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人は恋をする、何があっても #23
あの女性(ひと)を連れて行った日の二日後、行きつけのバーに行った。開店と同時に行った。開店直ぐはお客さんがいないからだ。
「おや珍しい。矢野さんが続けてくるなんて。どうされましたかw」
「釣谷さん、言わなくてもわかってるくせにww」
「まあ、焦らないで。呑みましょうよ」
釣谷マスターとは30年来の付き合いでお互いの大変な時期を知っている稀有な人だ。まずはジャックダニエルのバーボンソーダで一息入れる。
「旨いね。」
「.....矢野さん、アンタ惚れたね、彼女に。でも彼女も矢野さんに首ったけだよ。お互い家庭があるんじゃないの?でもやめろなんて言いたくないね。むしろもう一度恋してみたら?矢野さんは落ち着くタイプじゃないから攻めた方がいいと思うけどね」
「ハハハ、釣谷さん、馬鹿言っちゃいけないよ。まだそこまで踏ん切りついてないと思ってるんだ。正直言えば迷ってるんだよ」
「迷う?ハハハ。人生の運全部使って使ってもいいから結婚するなんて言って10年もたなかった矢野さんがそんなチキンになったとは思えないんですよ。ちょいちょい仕掛けてるでしょ、すでに。出なければあんないい女、デブのおやじについてきませんって。」
「ほんとのこと言われちゃ困るな。デブは正解だよ。仕掛けてるのも正解だ。恋人つなぎで散歩してる」
「ほらー。矢野さんそういうところうまいんだよ。おずおずしてるふりして仕掛けるときは速いんだよね」
「もう50過ぎてんだぜ、釣谷さん。青っちょろいガキみたいなことはできてもその先には行けないんだよね」
「それは考え方ではないですかね。もうその歳でやれることも先見えてんだから、やるだけやって後悔した方がいいよ。やらないで後悔するのは80過ぎてからでいいんじゃない」
「前の失敗と次の成功でチキンになっているかもね。ここ一発で仕留められなかったらガックリ来そうで怖いんだよ」
「矢野さんらしくないね。若いころいつも特攻隊長やってたの誰よ?」
「オレ。麒麟も老いては駄馬にも劣るんだよ」
「そんな歳には見えませんがね。私より若いでしょ?会社の人にバレてるの?」
「彼女は会社の人じゃないんだよ。全く無関係の人。共通の知人が何人かいるくらいだよ」
「じゃあ、もったいないね。仕掛けて後悔しなって。」
「簡単に言ってくれるけど、ダメだったら毎日嫌がらせでこの店来て水呑んで帰るよ」
「そうなりませんって。だいじょうぶだから」
「もう一杯ずつ呑もう」
「はいはい。」
「酒飲むと落ち着くんだよ。頭の中の一部が研ぎ澄まされてくる」
「それは酔って前頭葉がマヒしてるだけですよ」
「前頭葉で結論出ないから、小脳で考えるんだよ。いつものことじゃんか」
「矢野さんが小脳で考えるときは必ず仕掛けてましたよ。しかも成功した何人かはお持ち帰りしてたよね」
「釣谷さんには敵わないね。持って帰れたのは独身だったからだ」
「持って帰り先は工夫がいるでしょうね。それは冷めてるときに前頭葉で考えてください。まじめに言えば二人の雰囲気とてもいい感じなんですよ。近年まれにみるいい駆け引きをお互いにやってますよ。これは結末が見たいから仕掛けてくださいな」
「娯楽じゃないからさ、釣谷さん。そうかんたんにいってくださらないで頂戴よ」
「まあ、あとは矢野さん次第と思いますよ」
「・・・・・・・・・判った。もう一回連れてくるからもう少し彼女を見てくれないかな」
「長い付き合いだからねえ。仕方がないねえ。もう一回だけ見させてね」
「オルライト。もう一杯のもう。」
「いいピッチですね。ありがとうございます」
他のお客様がやってきた
「〆てください」
「ありがとうございます。こちらで」
「コンサル料、入ってる?」
「入れてません。次回請求です」
かれはいつもこういってはぐらかすのだ。
よく考えてみよう。