【後編】荷物はひとりで背負わなくてもいい。好奇心が導く、さとうしょうの旅行記
「あ、背負わなくていいものもあるな」って思った
——TripDaysが今の形で安定するまでやっぱり結構大変だった?
割と大変でした。っていうのが、やりたい音楽が分からなかった時もあって。自分がもともとJ-POP畑なんですけど、バンドでどんな音楽をやりたいのか分からなかったりして、いろいろ聞いて。ただ、自分がベースができるわけでもないしドラムが上手なわけでもないので、自分がこう思っているっていうのをどう伝えていいかよく分からない……今でも分からないので葛藤はしてますけど。それを形にするのにすごい時間がかかったなって気がします。
——ちょっとずつ掴んでいるものはある?
やりたいことがだいぶ固まってきたから、こういうのをやりたいっていうのが。
——それって何か言語化して教えてもらえそう?
J-POPっていうのを何回も話しちゃってますけど、土台が、J-POP畑なので。どちらかっていうと音楽的なテクニックっていうよりも、歌詞を伝えたいっていうのが前提に、根本にあって。歌詞をちゃんと聞いてもらえる、歌ものってやつですね、歌ものでまずやりたいんだっていう気持ちはずっと固定されていて。やっていく中で、ただ歌を引き立てる感じだと「さとうしょうwithバックバンド」みたいになっちゃう。TripDaysも一時期そういう感じになっちゃってるよねっていうのはすごい課題になっていた時も、それこそ活動3年目ぐらいはずっとあって。そうじゃなくてっていうので考えていた時に、ドラムのごかは結構細かなドラムを叩くというか、リズムだけじゃなくて結構個性のある。ベースのまろえも、なんていうんですかね、結構音が動くというか。ベースとドラムも個性があってっていうのをちゃんと自分の中で考えれるようになった。そこもちゃんと聞いてもらえるようになったら、バックバンドじゃなくてバンドになるなって思いだしてから、やっとちょっとずつ形ができて、やりたい感じにまとまって。
——バンドそのものを楽しめるようになった。メンバー2人との出会いはどんな感じ?
まろえは僕の一個下で、高校の時にお互い別なバンドを組んでいて。まろえは特にその時から複数バンドをやってたんで、いろんなバンドをやってたりして。でもその時は、何回か喋ったことあるぐらい、歳も違かったので、ただお互いに顔も知ってるみたいな感じだったんですけど。
シャープナインで受付やってる時に、まろえがひとりぼっち秀吉BANDのライブ、ワンマンかなにかを観に来て。その時に「久しぶり」「元気?」っていう話をして。「バンドやってるの?」「最近はあんまり」みたいな。「でもなんかやりたいと思ってるんだ」みたいな話をしてて、その時僕のTripDaysも、最初のベースが抜けちゃってたんですよ。で「ちょっとうちベース探してるんだけど、もしよかったら」って言って誘ったのがきっかけ。
その時に、まろえが大学のサークルで一緒にやってたドラムを誘ってくれて。TripDays1期・2期・3期ってあったんですけど、2期が始まったんですよそこで。で、デモのシングルとか出したんですけど、そこでまあ色々あって2期目のドラムが脱退したんです。で、まろえもそのタイミングで一回脱退して、どうしようかなってなってた時に、今度それもシャープナインで、日大のサークルでライブしてるごかともやに出会うんですけど。
それで喋って、ちょっと仲良くなって、対バンして、「もし可能だったらサポートドラムやってくれない?」って話を持ちかけたんです。サポートドラムっていう形で最初お願いして、何回か飲んだりとか、練習してライブやって、やってくうちに、周りの先輩とかも「ごかはもうTripDays入っちゃったらいいじゃん」みたいな感じで言ってくれたのもあって、ごかも「いや入りたいと思ってる」みたいな話してくれて。「ぜひ入ってください、お願いします」みたいな。で、まろえも一回抜けてるんですけど「戻ってきて」ってお願いして、やっと3人になったのが、これがコロナ入ったぐらい、2020年。そんぐらいにやっと今の形になった。
——せっかく役者が揃ったと思ったら、今度は世の中が。
そうです。
——どんどん悪くなって。これで滞ってたのが、去年とかぐらいから動き始めて。
その時にはもう就職しちゃったんで、なかなか、土日ぐらいしか活動ができなかった。ベースが出れなかったりとかしたんで、2人でピークアクションで出たりとかしたんですけど、なんかしっくりこなかったんですよ。ぐちゃぐちゃで、このままやってもあんまり意味ないかもしれないという話を2人でして、コロナの2021年から22年まであえて1年間、バンドとしてライブしないという風にしたんです。しっかり曲作って活動するけど、楽曲の作成とか、2人で練習するとか、2人で遊ぶとかそういう時間にしようと思って。合宿してすごい曲作ったりとかして。その時ごかが長野に住んでたんで、月一で、僕が長野に行って次はごかが郡山に来てみたいな、遠距離恋愛みたいな(笑)生活をして、毎月1回はお互いに練習する期間をとって。じゃあやっと「やりましょう」ってなったのが、去年ですね。
——その1年で作ったものは結構大きかった?
