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We Speak NYC|市が提供する無料の英会話クラスに参加してみた

 We Speak NYC とは、ニューヨーク市の移民局 (The Mayor's Office of Immigrant Affairs) が無料で提供している、英語学習プログラムです。

 ドラマ仕立ての動画を観てから、クイズに答えたり、学習ガイドを読んだり、台本を動画に合わせて音読したりすることによって、リスニング・スピーキング能力を鍛えます。市が提供しているだけあって、ドラマの主題が、失業した男性の再就職や、賃金を払ってくれない雇い主との交渉など、中々にヘビーなのが特徴です。
 例えば、下記の動画教材では、リタイアしてから無気力になって毎日寝てばかりいるおじいさんと、それを心配する家族、また家賃の高騰により住んでいるアパートから追い出されるかもしれないと悩むおばあさんが登場します。このように、ともすると困窮に陥りかねないほどの悩みを抱える人々に向けて、市が実際どのような支援を用意しているか紹介する、というのもこのプログラムの主旨のひとつです。

 ニューヨーク市では、主に市立図書館において、We Speak NYC の教材を利用した英会話クラスが開講されています。先日そこへ参加したので、この記事では、その時の様子や感想を書き留めておこうと思います。

 先に断っておきますが、この英会話クラスは、「英会話スキルを上達させたい」「効率よく知識を得たい」「趣味の合う人と仲良くなりたい」といった明確な目的のある方には向きません。この2時間のクラスで得られるものは、淡い仲間意識に根ざす少しの自信と、会話そのものに前向きになれる少しの度胸と、運が良ければ茶飲み友達です。

自己紹介のち、口々に雑談

 開始3分前に教室に着くと、席がほぼ埋まっていました。8人くらいで囲む大きなテーブルが5脚。名札を書いてから、テーブル内で順に自己紹介をします。
 この時点で、自分を含め参加している方々の英語の熟達度が凡そ察せられるので、上手に喋らなければ伝わらないかも、という妙なプレッシャーからは早々に解放されました。私が参加したテーブルには、義務教育で習った単語を忘れていなければ概ね理解できそうな程度の語彙・文法で、学校の教材くらいのスピードで話す人が多かったので、聞き取れなくて困惑することはあまりありませんでした。
 加えて、会話に長けているというか、お喋り好きな人が多いな、という印象を受けました。名前・出身地・趣味について、一人一言ずつ順に回して終わり、ではなく、そこから話題が展開されて世間話が広がることが多々あったからです。例えば、パリから引っ越してきたという方に「今度そちらへ引っ越すのだけれど、治安はどうなの」と訊く方がいたり、地声が小さめで会話に交ざりづらそうな方を「あなたもランニング好きなんだよね。話を聞かせて」と輪に引き込む方がいたり。

課題に取り組みつつ、やっぱり話がしたい

 ただ、お喋り好きが高じてか、与えられた課題に沿って話をするのは苦手というか、興味がない方もちらほらいるようでした。テーブルごとに会話する課題を終えた後に、席を立ち話したことのない人とグループを作って会話する課題が続きます。その際、教室のスクリーンに掲示された幾つかの質問に沿って会話を取り仕切りたい方と、そのうちのひとつ「あなたのお気に入りの写真は何ですか」という話題だけをひたすら語りたい方とで、コミュニケーションが行き違うこともありました。しかし、これはどちらかが悪いという問題ではなく、型を守るにせよ型破りにせよ、英語で楽しく会話したいという気持ちに皆が真面目だから起こる事故だったと思います。
 このクラスの名目である、We Speak NYC の動画教材を観て質問に答えるパートでは、動画に使われたフレーズを抜き出して答えるより、単語であれ短文であれ、自分なりに状況を解釈して回答する人が目立っていて、学校の英語の授業とは違う雰囲気でした。動画に登場するおじいさんが意地を張るシーンでは、「彼は本当は楽しかったんだよ」「でも恋に落ちたから嘘を吐いてるのさ」とクスクス笑うおじさんには釣られてニッコリしてしまいました。
 最後にもう一度、席を立って適当な人と会話する課題があり、しばらく大人しかった教室が急に賑やかになりました。私はスーダンから来た青年と、だいたい課題に沿って会話していました。自分の肌の色に合うからネクタイは黒が好きだと言うので、私は紺とかオレンジとかが好きだな少し派手だけど、と言ったら何故か笑われました。そんなに似合わなさそうだったのかしらん。直ぐ後ろでボランティアの先生が終了を告げたので、私たちは席へ戻りましたが、他の組は全く解散せず盛り上がっていて、本当に皆お喋りが好きなんだなあと再確認しました。

