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トランプ米大統領再登板とベトナム北部の繁栄の行方: 今任期も一期目と同様、対越赤字に目をつむってくれるか

2024年12月17日付米国ニューヨークタイムズ(英字紙)に、同紙ホーチミンシティー駐在記者ダミアン・ケイブ氏による興味深い記事が掲載された。近年のベトナム国内における省市別の一人あたり平均所得のワンツートップは東南部(ドンナイデルタ)ホーチミンシティーの衛星省バリア・ブンタウと、北部(紅河デルタ)ハイフォンの衛星省クアンニンだった(いまは東南部ビンズオンと北部バクニンに抜かれつつある)。

なぜハイフォン市、クアンニン省、バクニン省のベトナム北部3省市の成長の勢いが良いのか。その理由の中にはトランプ以後の米国の対中関税政策と、それを逆手に取った中国によるベトナム進出、ベトナム北部製造業の中国西南製造業・サプライチェーン・ネットワークとの一体化もあると考えられる。越字電子媒体「国際研究」掲載のグエン・ティー・キム・フン/阮氏金鳳女史による越訳を参照して、以下、訳出する:

トランプ米大統領一期目の関税政策はベトナム北部の繁栄を後押ししたが、再選・二期目はどうなるのか?

ベトナム北部は中国製造業の代替を求める世界的な動きから恩恵を受けてきた。トランプ米大統領の再選・二期目がその成長を妨げるか、それとも加速させるかは、まだ誰にも分からない。

退職公安官ファム・ヴァン・ティン氏の感慨:急成長が続くハイフォン郊外
ファム・ヴァン・ティン/范文盛氏の自宅のポーチからは、韓国のLG電子(旧キムソン/金星電子)の工場の裏側をはっきりと見ることができる。その工場は彼の住む地域の経済成長の象徴であり、彼の目にはその明るい白い建物は大変美しく映る。夜8時過ぎには、首元に新入社員の写真付き名札を提げた労働者たちが次々と外に出てくる。ティン氏もまたその群衆の中を歩き、村の新たな活気を楽しむ。かつて貧しかったベトナム北部、ハイフォン郊外の寒村は、ある時期に突然、世界貿易の流れに組み込まれた。「これは素晴らしいことだ」と、ベトナム戦争中、共産側、旧北ベトナム側で戦った退職公安官ティン氏(73歳)はいう。「これらの若者たちは皆、きっと、より良い生活を送ることになる」。

ハイフォン郊外の工業団地

米国の対中関税政策の恩恵
6年前までこのハイフォン郊外の寒村にはこのような繁栄はまだ存在していなかった。米国のドナルド・J・トランプ大統領が中国に関税を課すことを決定し、中国製造業に代わる選択肢を世界規模で模索する動きが始まったときから、この地の繁栄が始まった。この中国代替競争においてベトナムほど恩恵を受けた国はないだろう。歴史的に国際化が進んでいた南部に比べて遅れをとってきた北部は特にそうである。中国から車で数時間の距離にあるハイフォン周辺では工場が次々と建ち並ぶようになった。ハイフォンLG電子工場も大きく拡張された。近くの工業団地には現在、関税のため自国から輸出することが難しくなり海外での生産を拡大している中国企業が集まっている。かつては田んぼ(と夢)だけの存在だったティン氏が住む農漁村はまたたくまに人口3万人の新興田園都市へと成長した。トランプ大統領の二期目、彼が一期目にもたらしたベトナム北部への恩恵・成長を妨げるのか、それとも成長をさらに加速させるのか? トランプ大統領は米国に対して多額の貿易黒字を抱える国を罰すると誓っており、現在ベトナムはそのリストで中国とメキシコに次いで第3位となっている。ベトナム政府の当局者はベトナムの競争者たちが米大統領のブラックリストからまんまと逃れる一方でベトナムは逃げきれず関税を課されてしまうのではないかという「差別」に対する懸念を表明している。韓国企業(LGやサムスン/三星を含む)はベトナムにおける最大の外国投資家の一つだが、米国政府の対応を見越して拡張計画を保留している各国企業も中にはある。しかし、一部の分析者たちは、トランプ大統領が自身が表明した通りに中国に対して他の国よりもはるかに高い関税を課す場合、ベトナムは依然繁栄し続けると確信しているという。

守成の南部、創業の北部
これから先、米元大統領、そして次期大統領となる人物は、米国を再び偉大な国にできようとできまいと、「北ベトナム」を再び偉大な国にしたとは自信を持って言えそうだ。十九世紀末にフランス(仏国)がベトナムを保護国化し、サイゴン(西貢、現在のホーチミンシティー)における植民地統治を開始して以来初めて、ベトナム北部はベトナム経済全体の原動力となり、ベトナムから世界への玄関口となろうとしつつある。この地域は海外への輸出額と外国投資の流入の点で国内をリードしている。「南部と北部の力関係は完全に変わった」とホーチミンシティー・フルブライト大学公共政策・経営大学院講師ヴー・タイン・トゥー・アイン/武成自英(Vũ Thành Tự Anh)氏はいう。「それはすべての統計に表れている」。

https://fulbright.edu.vn/vi/nha-xuat-ban-oxford-xuat-ban-nghien-cuu-cua-giang-vien-fulbright/