大きかったです。MVは特にながいせんせに撮ってもらったりしましたけど。去年レコーディングして、MV撮って、CD出して、ツアーするっていうところで、その活休しようってなったタイミングから、もう僕の中で計画してたんです。ちょっと長いスパンでやろうと思って、1年間曲作って。今まで、そう頭の中で策略は立てるんですけど、それを上手いこと形にできたことってあんまりなかった。何かあってできなくなっちゃったりとか、それが初めて形にできたというか、曲を練って構成も作って、ライブ始めてレコーディングしてMV撮って、ツアー終わったっていうところまで計画してたのが、やっとできた。
——そういう計画というかマネジメントみたいなのができる能力もあって、役者も揃ってて、曲もできてて、世の中も少しずつ明るくなって。マジでタイミングがバッチリ。
バッチリでした。でも本当はもうちょっと遅くなる予定ではあったんですよ。2023年のゴールデンウィークとか、そこら辺くらいから活動できたらいいねなんて話をしてたんですけど、その活休の間も一人では続けようと思って、弾き語りのソロではピークアクションでずっと、毎月くらいライブ結構ポンポンやらせてもらったんですけど。「TripDays来年から再開するんです」みたいな話をジョンさんにした時に、再開する一発目を郡山・いわき・福島の交歓イベントに誘ってもらったんです。正直それがでかくて。再開をその一声で半年くらい早めてもらえた。機会がなかったので。そこから回ってっていう。そこで数こなすような流れができ上がっていったっていうのはすごいありがたいです。
——スタートダッシュが。
じゃなかったら音源も出してなかったかもしれないですし。コロナから、辞めそうになったきっかけっていうのは何回かあって、一回はそれだったんですけど、ジョンさんが機会くれて。もう一回はコロナ始まってちょっとした時、正直自分の中で音楽どころじゃなかった、仕事も忙しいしコロナだし、もう何もできないじゃんっていうタイミングで、それこそzanpanとGREENBACKがずっとピークで(無観客配信を)やってて。それにじゅんじゅわさんが「観に来てよ」って誘ってくれて、それを観に行けてたのが、たぶん音楽続けてるフックだったと思うんです。それで観に行ってなかったら、自然と……その前の年にシャープナインも一回あの体制で終了してたので、音楽への入り口が結構なくなっちゃってた時期だったので。そこで呼んでもらえてたりとかっていうその、人につなげてもらえてたっていうのが、じゅんじゅわさんにもジョンさんにもすごい感謝してます。
——マジで物理的にも精神的にもどんどん距離が開いてく期間だったもんね。
話があっちこっち飛びまくっちゃってますけど……(笑)。
——いやいやいや。無事、少し前にツアーを終えたわけだけど、ツアーを経て、音楽観とかバンドをやるスタンスとか、メンバーとの関係性でもいいけど、変化を感じるところってある?
