、八歳の少女が出てきた。赤子を背負っている

 少女が不審そうな目でケンジを見る。
「お嬢ちゃん、おうちの人はおるかな?」
問うケンジ。少女があとずさりし、答える。
「うちのもんなら、みんな、畑だ。おらひとり、子守で留守番だ」
少女がハッと口を押える。見ず知らずの大人に、自分と赤子しかいないと告げてしまい、まずかったと気づいたのだ。

「お嬢ちゃん、わしは、怪しいもんではない。村から村へ回る薬売りじゃ」
着物の前合わせから丸薬を三つ取り出し、少女に見せる。
「ほんに、薬売りか?」
「そうじゃ」
丸薬を少女に差し出す。
「腹くだしの薬じゃ。よぉ、効くぞ」
少女がおそろおそる薬に手をのばしつまみ取り、すぐ、着物のたもとに隠す。
「この村にゃ、薬を買えるような金持ちはおらん、はよぅに、いね」

「今日は、薬売りに来のではない。面白そうなことがあってのぅ、村の衆に見せたいと思ぅて、来たのじゃ」
「なんだ?」
「川のほとりで猿と熊が会っていた」
「猿と熊?」
少女の目に光が宿る。興味が湧いてきた証拠だ。

猿と熊が一緒に何をするんか、村の衆に見せとぅて、来たのじゃ
「うーん、あたしは、ここで子守をしとらにゃならん」
「赤子を背負ぅたまま、見物すればよい。見物の間、わしが赤子を預かってもよいぞ」
「そぉか、そうだな」
少女は、ケンジが思っていたより簡単に誘いに乗ってきた

 猿に変身したテッタの元に戻る。テッタが少女を見て、猿の顔で驚く。クローン・キャスト同士しか通じないテレパシーが送られてくる。
「先輩、本当に連れてきてしまって」
「子どもとは言え、目撃者に変わりはない」
「だけど、子どもを夜更けまでここに留め置く気ですか? 猿の尾が切れるのは夜遅くなってからっすよ」

 ケンジは、しまったと思った。目撃者探しにばかり気が向き、『猿の尾はなぜ短い』の標準ストーリーを忘れていた。
 ケンジは少女に「ちょと待ってておくれ。あの猿は悪さはせんから、大丈夫じゃ」と言いおき、川をのぞきにいく。薄く氷が張り始めている。

「まだ、陽があるうちに話を終わらせて、俺がこの子を村に連れ帰る。氷はまだ薄いが、張ってはいる。変身能力で尾が千切れたふりをしろ」
テッタにテレパシー送ると、
「標準ストーリーから外れます。『昔話成立審査会』から中止を命じられるかもしれないっす」
心配そうな返事がくる。
「その時は、俺が責任をとる。ともかく、やるっきゃないだろ」

「熊が見えないぞ。熊はどこ行った?」
少女がケンジに訊く。
「熊は、恥ずかしがり屋でのぉ。人が二人もおると、森から出てこん。わしが森に隠れたら出てくるはずじゃ。ここで、猿と待っておれ」
少女に言いおき、ケンジは森に入る。もちろん、熊に変身するためだ。
 少女が恐がり村に帰ると言い出したらどうしようと心配になったが、ここまでついてきただけあって腹が座っているとみえる。ひとり残されても、落ち着いたもの。川原に大きめの石を見つけ、腰を下ろす。

 ケンジが熊に変身して川原に戻ると、テッタがテレパシーで話しかけてきた。少女にも通じるよう、ラムネ語でなく日本語のテレパシーだ。
「熊さん、このあたりは、もうすぐ雪に覆われる。その前に魚をたくさん取って、干物にして、とっときたいだよ」
「そんなら、エエ方法がある。猿さんのその長い尻尾を、この川につけとけばエエ。そのうち小魚がいっぱい寄って来て、尻尾にくっつくから、魚ごと、尻尾を引き揚げればエエ」
「熊さん、ありがとう。さっそく、これから試してみるだ」

 猿に扮したソータが川の淵に尾を垂らすと、少女が
「お猿さん、だまされちゃいけねぇ!」
と叫んだ。

「餌もつけずに尻尾を垂らしても、魚なんか獲れねぇ。こんな寒い日に川に尻尾つけてたら、川が凍って、尻尾が抜けなくなるぞ」
 ケンジは驚いた。この少女は、まるで『猿の尾はなぜ短い』の展開を知っているみたいではないか。

 少女が足元の石を拾い、熊に変身したケンジに投げてきた。
「おい、この意地悪熊、お猿さんをだまして尻尾ブッツンさせようたって、そうはいかない。森の中に引っ込め」
 少女が背中に赤子を背負ったまま、小さな身体からは思いもつかぬ豪速球球(豪速石)を次々ぶつけてくる。ケンジはたまったものではない。あたふたと森の中に逃げ帰る。

 ケンジが森の中から少女とテッタの様子を見ていると、少女がテッタに近づき、長い尾をじろじろ眺めている。
「お猿の尻尾はみんな短いのに、あんたは珍しくながぁ~い尻尾をしとるねぇ。大事にせにゃいかんよ」
 テッタは目を白黒させるが、ともかく何か言わねばと思ったのだろう。
「お嬢ちゃん、ありがとう。おかげで、おら助かっただ。もう二度とあの熊にだまされたりしねぇ。この長い尻尾も大事にするだ」
と少女に言い、少女はテッタの頭をなでる。

 ケンジが薬売りに変身して川原に戻ると、少女が口を尖らせて言った。
「ちっとも面白いことは、なかった。悪い熊がお猿さんをだまそうとしとった。あたしが止めてやらんかったら、お猿さんは尻尾が千切れちまうところだった」
「そうじゃったか。お嬢ちゃんは、ええ人助け、いや、猿助けをしたのぅ」
ケンジは、そうとでも言うしかない。
「猿助けをしたら、ねむぅなってきた」
少女があくびをする。
「おぉ、急いで村に戻らにゃならん。もうすぐ日も暮れる。わしがおんぶしても良いかのぅ?」
「そうしてけろ」

 ケンジは赤子を背負った少女をそのままおぶり、村への道を急いだ。幸い、畑仕事から帰る村の衆に見られることなく、少女を家に戻すことができた。テッタの待つ川原に取って返す。
 その途中で、頭の中の時空超越通信装置が強制起動させられた。
「『猿の尾はなぜ短い』は不成立と判定。ただちに、ラムネ星に帰還せよ」
「昔話成立審査会」からの指示だった。

〈『求む、目撃者/4. 推 論』につづく〉