ベトナム北部の変化はそれ自体の地理や地方政治によっても部分的に推進されているが、大国による貿易の武器化がいかに世界経済を再編しているかを浮き彫りにするものでもある。工業化はかつてない速さで新たな地域に広がりつつある。誘致に努める地域の運命は、生産性などの競争上の優位性だけでなく、勝者と敗者を決める遠隔地の指導者間の覇権争いによっても決まる。言い換えれば、「群衆の知恵」と市場はしばしば影響力をもつ人間の創意(気まぐれ)に道を譲る。そして、その影響は遠く離れた国や村にも波及していく。

中国からベトナムへ製造拠点を移転する各国企業
アジアでは他の地域に比べて国家経済がより統合され、貿易障壁も少ないことが多いが、トランプ大統領が関税で始めた政策とパンデミックによって、この傾向が加速した。アジア諸国は、新型コロナウイルス感染症の発生源調査へ反対し、厳格なロックダウンや工場の閉鎖でウイルスに対応しようとした中国に対して、大いに動揺した。多くの政府が自国のサプライチェーンを中国のコントロールから切り離す決意を固めるに至った。例えば、日本は2020年に企業の中国からの多元化を支援する基金を創設した。一方、韓国は「新南方政策」を通じてインドや東南アジアとのつながりを築く企業を支援する取り組みを拡大している。米国や欧州の当局者は企業(とそのアジアのサプライヤー)に「中国リスクの回避」を強制するさらなる取り組みを求めている。ベトナムはこの取り組みにおいて優位となった。日本政府関係者によれば、政府の多元化支援助成を利用している約120社の日本企業のうち50社以上がベトナム事業への助成を申請しており、これは他のどの国への申請よりも多い。また、韓国の多国籍企業LG集団はベトナム北部ハイフォンでのLG電子工場拡張後、中国にある最後の2つのディスプレイ・スクリーン工場を売却した。各国企業が生産拠点を中国から移転するに伴い、ベトナムは大きな恩恵を受けている。台湾の電子機器サプライヤーもハイフォン郊外約100キロメートルの工場でのイーロン・マスク氏のスターリンク・システム用のネットワーク機器の製造を開始した。

中国政府もコントロールしきれない「中国ベトナム・サプライチェーンの一体化」
これらの各国企業の行動はより大きな傾向の一部といえる。シンガポール・ユソフイスハク国立東南アジア研究所ベトナム研究プログラム研究員レー・ホン・ヒエプ/黎鴻協氏の分析によれば、2017年から2023年にかけて外国の投資家たちは19,701件、総額2,483億ドルの外国直接投資(FDI)資本をベトナムにおいて登録した。この数字はベトナムが1980年代後半に経済を開放して以来登録された通算の外国投資総額の半分以上を占めるが、それは中国からの投資を含む。

2019~2024年及び2023年の外国直接投資(FDI)資本に関するデータ: 地域別投資先はハノイ以外、東南部以外が過半数を占める
https://arc-group.com/investment-outlook-vietnam-2024/

ベトナムの対米貿易黒字は2017年の380億ドルから昨年は1040億ドルに増加したが、この赤字は中国がベトナムを倉庫として利用し関税を回避しようと製品の転送先を変更する「中国隠し」をおこなっているためだという非難がある。中国からのベトナムへの輸入も、投資も、急増しているからである。しかし、一千年唐賊奴隷 một ngàn năm nô lệ giặc Tàu と歌い、千年間の中国による統治が国民の記憶にまだ新しく、依然中国を警戒しているベトナムにおけるこのような好景気は、中国政府が完全に所有したりコントロールしたりできるものではない。ベトナムが1980年代末に経済を開放してから2023年までの間、中国はベトナムにとって6番目に大きな外国投資家であり続けている。この順位は香港を含めるとさらに上がり、韓国、日本、シンガポールに次いで4番目となる。中国もまた、ベトナムに製造拠点を構築してきた。米国ハーバード大学経営学大学院の最近の調査によれば、ベトナムにおける対米輸出に関わる違法な関税回避は米越両国の貿易不均衡が示唆するよりもはるかに少なく、2021年の対米輸出のわずか1.8%から、最も多く見積もっても16.1%を占めるに過ぎない。ハーバードの研究者たちは、ベトナムから米国へ輸出している業者の多くはただ単に中国製品をベトナム製品としてラベルを貼り替えるのではなく、中国を含む複数の場所からの材料を使用して新製品を製造する事業に投資していることを確認した。

2024年1月から10月までの、国別の米国の貿易赤字

https://www.hbs.edu/ris/Publication%20Files/24-072_a50d1294-e645-4a28-b1f1-ec4e86bd20e4.pdf

