私とorbital period
BUMP OF CHICKENの アルバム orbital period を引っ提げたホームシック衛星のリバイバルツアー、ホームシック衛星2024がはじまりました。
2024/2/11 Kアリーナ公演のふわふわとした心地よい余韻が続く中、誰かに何かを伝えたい!という高揚した気持ちでこれを書いています。
私にとってのorbital period
orbital periodは、私がBUMPを好きになってから初めてリアルタイムで発売されたアルバムでした。
高校受験前の12月、受験終わるまで我慢しようかと思いつつも どうせ我慢できないやと諦めて、勉強を休んでCDコンポの前で正座して聴きました。同時にMUSICA全曲インタビューも食い入るように読みました。(3年後大学受験期のCOSMONAUTでも同じことが起こるのでした)
太陽章の概念を知り、公転周期に想いを馳せ、星の鳥を想像し、28歳に恋い焦がれました。
ホームシック衛星には参加できなかったものの、ホームシップ衛星が私が初めて参加したBUMPワンマンです。
一般販売でどんどんなくなっていくチケット、友人となんとかとれたチケットは連番じゃない2枚のスタンド席。それがマリンメッセ福岡公演1日目でした。
その前にBUMPがトリのフェスでライブデビューを果たして夢うつつの日々を過ごしてはいたものの(それも大半がBUMPファンだったが)、ワンマンの空気はまた違っていました。
高校生の私は「浮いてるんじゃないか…?!」という怖い気持ちを隠して強がっていたけれど、周りの大人たちの視線を感じると思いこんでいました。今思うとそんなことあるわけなく、私がそういうふうに世界を見ていただけだったのだと思います。
当時の私は、自分以外みんな敵、だけど悲劇のヒロインぶって同情はされたい、気づく人にだけ気づいてほしい、そんな感じでした。
『ハンマーソングと痛みの塔』を聴いて、自分みたいだと思いました。
『supernova』は私とBUMPの出会いの曲(熱を出て学校を休んだ日にラジオでsupernovaが流れてきた)、
気になる存在になり『涙のふるさと』発売時にをCDレンタルし、
『メーデー』と『花の名』が初めて買ったBUMPのシングルになりました。(特典のニコル缶バッジを受験期メンタルのお守りみたいに鞄につけてた)
歌詞の意味を痛感するのはもっと先になる『才悩人応援歌』
前述のフェスの夏の夕空の下で聴いた『プラネタリウム』
なんで私が考えてたこと分かるの?!とドンピシャで驚いた『ひとりごと』
難解でよく分からなかった『時空かくれんぼ』少し怖く感じた『飴玉の唄』
体育祭で流れていた『カルマ』
変わりたいと願う度に聴いた『arrows』
今より切実に彼らの音楽に必死にしがみついていた頃のたくさんの思い出が詰まっている、思い入れの深いアルバ厶です。
ホームシック衛星2024に参加して
そんなツアーに参加したら一体どうなってしまうんだろう?!とわくわくしながら初日を迎えました。
終えてみて何から言えばいいのか分からなくなったのですが、まず言葉になったのは「星の鳥がしゃべってるみたいだ」ということでした。星の鳥と言葉を交わしたような時間に思えました。
星の鳥がとてもかっこよく神々しいグラフィックを新たに「こんなにかっこよくしてもらって… 本当によかったねぇ…」という、思いもよらぬ方向で一番感動しました。
28歳本当におめでとう、リバイバルツアーでまた出会えてよかった、そんな気持ちでいっぱいになり涙しました。
言葉でお祝いするよりも、バチバチに仕上がった演奏を通して真剣に曲を届けることでお祝いを形にするような、厳かなライブでした。
ライブで受け取ったこと
ライブを通して、自分の中の変わったところと変わらないところを意外と冷静に感じていました。
もう悩まなくなったこと 平気になってしまったことが、曲の中に大切に残っていました。
「君」の対象が変わったり、思い浮かべる映像が変わったり、大人になったからこそピンとくるようになった歌詞もありました。
これは変化したこと。
その一方で、15年以上経ってもまだ引きずってること、忘れたい記憶、弱いままのところも、今でも鮮明に覚えていました。
これは変化していないところ。
変われないまなのに変わりたい変わらなきゃとずっと思ってるような人生だったけど、そのままでも大丈夫、全部抱えたまま進んでいけばいいんだってなぜか曲を聴きながらふっと腑に落ちて、心が軽くなりました。
曲自体は何度も何度も聴いているのにようやくそう思えたのは、がむしゃらな10代、背伸びした20代を過ぎた今のタイミングだったからなのかもしれません。
眠っていた気持ち
そしてライブを観ながら、昔からなぜか自分の中にあった「BUMPを好きな私は強い!!」という確信をふと思い出しました。
BUMPを好きなことが自信であり、誇りであり、自分の中に深く刺した旗のように思って なんとか立っていたあの頃。
私ってずれてるのかな?なんか上手くやっていけないな?と孤独を感じる日々の中に ずっと信じてきたものが確かにあって、
そうやって信じてきたことはやっぱり間違ってなかった!こんな私の中にもちゃんと強い気持ちがあったんだ!!と改めて気づくことができました。
ライブが終わると、大丈夫!なんだか私がんばれそう!!と、自然と前を向いていました。
それは一時の力ではなく、思い出せばいつでも力が湧いてくるような、そんな信念が今改めてまた自分の中に深く残ったのでした。
ツアーは続く
まとめのような気持ちを書いてしまいましたが、ツアーはまだ始まったばかりです。
私の1リスナーとしての思い出があるように、みんなそれぞれにアルバムや収録曲との思い出があり、それを胸にライブに臨むのだと思います。
私自身、思い出の地である福岡での参加もまだ待っています。そこで何を見つけて受け取るのか、とても楽しみです。
それぞれの想いをのせたホームシック衛星2024、いってらっしゃい。