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CANON LENS X 100mm F0.7

CANONがX線撮影用に製造していた、LENX Xシリーズ。この中に一際巨大なレンズがあります。それが今回ご紹介する CANON LENS X 100mm F0.7 です。


CANON LENS X 100mm F0.7について

スペック

早速ですが、こちらがCANON LENS X 100mm F0.7です。
現物は巨大な前玉の迫力が印象的なのですが、写真ではなかなかサイズ感が伝わりにくいので、35mmフィルムのパトローネを並べてみました。大きさが伝わるでしょうか。

CANON LENS X 100mm F0.7

100mm F0.7というスペックのレンズがあること自体、あまり知られていないように思います。実用上の最速のレンズとして最も有名なものはCarl Zeiss Planar 50mm F0.7ですが、それでも焦点距離は50mmです。焦点距離100mmは他にありません。

なにしろ、100mmの焦点距離でF0.7を実現しようとすると、有効径は142mmが必要。400mm F2.8と同程度の直径になります。実際に現物の前玉径はおおよそ145mmあり、理論値通りのサイズになっています。

大口径化のために分厚いレンズを使っているのか、約6.2kgと規格外の重量があります。片手で支えるだけで必死です。

銘板

レンズ銘板の文字は高さ8mmほどあり、一般的なレンズよりも太く大きく刻印されているのが印象的。現存しているレンズのシリアルから推定すると、生産本数は約250本程度とみられます。

後玉と取付ネジ

後ろに回ってみると2段の段付きがあり、それぞれ104mmと54mmのネジが切られています。後玉の直径は46mmです。X線間接撮影用のレンズは一般的に絞りは無く、このレンズも同様となっています。

本来の使用用途

このレンズが冠するLENS Xという名称ですが、これはX線撮影用として設計・開発されたレンズに付けられたものです。

CANONとX線撮影の歴史は別のNoteにまとめています。最初期のX線撮影カメラから現代の最新機器まで、CANONは継続してX線撮影に関わっていますが、網羅的にまとめた記事はほとんどありません。X線撮影技術の進歩と、それに貢献し続けたCANONの努力を知りたい方は、ぜひこちらもご覧ください。
(ホントは本記事の前置きだったものが長くなりすぎて別記事にした)

さて今回のCANON LENS X 100mm F0.7ですが、実は肝心のこのレンズが登場する文献が未だ見つかっていません。そのため、組み合わされていたカメラや装置、使用方法なども不詳となっています。
LENS Xの名称は、蛍光板を直接撮影するレンズ(CX-70+LENS X 120mm F1.4など)に用いられていた実績があります。このレンズも類似の使用用途であったと想定されます。
もしこのレンズに関する資料や情報をお持ちの方はコメントいただけると大変嬉しいです。

調べても情報がない謎のレンズ

ちなみに、イメージインテンシファイアを集光するためのレンズはLENS XIという別のシリーズ名が付けられています。LENS XIシリーズも追々ご紹介していきますね。

X線撮影用レンズの収差補正

こういった大口径のX線間接撮影用レンズは収差補正に特徴があります。
一般的なレンズの収差補正では、
g線(Hg 436nm 青色)
d線(He 588nm 橙色)
c線(H   656nm 赤色)
に対して収差補正が行われます。

一方でX線撮影用レンズでは蛍光像の緑色(波長550nm)に対してだけ収差補正すればよいので、
F線(H   486nm 青色)
e線(Hg 546nm 緑色)
d線(He 588nm 橙色)
が対象であったようです。(医用光学器械 霜島正 1971)
一般的なレンズと比較して狭い範囲でしか収差補正がされていないため、独特の色滲みが発生します。

加えて、像面湾曲が大きいレンズが多いです。「像面湾曲に合わせて蛍光板を湾曲させればよい」という逆転の発想で像面湾曲の補正を諦めてしまい、代わりに明るさや他の収差補正に自由度を割いていたようです。

このレンズの使用用途は定かではありませんが、類似の特徴がみられるのかどうか、実写で確認してみたくなりますよね。
しかし用途不明の産業用レンズに市販のマウントアダプターなど存在しません。仕方ないので作っていきましょう。

