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定年後のロール・モデルがいない時に必要な技術: アンラーニング

定年時にロール・モデルがいないために、ぶつかる問題

定年後に働く場合、たとえ同じ職場に再雇用される場合でも、それまでとはガラッと変わった処遇となるのが普通である。まして、会社が変わるあるいは独立する場合には、それまでの職場とは全く異なったビジネス慣行のもとで仕事をすることになる。

この環境変化は、学生が就職する時と同じように大きな変化であるが、それらには一つ大きな違いがある。それは、ロール・モデルの存在である。

大学を卒業して就職する時には、身の回りに同期や先輩が大量にいる。社会人経験がない真っ白な状態という意味では、皆似たり寄ったりの状況である。

その人たちがどう行動するかを参考にして、自分の行動を定めることができる。少し言葉が大袈裟かもしれないが、周りにロール・モデルが大勢いるのである。

定年時には、この事情が異なる。まず、大半の先輩が自らの意思ではなく周囲の状況に流されて、引退したり望まぬ再雇用を選んでいる。

少数の自発的に行動している事例でも、家庭の事情が異なるので、どういう行き先を求めるかが異なる。それまでの経歴も異なるので、どのような仕事に就きたいかも異なる。

つまり、自分にピッタリのお手本(ロール・モデル)が、ほぼないのである。

ここで、(人によっては人生で初めて)自分自身を見直すことになる。自分が本当に何をやりたいのか、自分はどういう人間なのかを自問することになる。

これに向かい合う心構えについては、世の中の定年本にヒントが書かれている。非常に大事な経験なので、ヒントに倣って自分を見直すことをお勧めする。

問題は、その後である。幸運にも進むべき方向が決められたとしても、そのまま突き進むのでは好結果は得られない。進むべき新しい社会は、大抵は自分がそれまで慣れ親しんできた会社とは違うルールで動いているからである。

実は、このルールの違いが難物なのである。頭の中では新しいルールを理解したような気になっても自分の身体は古いルールのままで動いていて物議を醸す、ということが頻発するからである。

新しい社会に適応するためには、無意識に身につけた古い社会のルールを意識して捨て去る必要があるのだ。この作業に必要なのが、アンラーン(学びほぐし)である。

アンラーンとはどういうことか、なぜ必要か

アンラーンの必要性が唱えられ始めたのは最近のことなので、その概念に馴染みのない人も多いだろう。

巷にも、アンラーンを説明している本はほんのわずかしかない。その中で、アンラーンとは何かを一番分かりやすく説明しているのが、柳川範之、為末大「Unlearn 人生100年時代の新しい”学び”」だろう。とくに、アスリートの世界の例をとっての為末氏の説明が、非常に優れている。

為末氏によると、アンラーンとは「これまでに身につけた思考のクセを取り除く」ことである。為末氏の説明例の中に、「リトルリーグのヒーロー打者は高校野球で活躍できない」というのがある。その説明をまとめると、次のようになる。

  • 小学校の野球チームは、どこも守備のレベルが低く、試合をする校庭なども芝のように整備されていないのでイレギュラーバウンドする確率が高い。その環境で最もヒットが出るように、ダウンスイングでボールを地面に叩きつける打ち方を教える

  • 高校野球レベルになると。守備力がアップし、グラウンドも整備される。強い打球・長打を打たなければ成功できない

高校進学という変化に直面した時には、「ダウンスイングで打つべき」というパターン化された「思考のクセ」を取り除くアンラーンを行わないと、自分自身の成長を止めてしまうのである。

これが、アンラーンが必要な理由である。このようなアンラーンが必要な例は、至る所に見られる。

筆者は、就職して最初の9年を日系企業で過ごした。

ここで上司や先輩の行動を見習って身につけた習慣に、直属の上司以上で普段付き合いのない高い地位の人が何か考えを述べたときは、自分とは異なる考えでも最大限好意的な解釈を試みようとするというものがある。これに慣れてくると、先に自分の意見を言おうとしなくなる。

外資系に移った時に、この習慣が災いした。

副社長と幕張メッセの展示会に行く時に、車の中で案内役の筆者に副社長が見るべきおすすめの展示は何かと聞いてきた。その時に(副社長クラスに意見を言っても良いと思っていなかったので)咄嗟に意見が出なくて恥をかきそうになった。

幸い同乗していた外資しか経験のない後輩が、躊躇わずに自分の意見を言ってくれてその場は収まった。そこで、日系と外資の差を痛感した。しかしその時には、日系と外資の差のアンラーンが必要だとまでは意識化できなかったので、その後も何度か似たような痛い目に会った。

このようなことをまとめて、為末氏は「”セカンドキャリア”を考えざるを得ないときに、それまで得たものをすべてそのまま抱え込んでいたら、未来の選択肢が非常に狭くなってしまうんです」と語っている。これが、定年時にアンラーンが必要な理由である。

たとえば、定年後に独立したら、身近な付き合いのない人に対しても、まずは意見表明をすることによって自分を知ってもらわなければ、仕事は取れない。筆者のような人間が日系企業の(営業以外の)経験しかないとしたら、確実に飢え死にする。

だから、アンラーニングの技術を身につけておくことが必須となる。問題は、それをどうやって身につけるかである。

次回は、そのヒントについて述べよう。


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