音楽的なところでいくと、あんまりツアーの前までって「ここがいい」とか「ここがダメ」とかメンバー間で(ライブ後に)話すことあんまりなかったんですよ。「なんか今日は……なんか良かったね〜」みたいな感じとか(笑)。あとはまず楽曲をうまいこと通す、30分やりきるっていう、そこにすごい頭がいってて、そのライブでどうしようとかもっとこうしようとか、そこがあんまり考えれない段階だった。まだスキル的にも場慣れ的にも。
ただそんな中でも強行的にツアーに出て、いわきとか仙台とか長野とか、いろいろ行かせてもらって、違うハコで、違う環境でいろんな人に聞いてもらって、アドバイスもらってやっていくうちに、ライブの本数がグッて上がったんで。なんとなくその3人でライブすることに慣れてきたっていうのが、やっぱりデカいのかなって。そこでやっと最近「もっとこうしたい」とか「ここはこうしたらいい」とか、そういう細かいところを考えれるようになったっていうのは、本当にこのツアーやり終わってデカかったなって。
——バンドとしてやるべき次のことが見えてきたっていうか。
それがあります。それ以外のところでいくと、やっぱそのミュージックビデオを作ってもらったりしたのもあって、今までよりも知ってもらえたっていうのは。ライブは見てもらえた、けど、音源がなかったりMVがなかったりっていう、その後のフックが全然なかったんですけど、それができるようになって、いろんなイベントを誘ってもらえたり聴いてもらえたりっていうことが増えたっていうのが、ツアー終わってデカかったかもしれないです。
——繋がりができることが、ライブを続ける甲斐になるみたいなところもあるもんね。そういう縁も増えて。
本数は当初考えていたよりは増やせなかったんですけど、でもそれでも6〜7本くらいかな、だったけどだいぶ繋がりも。その繋がりも結局ピークとか、それこそzanpanから繋げてもらったアーティストとかってやっぱデカいんですけど。そのコミュニティが本当にありがたくて。そこから繋がっていったツアーが多かったんですけど。
でも今まで地元のライブハウスにいても、割と僕が他県から来た演者さんとか、初めて対バンしたアーティストさんとかに声かけるのが、どう見えてるか分かんないですけどすごい苦手なんですよ。あんまりそこでうまく最初から仲良くしにいけない性格で、どうやって仲良くなろうとか思ってたんですけど。ただ蓋開けてみたら、まろえが他県行ってもどんどん話しかけてたりとか、長野とか全く知らない場所だったんですけど、高校生とかにまろえがどんどん話しかけてたりとか。そういうのを見て、「バンドでカバーすればいいんだな」っていうのが見えたというか。そういう収穫もあったかもしれないですね。
——うちらも多分そうだけど、3人もいればそれぞれができることがそれぞれにあって、それがうまく分散というか、「任しとけ!」ってなったらすごいいいよね。
そうですね。「あ、背負わなくていいものもあるな」って思ったのも、ツアーを通してかなっていう。
——さっきのバックバンドの話ともつながる部分だね。
繋がりますね。ここからどのぐらい行けるかわかんないですけど、少しずつ行ける範囲を広げていけたらなと。
大事なもんっていつなくなるか分かんないなっていうのが強くて
——あと、今すごく気になってるアパレルの話もぜひお伺いしたいんですけど……俺ふっしーから何も聞いてなかった!
