山頂を照らす光
スタート直後から足が重い。
これは雪質のせいなのか、それとも前日の疲労や寝不足のせいなのか。
ゆっくり歩いていても背中に汗がにじむ。
気温が高いということは、ホワイトアウトの可能性も高いということだ。
ひとりでホワイトアウトを探検したことはほとんどないので、今日はそこでめげずに、冷静に自分をコントロールする。
それが最大の課題だ。
えっちらおっちら樹林帯を登った。
徐々に雪が深くなり普段ならラッセルとも思わない雪の深さが、私の気持ちをさらに重くした。
こんなにしんどいルートだったかな。
何度も立ち止まりながら上を目指した。
樹氷帯に入ると大きく左へ迂回していく。
まっすぐ山頂へ向かって直進したくなる気持ちをぐっと堪えて、不安になるほど迂回する。
そうすることで西向き樹氷地帯特有の、酷いうねりや巨大ツリーホールの迷宮を避けることができるからだ。
急がば回れ。
ここはまさにそんなルートだ。
いつホワイトアウトになってもおかしくない雰囲気だった。
ツリーホールに尻や頭から落ちるような転倒だけは絶対にできない。
ものすごく慎重に、滑りやすいところを選んでトレースをつけていった。
何度も何度も振り返り、帰りの景色を頭に入れた。
気付くと右手の上空にぼんやり丸い太陽が見えていた。
その微かな光にずいぶん勇気付けられた。
徐々に東風を正面から受けるようになってきた。
山頂が近付いている証拠だ。
逆川へと続く稜線は見えていた。
けれど山頂方向には、ぼんやりと白い空間があるだけだった。
更に寒くなることを考えて、フリースとインナーグローブを身に着けた。
緊張で食欲はなかったけれど、食べ物を無理やりお腹に詰め込み、水分も多めに摂った。
普段は素手になって撮影することにそこまで抵抗はないのだけれど、今日はそれができなかった。
あまりの寒さに時間や地図を見るために立ち止まることが躊躇われ、そこからは極力目視を頼りに歩き続けた。
(いい加減山頂が見えてきてもおかしくないのに…)
そう思った瞬間だった。
突然上空の雲が割れ、さきほどよりもはっきりと太陽が現われた。
光は丘のような山頂を目の前に照らし出した。
強烈な力に導かれているように思えた。
こみ上げる感動で視界が滲んだ。
山頂は東からの強風でストックが横になびくほどだった。
既に足が痛いほど冷たくなっていたので、ここに留まり滑走準備をするのは良くないと思った。
下岳の姿を確認するとすぐに踵を返し、シールのまま下山を開始した。
少し降りて雪の段差の影に入り、ようやく落ち着いて滑走準備をすることができた。
滑り始めると明らかにガスが濃くなっている。
GPSを何度も確認しながら、唯一安全に滑れるはずの登りトレースを探した。
横滑りやボーゲンで足元を探るように慎重に降り、
トレースに復帰してからはその道しるべを忠実になぞりながら樹林帯まで降りた。
二日間で積もり積もった太ももの疲労が、スキーを楽しもうという気持ちにはさせてくれなかった。
その先もずっと登りトレースが見える範囲で、太ももの力を極力使わない滑り方で、超特急でゴールを目指した。
林間をロングターンで降りたのは初めてかもしれない。
スタート地点に帰り着き、振り返った。
そこには朝と同じ真っ白な背景が広がっていた。
2023.2.19