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本物の社会貢献 やさしさの連鎖

(↑ハートの和三盆)

私の病気は、症状が悪くなると、顔の皮膚に出てしまうものだったのですが、もう8割くらい治って、普通に生活できるようになった頃、用事があって、ある保育園に行きました。

そして、用事を済ませて帰ろうとしていた時のことです。5歳くらいの女の子が、私のところに走ってきて、私の手を持って、自分の小さな手のひらにのせて、優しくさすりながら、私の目を真っすぐに見つめ、こう言ったのです。

「大丈夫!きっと治るからね♡」

私はその子の大真面目な表情が、もうもう可愛いやら、おかしいやら、うれしいやらで、吹き出しそうになるのを、ぐっとこらえて、「どどうもありがとう」と言うのが、精一杯でした。

するとその女の子は、満足げに軽くうなずくと、にっこり笑って飛んでいきました。その可愛かったこと!

8割治っていたとはいえ、その女の子から見たら、痛々しい顔だったのかもしれません。
以前からその保育園には、定期的に行っていたので、その子にとっては、私は顔見知りの人。私のことを、「苦しそう、励ましてあげたい!」と思ってくれたのでしょう。

その子は、きっと家庭で親御さんから、病気や怪我などの時に、同じように優しく励まされ、育ってきたのだと思います。
女の子が、親御さんや先生からもらった5年分の愛情が、体からあふれ出ていました。走ってきて、先生もお友達も見ていないところで、まるで私のお姉さんにでもなったような感じで、私の快復を心の底から信じてくれたのです。その目は本物でした!

私はこのことを思い出すと、今でも、心がほっこりと柔らかくなり、思わず笑ってしまいます。そして、家族と接する時にごきげんな自分に気が付きます。

すると、相手にもそれが伝わって和やかな時が流れます。

ごきげんの連鎖です。

人間は感情の生き物です。不機嫌の連鎖もありますが、なかなかにきついですよね。
でも、
ごきげんの連鎖って、誰にでもできる、そして最も本質的な社会貢献だと思います。

名前も顔も知らない五歳の女の子の親御さんからあふれ出た愛情が、女の子へ、そして私へ、そして私の身近な人へと広がっていきます。

教育的な、または義務感からの、相手を依存させるような優しさは、どこか堅く、双方に苦しさや暗さを伴いますが、

人の評価を必要としない、あふれ出る純粋な愛情からの優しさは、いつまでも、気持ちの良さが残ります。本物は、人の心を柔らかく明るくし、そしてどんどんと拡大していきますね。

まずは、自分で自分をご機嫌に!を心がけ、そして、この女の子のように、周りの人へ、自然とわけてあげられるくらいの優しさを持っていられたらなあと思います。まだまだですが、それが目標です。

今日も読んでくださる方へ感謝して過ごしていきます。

ありがとうございました。

穏やかな時間をお過ごしください。



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