そうなんですか?言ってるんだと思ってた。でもじゅんじゅわさんもこの間「え、そうなんだ」みたいな、「なんかやってんな」みたいな感じだったんで……いきさつみたいなところからじゃあ。
——ええ。ちょっと経緯から。
それこそ僕の好奇心の話で。音楽をやって、自分でデザインもして、ありがたいことに色々アーティストさんのウェブサイトとかデザインとかもちょこっとずつさせてもらえるようになってきて。その流れで、「デザインって服のファッションのデザインもあるんだよな」っていう。自分のグッズとかで、それこそロンTとかデザインしてて、それを着てる人がいるって結構嬉しいし、面白い分野だなって。デザインとかと違って、それを身にまとうっていうか、身に着けて出てっていう流れが非常に面白いなって。アパレルやってみたいなっていうのは、ちょこっとずつ気持ちの中にあったんですけど、ただちょっと自分だけでは敷居が高いなって、ハードル高いなって思って。
そのぐらいの時期に、なんかふっしーさんとめっちゃ仲良く……(笑)なんか、めっちゃ仲良くなって(笑)ちょくちょく遊んだり飲んだりするようになって。ふっしーさんって服好きじゃないですか。「こういうデザインを作りたい」は僕の中にあるんですけど、「こんな服が流行ってる」とか「こういう素材がある」「こういう着こなしがいい」とか、そういう服に関する知識って本当に疎かった。ですけど、ふっしーさんってそこら辺がすごい好きだったので、相談してみたんです。「アパレルやってみたいんですよね」。そしたらたまたまふっしーさんもジョンさんから「アパレルみたいなの自分でやってみたらいいじゃん」みたいに言われてたタイミングらしくて。お互いそういうのがやりたいという気持ちがあって意気投合して、じゃあアパレルやりましょうって。
——お互いのやりたいことが合致して。
合致して。で、今年の春先ぐらいにその話が出て、やっと動いてオープンしたという感じですかね。
——ね、だってデザインのノウハウとファッションのノウハウって全然違うもんね。補い合えないと作れない。結構これも会って話を重ねて作ってった?
でも遊んでる感覚に近かったですね。
——ああ〜いいね。
「これをやんなきゃ」とか、仕事みたいな感覚じゃなくて、「どうする?」みたいな。「じゃあ資料集めてみますか〜」みたいな。集めて「これいいと思うんだよね」みたいなのをファミレスで何か食べながら喋ったりとか。結構和気藹々とやってるんで、なんか、苦がない。楽しいだけって感じで。
——それが一番だよね。名前の由来は?
名前は、本当に困ってたんですよ。「名前どうする?」っていうので最初なかなか進まなくて。デザイン云々の前にブランド名どうしようかと。なんか響くもんがいいよね〜って、でも英語だとなんかちょっと気取った感じしてダサいかもしれないなみたいな。
最初なんか色々出してたんですけど、ふっしーさんから一発目に「日の出のイラストを使いたい」っていう話をもらって。日の出、夕日とかってなって、もう頭の中にはずっと『ALWAYS(三丁目の夕日)』しか出てきてなかったんですけど(笑)僕の中でその時。最初「オールウェイズ」とかそういう単語使ったら……っていう話をしてたんですけど、どうもなんか2人ともしっくりこなくて。何回かセブンの駐車場とかで喋ってた時に、「なんか『日常』って言葉いいですよね」っていう話になって。日常か、日常いいな、じゃあ日常を使った言葉なんかいいのありませんかねっていうのを僕が出して。で、ばーっと喋っている時に、どっちかか忘れてたんですけど、ふっしーさんかな。「残りの……」みたいなワードが出て。「『残りの日常』ってなんか響き良くないですか?」っていう。その響き先行で、2人でいいねって思って、nokori no nichijoって。
でも、どっちかっていうと僕が思っているnokori no nichijoの意味みたいな感じになっちゃうんですけど、そこはふっしーさんと合わせてないんですけどね。なんか結構ライブとか色々やってて、それこそ僕は割と、震災とかもタイムリーに受けた世代っちゃ世代、ながいせんせとかみんなそうだと思うんですけど。その、大事なもんっていつなくなるか分かんないなっていうのが強くて。そういう風になった時に、それを少しでも楽しめるような、そういう思いでnokori no nichijoみたいな気分ではいます。
