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鳥海山追憶② 2023.5.4

ちょうど1年前、私ははじめて新山からスキーで滑走をした。
あの時はギャラリーの多さにとても緊張して、とにかく板についていくのに必死だった。
やり遂げた自分自身に感動し、山に刻まれた自分のシュプールを眺めて涙を流していた。


今回、当初の計画は中島台からの登頂だった。
けれど最近のそのルートの人気ぶりを知るうちに、もっと人がやらないような特別なことをやりたいという気持ちが、徐々に大きくなっていった。
それならばやはり湯の台しかないだろう。
過去何度も冒険の思い出がある湯の台以外に、選択肢はなかった。



鳥海山の南エリアは、序盤は長い車道歩きからはじまり、樹林帯を2時間ほど歩いてようやく森林限界に出られる。
その先は急な雪渓と藪の巨大迷宮が広がっていて、体力も判断力も総合的に試されることになる。
面白そうじゃないか。
私の腹は決まった。


体には、寝不足と前日の山行の疲れが残っていた。
滝の小屋あたりから強風をもろに受け、寒さと風への抵抗で、体力が普段より奪われていくのを感じた。
頭の中のイメージでは、沢筋を行けば順当に狙った雪渓に出られるはずだったけれど、実際は藪が思いのほか多く、仲間と相談を重ねた。

雪渓に取り付くと、緩んだザラメの急斜面が延々と続く。
はじめは直登で、次第にジグを切り、後半はスキーアイゼンを付けた。
少しでも気を抜くと谷足がずるっと滑る嫌なザラメだった。

この春私は多くのザラメ急登を登ってきた。
どのような姿勢で、どのくらいの歩幅で、どこに重心を置けばアイゼンがしっかりと効くか、それだけをひたすら考えながら試しながら歩いてきた。
今日はまさにその集大成となる登攀だった。

最後までスキーを担ぐことなく、また、息を切らせることもなく、安定して登り切る事ができた。
転んだら間違いなく滑落するような斜度だったけれど、恐怖はなかった。

しっかりと練習を積んできた者の自信が、私にはあった。


無事に雪渓を登り詰めるとそこからはスキーをザックに取り付けて、ハードブーツで夏道を歩いて行くことになる。

慣れないシートラ歩行が始まった。
ザックが重くなるのは我慢できるとして、Aフレームに取り付けた板が邪魔で頭を上げることができず、取りたい姿勢を維持できないことがとてもストレスになった。


硬いブーツで岩の上を歩いたり、ハシゴを登ったりする登山道だ。
油断をすると板のテールが岩に引っ掛かったり、自分の後ろ足を板に引っ掛けて転倒する恐れがあるので、体の向きや歩き方にかなりの神経を使った。
そんな調子だったので、外輪の通過にはだいぶ時間と体力を削り取られた。


1番厄介だった七高山の降りが終わると、ようやく板を履いて歩く事ができた。
新山へのビクトリーロードを進む。

時刻は13時。
人はまばらになってきていた。

スタートから8時間が経っていた。


ザックを放り投げると夢中で最後の岩を登った。
去年のように涙が止まらなくなることはなかった。

そこに立っていたのは、自信という鎧を身につけた新しい私だった。

とても清々しい気持ちで、写真だけ撮ると後ろ髪を引かれることもなく、すぐに岩を降りた。
新山の滑走も同様だった。


一年で人はここまで変われるものなのだろうか。


人生という名の山の頂はまだ遥か遠くにあり、そこへ向かって私は歩み続けている。
私は自分の未来に、無限の可能性を感じることができる。

今日も鳥海山はそのことを私に教えてくれたのだった。

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