最後の会話の題材リスト。たわいないプロンプトですが、意外と盛り上がっていました。

 ふたつあるレベルのうち、私が参加したのは Intermediate のクラスでしたが、Advanced のクラスでも動画に英字幕が付かなくなるだけでコンテンツは同じらしいです。メインの課題で配られる、B5版の学習ガイド小冊子は持ち帰れます。私が帰り支度をしている隣で連絡先を交換している方たちもいました。私は誰かと特に仲良くはならなかったな、とぼんやり階段へ向かったら、偶々テーブルが同じだった人と一緒に降りることになり、互いに名前を確認して別れました。また会えるかなあ。

"You have to practice English more." と
週に3回言われた日から

 We Speak NYC の英会話クラスは、ニューヨーク市で得られる様々な語学体験の中で、おそらく最も手軽で、気楽で、無目的に近いです。会費も無いし、予約も無いし、試験も無い。話題の手掛かりと緊急時の知識とを兼ねた教材は提供されますが、それ以外の共通の話題や事前情報もありません。
 だから、最初に断った通り、はっきりした成果を求める人にとって、このクラスはきっと物足りません。英検などの資格の取得を目指してテキストを進めるなり、オンライン英会話に登録するなり、学期制の英会話教室に通うなりした方が、確かな手応えを得られるでしょう。
 市立図書館においても We Speak NYC の他に、無料で学期制の英会話教室が開催されています。そちらの体験について、noteで書かれている方も何人かいらっしゃいます。直近に掲載された記事を勝手ながら紹介しておきます。情報が整理されていてとても分かりやすかったです。

 それでも私が今回 We Speak NYC を選んだ理由は、自分に必要なのは技術の積み上げだけでなく、そもそも会話の口火を切ろうとする意欲や、相手の話を受けて話題を広げる気力といった、英語に限らず人間の会話に必要な心もちなのでは、と感じたからです。結果として、同じくらいの英語レベルの方々と一緒に、特別な教養の要らない話題で、とにかく元気に、何でもいいから自分の感情や意見を口に出してみる練習ができたことは、私にとって有意義でした。
 6月下旬、毎週のように通っているフォークダンスサークルの期末パーティーで、知人から "You have to practice English more." と言われました。渡米当初から親しく話しかけてくれた方だったので、かなりショックを受けました。それだけでなく、同じ週に、別のフォークダンスサークルの知人たちからも、それぞれ別の機会に全く同じ台詞を投げかけられたのです。皆、優しい方ばかりなのは普段からの付き合いでよく知っているだけに、今まで何となく出来ている気になって遣り過ごしてきた英会話といよいよ向き合わなければ、と身に沁みたのでした。それから実際に英会話クラスに参加するまで、2ヶ月半もかかったのは、偏に私の優柔不断と移り気によるものです。
 ようやく曲がりなりにも一歩を踏み出したその日は、フォークダンスサークルの活動日でもありました。いつもより少しだけお喋りになった私を見て知人は「最近、英語を勉強してるのかな」と言ってくれました。「少しね」と答えられた時の根拠のない自信が、もっと続くといいな。せっかく重い腰を上げることができたので、これからも様々な方法を探りながら、ぼちぼち英会話にも会話にも物怖じしなくなりたいですね。
 それでは、また。

Today's Keywords (もとい、こぼれ話)

  • Brainscape : 大学にいた時分、複数人で単語帳を共有する機能を目的に、語学の先生に宿題のために薦められてインストールした単語帳アプリ。単語の習熟度に応じてカードの表示される頻度が調整されるようになっています。手動でカードを入れ替え抜き差ししなくても、覚えていない単語や忘れてしまった単語を自ずから繰り返し習得できるのは結構便利。今もボキャブラリー増築に一役買っています。