——素敵だわ。なんか、服のデザインができる人とか、発注・納品ができる人ってこの界隈にもいらっしゃるはいらっしゃるけど、アパレルブランドとして一個立ち上げるってそんなに数がない事だと思うから、すごい面白いし楽しみだなと思った。色んな種類出てるしね。
撮影も全部自分でやったんですけど。物撮りって大変だなと思いながら(笑)。
——スマホで撮るのとは訳が違うもんね。
こういう未知なものをワクワクしながら開拓してくのが好きかもしんないですね。
——それこそ始めた時はふっしーの方がファッションのアドバンテージはあったと思うけど、これからの活動の中でちょっとずつ、自分の中にも蓄積するものがあるかもしれない。
そうですね、助かってます。とりあえず夏。で、定期的に出していこうと思っています。
——これからが楽しみですね。これ着てる人見つけたら相当嬉しいな。
めっちゃ嬉しいですね。実際に結構いろんな人に買ってもらってるんですけど、嬉しいです。まだ発送はしてないんですけど、こんなに買ってくれてるって見てるのが嬉しいですね。
——さっきあげん自身が言ってたけど、身につけるってグッズとはまたちょっと違うというか、ストラップつけてるのとかよりも、その人のパーソナリティに近づくことだから、よりその人に関与してる感じ。
割とそして結構、ひとが身につけてるものって見てるものなんですよね。僕もアパレル興味持ったのも、好きなバンドのボーカルがすごいかわいいTシャツ着てて、このTシャツって誰が作ってるんだろうと思って色々調べたら、こういうアパレルやってる人がいるんだってなって好きになって、結構何個か買ったりして。いろんな人が身につけてそこから広まったり、っていうムーブメントがちょっと面白いなって思います。
——音楽とかグッズとかとはまた広がり方が違うもんね。
自分が持ってない感性がそこにプラスで入る方が面白いかなっていうワクワク感
——今もうめちゃくちゃ色々たくさんやってると思うけど、これからまた「こんなのやってみたいな」がまだあったりする?
……ありますよ!(笑)ありますあります。
結構デザインが今までは、自分の中で割と完結してた、自分でできる範囲のデザインをやって楽しむというか、それを経て反応を見て「ああこういう反応になるんだ」っていうのを楽しむ、実験みたいな形でやりたくなっちゃう。分かんないけどとりあえずやってみよう、ああこれはこういう反応が得られるんだ、っていうのを経て、次何しようかなって考えたりとか。それを割とずっと一人でやってて、今回のnokori no nichijoはそれを一人じゃなくて誰かとやるっていう、自分の中では新しい試みだったんですよ。誰かと物を作って、それがどういう広まり方して、どういう反応があって、っていう。それもここからですけど、誰かとやるっていうのがすごいいいなって思ってる、最近自分がいて。割と今まではできる限り自分でやりたいっていうのが強かったんですけど、誰かと一緒に協力してやるっていうことで考えた時に、自分が持ってないことを持ってる人って周りにすごいたくさんいて。
それこそながいせんせがこうやってFlagmentで記事を出すとか書籍を出すとか、そういうの結構かなり影響を受けてるんですけど実は。そういう、なんか違う面白いクリエイティブをしてる人と、何か一緒に新しいクリエイティブをやるっていうことはどんどんやってきたい。今具体的にこれがやりたいっていうのはないですけど、わかんないです、テレビ番組作ってるかもしれないですし(笑)YouTubeやってるかもしれないですし、何をやってるかわかんないですけど、何かそういうクリエイティブ的な研究心はずっと持ってたい。
——誰かと一緒にやるって、不確定要素を持つというか、自分のコントロールの効かない枠ができることだと思うんだよね。だから、そこの不安っていうか、俺も一人でやりたい派だったから、そういうのがあって。全部自分でフルコントロールしたい気持ちが。だから、それは余裕が生まれた現れなのかもしれない、その枠を許容できるようになった。
