両親
2つ目の札所をお参りすることがなかなか叶わない間に、まさかの両親とも他界。
写経を始めた大きな理由は、父が苦しまずに虹の橋を渡れるようにという思いからだったのですが、母も苦しまずに逝けたようです。
父は、脳に転移した肺がんの治療のため二度目の放射線治療に耐えることができず、あっという間にADLが低下し、施設入居からの主治医のもとへ救急搬送。その後、主治医と相談の上、緩和病棟のある病院へ転院し、令和5年12月6日、安らかに他界。
四十九日の法要も無事に終わり、実家でひとりになった母が心配なため、実家への引っ越し準備を進めていた最中、令和6年2月28日の朝、デイサービスの送迎者より、室外機は動いているが、玄関が施錠されていると電話が入った。
よく寝ているのかも知れないので、連れて行きますと返事をし、車で実家へ向かいながら、何度電話をしても受話器を取る気配がない。
前日の様子から、嫌な予感が確信に変わる中、寝室の扉を開けると、いない。
風呂場へ行くと、電気が点いていた・・
ヒートショックでした。
分かっていた父の分かれと、突然、分かれることになった母。
ふたりとも、苦しまずに逝けたことだけが救い。
今後、両親のことや終活についても、まとめることができたら書いていこうと思います。