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『守護神 山科アオイ』20. 誘拐

「失礼」
今度は、世津奈とコータローが廊下に出る。
二人が出ていくと同時に、和倉が慧子にすがるような目を向ける。
「私たちだけになったから、教えてくれてもいいでしょう。須崎さんと会える段取りがついたのですね?」
「須崎は、私に、和倉さんが抱えている事情を全て訊きだせと指示してきました」
「私は、もう全部話しました! 私がまだ隠し事をしていると、あなたが須崎さんに吹き込んでいるのでしょう」
「あたしの直感が、あんたはまだ隠し事をしてるって、言ってんだよ」
アオイが言う。
「直感? 君の思い込みだろ。そんな非合理なもののために危険な状態に放っておかれては、たまらない」
「論理より直感の方が真実をかぎつけることが多いものです。特に、この子の直感は、よく当たる」
「そんな無茶苦茶な! 話にならない」
和倉がアオイたちから顔をそむける。

 世津奈とコータローが戻ってきた。世津奈はいつも通りの穏やかな表情だが、コータローの顔は引きつっている。世津奈も内心では動揺していると、アオイは感じる。
「ちょっと厄介なことになりました」
と言う世津奈に、慧子が軽くからかうような調子で答える。
「厄介ごと? すでに厄介だらけだと思うけど」
「今までの比でなく厄介なことになりました。和倉さんを引き渡せと言ってきた人間がいます」
「あは、やっぱ、和倉は人気者だ」
アオイが茶化す。
「笑ってる場合じゃぁないんだよ」
コータローがアオイに怒る。

「和倉さんの引き渡しを求めてきた人物は『〈顧みられない熱帯病〉と闘う会』のスタッフをさらって人質にしています」
「そのスタッフがさらわれたのは、事実なの?」
「『闘う会』に彼女の映像が送られてきたそうです。彼女が一人暮らししているマンションには、『篠原沙織の身柄は預かった。彼女の命が惜しかったら、和倉修一を連れてこい』と書かれたメモが残されていました」
「さらわれた人は、篠原さんっていうんだ。だけど、なんで、『闘う会』に和倉を連れてこいと要求するんだ。和倉を預かってるのは、『闘う会』じゃなくて、あたし達だぞ」
アオイの問いに慧子が答える。
「簡単な話だわ。和倉さんの引き渡しを求めている人物は、私たちの正体を知らない。だから、私たちには連絡できない。でも、世津奈とコータローが和倉さんに接触していることは、知っている」
慧子の言葉に世津奈がうなずく。
「私も、そうだと思います」
「最悪の場合、篠原さんを誘拐した人物に内通している人間が『闘う会』の中に、いたかもしれないっす」
コータローが付け加える。

「内通者は、あなた達の会社にいるのかもしれないわよ」
慧子が皮肉な調子で言い、コータローが口を尖らす。「あぁ、またやった」とアオイは思う。慧子には、無駄に他人の神経を逆なでするところがある。
 慧子がコータローの反応にお構いなしに話を続ける。
「それで、世津奈さんは、この人質交換に応じたいわけ?」
「慧子さんとアオイさんの許しが得られるなら、応じたいと思っています。もちろん、やすやすと和倉さんを引き渡したりはしません」
「和倉さんを奪われないようにする、どういう手があるのかしら?」
慧子に問い返され、世津奈が「それは」と答えに詰まる。

 その時、思いがけない人間が声を上げた。
「私は、人質交換に応じてもいい」
和倉だ。
「人質の命がかかっているのでしょう。私は医薬品の研究者です。人の命を救うのが私の仕事です」
「だけど、向こうに連れてかれたら、何されるかわかんないぞ」と、アオイ。
「殺されはしないでしょう」
和倉が妙に腹の坐ったことを言い、その和倉から、アオイは内心の動揺を感じない。それはそれで、妙な気がする。
 慧子が
「私も、和倉さんの引き渡しを求めている人物に興味がある」
と言い出す。
「その人間を捕えて背景を探ることができたら、私たちの仕事に大いに役立つ。そう思わない、アオイ?」
慧子が「シェルター」の「世話役会」の指示を頭において言っていることに気づいたアオイは、
「そうだな。是非、とっつかまえて吐かせよう」
と答える。
「では、ご協力いただけますか?」
世津奈の問いに慧子がうなずき、アオイは「ういっす」と答えた。

〈「21. 指定場所」につづく〉