わかります。結構全部繋がってて、TripDaysやってて、ツアーとか経て、自分で全部背負わなくていいんだと思って。それが今度自分のデザインにおいて、誰かとやるって面白いんだなってなって、ふっしーさんとやるようになってっていう流れがきっとあって。俺も割と全部自分でやっちゃいたい派なんですよ。デザイン作りにしても、こういうデザインにしちゃいたいっていうのを自分で考えちゃう。ただ、それをやるために、自分が例えば2年3年勉強して、それを習得してからやることもできるけど、自分が持ってない感性がそこにプラスで入る方が面白いかなっていうワクワク感が、最近ちょっとずつ増えてる。
割とこういうクリエイティブなことするのも……話ずれちゃいますけど結構本当に、根本的にはながいせんせとか、それこそ萬さん(ホリカワタツキ)とかの影響をすごい受けてて、自分の中では。萬さんが自分でロゴを作ったりグッズ作ったりデザインしたりを見てきてたりとか、ながいせんせが自分でグッズ作ったり自主レーベルの動きとか、そういうクリエイティブを見てたっていう背景は本当に大きくて。それで掻き立てられていろいろ自分でやりだしたっていうのはめっちゃ強いと思います。
細かいデザインの感じとか、そういうレーベルのやり方とか、そういうクリエイティブの新しい動きをやっていく流れとかは、ずっと僕はながいせんせ見てたところはあるんで。照れくさいですけど結構、割と同じ庭な気はしてました、ずっと僕は。例えば「ほかヲタ」とかやってるじゃないですか、そういう新しいことを、わりかしながいせんせも、僕の中では結構計算家じゃないかなって勝手に思ってて、どんどん結構好奇心で、面白いことあったらとりあえずやってみるっていうスタンスなんじゃないかなって思って。それを勝手に尊敬してやってるっていうところは割とあります。
——でも俺もそうなれたのって割とここ数年の話で。それはだから、それこそ余裕ができたってことなのかもしれない。でも確かに好奇心はある……それが人に影響を与えてるっていうあれは全然なかったけど。
僕は結構チルドレンなところは(笑)。
——(笑)そうだったんだ。
本当にだから、いろんなところでzanpanに関してはそれぞれから影響を受けてるところはあるんですよね。じゅんじゅわさんにはそれこそ、音楽的なところは常に刺激をもらってるというか、教えてもらうこと、教わってることも多いんですけど。ふっしーさんも仲良く、どちらかというとアパレルをやる仲間に今なってるってのはありますけど、単純に友達っていうところも強いので(笑)。ただそういう新しい感性をもらえる大きなところ、あとは単純に自分が気が楽になるところ、落ち着くところっていう。で、ながいせんせは本当に僕が学生ぐらいの時とかから、その動きをずっと見てたので。だから最初にデモを作り始めたりする時とかもながいせんせ、zanpanのアートワークとかずっと見てたんですよ。
——へええ……ちゃんとデザインの勉強してんのに、そんな素人仕事を……(笑)。
いやいや(笑)ずっと見てたんですよ。ながいせんせが割と写真使う時期あったじゃないですか、風景とか。こういう載せ方するのかとか、そういうのを見てたりしたんで、こういうことってできるんだなって思ったのがわりとながいせんせだったんです。音楽やりながら、こういう、視える部分とは違うところで何かを発信するっていうのができるんだなって思ったのはながいせんせなんで、そこから間違いなく影響を受けた。
——えー……今のところは確実に使わせていただきます(笑)。
(笑)カットされない。
——確実に使う。嬉しいな。
Flagmentで、正直「こう来たか!」って最初思った。文字に行くんだって思って、すごい面白くて。そこから最近ラジオに……。ラジオは、個人的には「やられた!」って感じ(笑)ラジオは僕も好きだったので、うわ、いいなって思いながら、いずれなんかのタイミングで一緒に面白いことをやらせてもらえたらなっていう願望は未だに。映像でもいいと思いますし、何か違う脳みそ同士で集まったら絶対面白いなって思います。
——ちょっとそれは、なんか、やろう!今、軽くじゅんじゅわの話も出たけど、音楽的には……それこそアルバムの話とかまだあんまちゃんと聞いてなかったね。ああいう形でしっかり大きめのパッケージになるのって初めてだよね。
デモシングルで、それこそ『白いクジラ』と『変わらないの中に』、2曲入りで出した時はあったんですけど、ああいう形でちゃんとプレスして出すっていうのは初めてでした。
——やっぱそれまでとは違うよね、曲を並べる作業とかもそうだと思うし。