カメラとアダプターを作る

ハイスピードレンズ専用カメラ

まず、カメラについては一般的なものが使用できません。こういった類のハイスピードレンズはレンズ後端からイメージセンサまでの距離(バックフォーカス)を極端に詰める必要あるからです。

魔改造されたX-T10

当Noteではお馴染み、ショートフランジバックに魔改造されたX-T10があり、これを使用します。カメラの前面から受光面まではカバーガラスとUV/IRカットフィルターしかなく、厚みは2.5mm程度となっています。

様々なハイスピードレンズへの対応に迫られ、カメラの改造に至る経緯については別のNoteに記載しています。ぜひこちらもご覧ください。

マウントアダプター

レンズのマウントは本体に切られているM104 P=1.0のネジを利用します。特殊な形状のネジですが、3次元CADを使用して設計し、データを3Dプリンタに送れば、3時間後にはアダプターが完成します。便利な時代になったものです。

製作したマウントアダプター

材料は炭素繊維混合PLAを使用しました。重いレンズなので、システム全体を少しでも軽く、高強度にしたいという思いで選定しましたが、結果的にどの程度の効果があったのかは疑問…
ザラついた手触りが心地良いので良しとします。

炭素繊維のザラザラ感が気持ちいい

この重量なので、レンズ側に三脚座を設ける必要があります。amazonで中華製の汎用レンズフットを購入し、取付できるようアダプターを設計しました。アルカスイス互換になって便利です。

完成したカメラ

こちらが組みあがった状態のCANON LENS X 100mm F0.7とX-T10です。まるで200mm F2.0を付けた一眼みたいな雰囲気があります。システム重量は約7kgとなっており激重。

カメラ前方
カメラ側面

さて、出来上がったカメラで早速写真を撮りに行きたいところですが、実は残念なお知らせがあります。

結論から言えば、このレンズはどうも近距離撮影専用、つまり無限遠撮影ができない光学系のようです。
後玉の後ろ2.5mmまでイメージセンサを密着させても、カメラから85cm程度の近距離しかピントが合いません。ヘリコイドを伸ばすとピント面は近距離側になり、最短は50cm程度となりました。

作例

上記のように、このレンズは近接撮影専用品。そんな制約の中で必死に撮った写真をご紹介します。

紅葉の始まり

とにかく重量がキツい。7kgのカメラを手持ちで構え、収差の中から薄いピントを見つけ出し、構図を決めて撮影するのは腕力が持たない。1カット撮る度に休憩を挟んでいました。

ウスバキトンボを見ると秋を感じる
疲れ果てたベニシジミ

見ていただければ分かる通り、ボケの量が凄いです。なにせ前玉径が142mmもあるレンズを1m以下の至近距離で使っているのです。ピント面は薄いし、像面湾曲もあります。ピントが合っている場所以外は全てドロドロにボケるため、背景など有って無いようなもの。

キッチンの風景1
キッチンの風景2

ボケを見ると分かりやすいですが、青色の色ズレがあります。一般的なレンズと異なり、青色は収差補正が行われていないため、このような色ズレが発生するようです。とはいえ他のX線用レンズに比べると大人しめな印象で、独特な雰囲気を作り出していると思います。

キッチンの風景3

意外とピント面の解像度はありますが、ハロも出るのでピント合わせは結構難しい。後玉にセンサーを近づけたほうがハロの出現を抑えることができるため、ヘリコイドは固定でカメラを前後に動かすローテクなピント合わせが一番いい結果になります。

さいごに

さてCANON LENS X 100mm F0.7のスペックや実際の写りを見てきました。無限遠撮影ができないレンズのため、撮れるものも限られていましたが、雰囲気だけでもお伝えできていればと思います。

謎のレンズ

使用用途の項目でも書いた通り、このレンズに組み合わされていたカメラや装置などは当方では調べきることができませんでした。もしこのレンズに関する資料や情報をお持ちの方はご連絡いただけますと大変助かります。

CANONをはじめ、他のウルトラハイスピードレンズの記事も書いていますので、もしご興味があれば他のレンズレビューもご覧ください。
ではまた。

素直な眼差し

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