人は恋をする、何があっても #33
旅行に行くまでにはまだ少し間がある。その間にウチに新しいファミリー用の車が納車された。珍しい、新車だ。これにはワケがあり、好き者の自分は中古のフィアットに乗っていた。そう、FFになった今の500である。しかし、定員にはジジババ入れると一人足りないし、高齢の父母の病院送り迎えには不評であった。仕方がないので、国産のSUVハッチバックを購入したのだ。
たまたまその週、妻は息子を連れて里帰りしていて、1週間ほどいなかったので、納車されたばかりのクルマでナイトドライブに出ようと思った。
「礼ちゃん、今日の引けは何時ころなのかな」
「遅くなるよ。チカちゃんどうしたの」
「会社帰りにドライブ行かない?新しいクルマが来たので試乗だよ、どう?」
「行く行くー。9時に会社来てー」
「オケ。待っててね」
虎ノ門の会社付近に夜間に着いて待っていると彼女がやってきた。さすがに会社の前で待つわけにはいかないから、少し離れたマッカーサー道路の一角だ。
「お待たせー。待ったー?」
「待ったけどそんなには待たなかったよ。帰宅してクルマを引き出して戻ってきたからね」
「なんか悪いなあ」
「カミさん帰省してるしチャンスなのさ、今週は」
「最終目的地はウチまで送ってほしいけど、いいかな」
「いいよ。その前に湾岸でも出てご飯食べていこうよ」
「さすがバブルのオジサマね。行きましょ」
「コラ。ほんとのことは言ってはいけない(笑)」
お台場まで走って行ってホテル日航にて軽く晩御飯。クルマだから飲めないね、とか言いつつも非日常は新鮮だ。流れる光のストリームの中を彼女とクルージン。30年前なら当たり前だったデートのやり方だ。それが今がかえって新鮮なのかな。彼女はご満悦でナビシートでおくつろぎだ。
「いいクルマね。今のクルマはいいわね」
「キミはナビ席に座った最初の女性なんだぞ!」
「えっ。ウソ。奥さんは?」
「子供が小さいから一緒に後ろに乗るのよ。それにこのクルマの走行は納車後5回目だよ。まだ慣らし中」
「きゃ、それはいいこと聞いちゃったわ。ウフフ」
「でしょー?」
「証拠残さないように気を付けないとね。こういうのは結構注意がいるのよ」
「CSIマイアミかいな」
「自分のモノではないものって、女性はよく気が付くのよ。気を付けてね」
「そうだね。ネタを考えておくよ」
クルマは首都高湾岸からC1、5号を上がっていく。
「ウチ憶えてる?」
「一回行ったくらいでは無理だよ。そこのカーナビは使い方がよくわからないから指示出してよ」
「オケ。まかして」
クルマは和光市に入る。ここからは彼女の誘導で走る。見覚えがあるところまで来たな。
「チカちゃん、もう少し先まで行って」
「いいよ。すこし歩くんだね」
「賢いネコは寝床では餌を食べないのよ。判って」
「はいよ。いいところまで行くから」
「あ、この辺がいいな」
ハザードは出さない。なぜなら人もクルマもほとんど通らないから。
「チカちゃん、ありがとう。楽しかったわ」
「礼ちゃん、ありがとう。クルマでデートなんて久しぶり過ぎて緊張した」
「落ち着いて見えたわよ。」
気が付いたら目の前に彼女の顔があった。自然とキスをした。この歳ではテレはない。堂々と受け止めていくだけ。女性とキスしてドキドキしない幸せな気持ちなんて初めてだ。心が安らいでいく。
さっとドアが開く。
「おやすみなさい、チカちゃん。気を付けて帰ってね。着いたらメッセ頂戴ね」
「おやすみ、礼ちゃん。メッセするよ。夜だから早く帰れると思うよ」
見送る彼女をバックミラーで見ながら川越街道へ向かう。昔、下赤塚界隈に住んでいたからこのあたりの道は少しは判る。外環出来て道はきれいになったけど。
ウチへは1時間少しでついた。飛ばしたわけではなかったけれど、道は空いていた。誰もいない自宅。真っ暗だ。
”今着きました。今夜はありがとう。おやすみなさい。愛しています”
返信はすぐ来た。
”今夜はありがとう。とっても新鮮だったの。おやすみなさい。愛しています”