曲作り的なところで、割とCDがずっと好きだったんで、この曲何番目に入るのかみたいなのを考えるのが好きなんですよ。いろんなアーティスト聴いてて。その曲が1曲入って、すごいここでテンション変わるから面白いな、とかって考えるのが好きで。曲作りも、『Mellow Float』でいうと『愛を伝えそびれないように』と『拝啓、ボク。』がバンって出来上がったので、じゃあこの曲があったら他にどんな曲が欲しいかなって考えてったのが多くて。
——その2本を軸にして。
一番は『愛を伝えそびれないように』が完全に軸になったアルバムなんですけど、そこの曲風と歌詞の内容と全く正反対みたいな『拝啓、ボク。』が出来上がったから、じゃあどうしようと。TripDaysがやっとここで動けるようになったっていうのもあって、今までやってた曲も今回は何曲か入れたいなって思って。ただ面白い、1曲変わり種が欲しいってずっと思ってて、それで『WALK』っていう曲があるんですけど、それがそこで出来上がった。こういう曲が欲しいなって思って作ったのが『WALK』で。
——結構そのパッケージに向かって作ってた部分もあったんだね。
1年それこそ活休してた時期にミニアルバム作るっていう目標ができてたんで、曲作りからミニアルバム作る前提で考えて、今もずっとそうです。パッケージをイメージして曲構成考えて、こういう曲欲しいなっていうベースで。次の構想みたいなのもなんとなく作って。この曲があるからこの曲入れたいよね、みたいな。そういうのもそれこそ『若者のいちぶ(zanpan)』の中の『img』あるじゃないですか。あれってすごい、ポンって入ってガラッとイメージ変わるような印象的な曲だなっていう。そういう影響ももちろん受けて。なんかこう、雰囲気変わるようなというか、曲が欲しいなとか。そういうやっぱ先輩から影響を受けるものはあります。
作ってるのが楽しくて、自分がそれへの好奇心を抑えられないからやるんだよなって
——今作を経ての部分もあると思うんだけど……まだぼんやりだと思うんだけど、ここからやっていきたい作品作りっていうのももうある?
うーんと、個人的にはストーリーが好きなんです。曲の中でも歌詞の構想とか。割と昔のBUMP OF CHICKENとかって、1曲の中でストーリー性あるもの結構多かったじゃないですか。ああいう曲とかが結構好きで。その曲全体で一つの物語になってるみたいな。メッセージ性の曲も好きなんですけど、物語の曲があるのも大好きで。それこそ曲にとどまらないと面白いなって。
例えばその曲で、MVももちろん作ると思うんですけど、その曲で短編ドラマ作っちゃうとか。そういう、パッケージとしてっていうよりかは、音楽と絡めて何やる?っていうような面白さを今感じていて。劇中音楽とか大好きなんですよ。サウンドトラックとか、そのドラマに合わせた曲とか、そのドラマの主題歌とか。すっごい大きな目標を言うんだとすると、ドラマの主題歌をTripDaysで最終的にやりたいっていう目標。売れたいとかっていうよりかは、ドラマの主題歌をやってみたいっていう、ロマンなんですけど。
ってなった時に、音楽が大好きだっていって音楽をいっぱい聴く人ももちろんいると思うんですけど、そうじゃない入り方の人もいっぱいいるじゃないですか。それこそ僕みたいにドラマが好きで、そのドラマの主題歌が好きだったとか。なんかそういう、何かを引き立てるための音楽がやってみたいなって思うんですけど。逆に音楽を引き立てるための映像とかももちろんやってみたいですし。なんか掛け合わせたことをやりたいっていう気持ちが強いですね。
——好奇心が尽きないですねえ〜(笑)時間がいくらあっても足らんなあ。
(笑)足らんかもしれないですね。そうですね、今後やりたいこともしかしたらそれかも。短編ドラマ、短編映像みたいなのを作ってみたい。でもそれには、自分には撮影技術も構成の仕方も何も知識はないから、じゃあどうしようって、誰かとやるかみたいな。
——アパレルよりももっとたくさんの技術が必要になるかもしれないね。
そうですよね。すごい鈍臭くてもいいから、何かまず形にするところから始めたいって思っちゃうので、そういう実験じゃないですけど、一つ試しにやってみる。だからそれは出てくる人が俳優じゃなくても、素人でも全然よくて。作りながら作り手も勉強する。多分Flagmentとかも結構あると思うんですけど、取材しながら、じゃあ次聞くときはこう変えようとか。結構そういう試行錯誤の時間が嫌いじゃない……好きで。だからそういう形で、どこかのタイミングで。