ハイフォンの躍進
中国の習近平国家主席は先週(2024.12.10)世界の金融関係者との会合で再び「米中貿易戦争に勝者(えいか/嬴家)はいない」と強調した。しかし、ベトナム北部での経験は逆のことを示している。勝者はいる、それは旧北ベトナム地域である。1954年にフランスから独立して以来、旧北ベトナム経済は低迷し、アジアで最も貧しく、最も発展が遅れた国の一つになり、自給自足の農業にほぼ全面的に依存していた。北部の主要港であるハイフォンは、ベトナム戦争中、最も激しい爆撃を米軍機から受け、港湾など産業基盤が破壊された。そして1975年の南北ベトナム再統一以降の約十年間、ハイフォンを含むベトナム全土が「戦争に悩まされ、経済が停滞している貧困社会」と呼ばれる状況が続いた。しかし、現在、ベトナム北部では二桁の年間成長率が毎年のように続き、ハイフォンは新しい高速道路でハノイと直結する人口200万人の近代都市となっている。市内十数カ所の建設現場でクレーンが風見鶏のように揺れている。市心を蛇行しながら流れる川には新しい橋が架けられ、工業団地と直結する埠頭群は世界で最も忙しい港の一つに変身し、船舶群を支える。

ハイフォン港の埠頭群

ハイフォン港の水運の利は、様々な好条件の一つに過ぎない
在ベトナム欧州商工会議所の会長であり、ハイフォン周辺の工業団地を管理するDeepCの最高経営責任者(CEO)ブルーノ・ジャスペール氏は、ハイフォンの水路システムはベトナム北部各省が投資を誘致する上での好条件の一つに過ぎないという。ハイフォン市だけでなく、北部各省市の指導者たちは皆、中央政府と良好な関係を築くことに務め、それにより国の投資の拡大と適正価格の誘致用地の確保を実現している。ジャスペール氏によれば、ナイキなどの企業が1990年代まで操業していた、ベトナム戦争中、旧南ベトナム時代に米国などが投資した産業の名残がある南部と比べて、北部は「chậm mà chắc」(ゆっくり着実)な歩みを進めることができた。そしていまや、北部は「より良く、より速く」歩み始めた。彼はDeep Cのオフィスの窓から真新しいビル・マンション群に囲まれたハイフォン市の新行政センターを指差していう:「2018年にベトナムに転任・移住した時には、南部にすらこんな建物はまだなかった」。

繁栄基調を後押しした米国の関税政策
ベトナム北部は1993年から2014年までの間に4000万人を貧困から救い、すでにゆっくり着実に繁栄への道を歩み始めていた。米国の関税政策がさらなる経済の触媒となった。ベトナムの考古文化と共産主義革命の中心地である旧北ベトナム地域では、政府当局者の迅速な行動が外国資本投資家の切迫感と一致した。ジャスペール氏によれば、ベトナムの各地方では、製造業の許認可に関する行政の意思決定にはかつては18~24か月かかっていたが、現在は6~9か月しかかからない。南部が守勢に回る(ホーチミンシティー都市鉄道は二十年間の計画・建設期間を経て、ようやく完成にこぎつけようとしているありさまで、もはや「良くも早くもない」)一方で、北部は高度成長を続けている。トランプ米大統領が中国製品に関税を課して以来ベトナムDeepCの営業収入と純利益は5倍に増加した。ティン氏たちが住む元・寒村もいまや面目を全く新たにした。韓国LG電子の工場が2019年に拡張されると、近隣の村々の狭い通りは、高くはないが安定した収入が得られるようになった地元の労働者を対象とする、色とりどりの食堂や理髪店が並ぶ商業街へと変貌した。空き地はすべて労働者のためのアパート群に変わった。ティン氏もまた現在家族とともに35室のアパートを管理している。近くではファム・ティー・チャム夫人(55歳)が自宅裏の池の水を抜いて8室のアパートを建て、1室毎月家賃約60米ドル(約1.5ミリオンドン=150万ドン)で貸し出している。多くの労働者はベトナム中部からの出稼ぎ労働者である。彼らは以前のように南部に出稼ぎに行くのではなく、北部に来るようになっている。三年前、ジバンシィの海賊製品のTシャツを着た26歳の寡黙な若者チャン・ヴァン・シー君はLG電子で働くために沿海の省からここへやってきた。彼は給料の60%を故郷に送金するために貯金しているという。これは労働者用アパートのロビーのどこでもよく聞く話である。出入り口にはサンダルではなくおしゃれなスニーカーが並び、外には自転車ではなく単車が駐められている。ティン氏の9人の孫全員が大学に通っているか、工場で働いているという。「わたしたちの世代では、こんなことは想像もできなかった」。いまとなっては、この進歩・発展が止まることのほうが想像できないだろう。ティン氏は政府が堅調な製造活動を維持すると確信していると強調し、ハノイの指導者たちに期待する。トランプ氏は、自らが生み出した、中国国外での好景気を、米国を守るために打ち破ってしまうのだろうか。「万事如意」(すべてが順調に進みますように)とティン氏はLG工場の照明を見ながら祈る。「この会社や工場が今後も拡大し続けますように」。(記事ココマデ)

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