別にそれが自分の曲じゃなくても、インスピレーション受けた誰か先輩のアーティストに許可取って作っちゃうとかでも面白いと思うし、そういうのもあるよなと思いますし。逆に音楽に寄り添うものを作るっていうのが……何かに音楽が寄り添うと考えると、書き下ろしみたいなもやってみたい。
——一段目を上るのが一番大変だよな。そこからそれこそフィードバックがあれば、二段目三段目は上れるけど、最初の一段目が一番大事かもしれない。
なんか全部そうなんですけど、割と結構気づかぬうちに音楽ベースで生きてたなって最近思います。音楽をやってるとかそういうことじゃなくて、音楽が好きでその流れでラジオが好きになって、音楽が好きでその流れで俳優が好きになって、音楽が好きで音楽をやるようになってデザインをやるようになって、自分のバンドの情報を発信したくてウェブサイトを作ることを覚えて、それをやってたら映像が作りたくなって映像の知識がちょっとついてきて、じゃあそれで何かを売るためにはどうしたらいいんだろうと思って売り方を覚えて、今度はアパレルがやりたくなって……音楽軸で結構来たところがある気がしてて。じゃあ音楽と何かをかけてっていうのが次、何できるかなっていう。
——楽しみだね。
一緒にやりたいぐらいですけどね(笑)。
——ねえ(笑)。インタビューの最後に今後の目標みたいなのを聞いてるんだけど、割と今聞けてしまった感があるんだけど(笑)。
割と今のでしたね(笑)
——何か喋れてないことがあれば。
別に媚びるわけじゃないですけど、音楽と映像っていうのを考えたのも、ながいせんせがアルバムのメイキング動画を出してたのを見たのが……自分たちの作る様子を動画にして出すっていう、それって面白いなって。音楽と映像、自分たちでやれるはやれるんだっていうのがでかかったなと。
——あれもね、誰か撮ってくれる人がいれば違ったんだけど……全固定カメラ(笑)。
(笑)でもあの台数一気に編集するの大変じゃないですか?音合わせとか、面倒ですよね。
——尺もあるしね。ちょっともう……やりたくない……(笑)でも面白かった。
割となんかこう、独学でやるのが好きです、個人的には。動画作るにしろアパレルやるにしろ、「何もやり方分かんないけど多分こんな感じ」っていうのでやるのが面白いなって。それが凸凹でも、それで形に残るのは面白いなって。
——勉強したこととか経験したことは土台にあるかもしれないけど、そこになかったものが今きっとたくさん芽生えてきてるんだね。
というか、ビジネスに関してはものすごく学んだんですけど、学校で習えるデザイン、それこそIllustratorとかPhotoshopって、本当に基本の基本みたいな。それこそTSUTAYAとかでIllustratorの使い方とか本、売ってるじゃないですか。あれを買わずして、ひとから聞いて覚える、どっちかという。あの本って読んで覚えようとすると億劫じゃないですか。でもひとから聞けば、やりながら覚えられるからやりやすくなる。そのぐらいの感じなので、細かいテクニックとかそういうのは全然自分の中でも、割とない。どっちかというとデザインの仕方よりも、デザインして作ったものをどう普及するかとか、どう魅せていくかとか。あとはなんでそういうデザインとか、なんでそういうものを作るのかみたいな、プロデュースとかディレクションとかそっちの知識の方が学べたって感じで。デザインは全然未だに下手くそです。
——じゃあまだ学びの最中ということか。
ほぼほぼ独学ですし、まだまだ。
——楽しみだね、自分の可能性に期待するのも。
楽しいですね。なんか、それをやってて評価されたいわけではないんですよ正直。それに評価がついてきたらめっちゃ嬉しい、嬉しいんですけど……ちっちゃい頃から目立ちたがり屋ではあるはあるんですけど、それを作って目立ちたいわけでは、今はないというか。どっちかっていうと作ってるのが面白いから、作ってるのが楽しくて、自分がそれへの好奇心を抑えられないからやるんだよなって。どっちかっていうとそれで楽しんでる感じですね。
——これからも見守っております。
いやあ(笑)何やりだすかわからないですけど。