見出し画像

トランプ米大統領が二期目初日にエネルギー大統領令を公布―ベトナム原子力事業再起動への露の協力と米国・米企業の対応:米国としての重点支援対象はブンタウ・ロンソンLNG火力事業か

2021年9月以降の米クアンタム-コーポレーションと越パートナー企業の動き
2017.5.29付けベトナム能量協会(Vietnam Energy Association)機関紙「ベトナム・エナジー」(越字電子版)に、2016.11.22のベトナム国会のニントゥアン省(寧順省)における原子力事業の中止決議を受けた「原子力の代替案」と題する記事が掲載され、その中でLNG(液化天然ガス)火力のベースロード電源としての代替可能性が強調された。その直後、2017.6.07付け「ベトナム・エナジー」において、バリア・ブンタウ省とベトナム電力(EVN)傘下の「EVN-GENCO3」(第三発電総公司:この phát điện-発電は日本語の発電ではなく電源開発の意)との間で着工準備作業が始まったと報道されたのが、ブンタウ市ロンソン社(隆山社)におけるロンソンLNG火力発電事業である。出力3,600メガワット-MWを1時間あたりで出力可能電力量が3,600メガワット時-MWhと考えると、もし1年365日(8,760時間)まったく休みなく稼働した場合の出力可能電力量は31,536,000 kWh≒31テラワット時-TWhである(2023年の越国内電力消費量 250 TWh の12%超にあたる)。

情報技術(IT)、データストレージを中心に多業種に投資する米国企業クアンタム・コーポレーション(Quantum Corporation:本社・米国加州サンノゼ)は、StorNext共有ストレージ・ファイル・システムなどのデータストレージ技術で知られ、スイス・ジュネーブ郊外にある欧州原子核研究機構(CERN)のアリス実験(ALICE: A Large Ion Collider Experiment)の支援者でもある。2021.12.17付けベトナム共産党中央機関紙ニャンザン/人民報(英字電子版)が、クアンタム・コーポレーションの米国本社、インド支社とベトナム・キンバク公司(京北都市発展総公司)及びサイゴンテル公司(西貢遠通工芸股份公司)の間での、産業基盤投資協定の署名式(於ニューデリー)を報道した。これに先立ち、2021.9.24付けバリア・ブンタウ省ベトナム共産党党部機関紙バリア・ブンタウ報(越字電子版)は、ベトナム第8次国家電力基本計画に盛り込まれているブンタウ市ロンソン社(隆山社)のロンソンLNG火力発電事業と、ロンソン港など関連するロジスティクス基盤へのクアンタム・コーポレーションによる投資計画を報道した。

PDP8, 2023年5月公布版の付録2「電力部門の重要及び優先投資対象電源及び送電網事業名簿」の第1表「各LNG火力発電事業名簿」:ロンソンLNG火力は同表の第10番である

三年後の2024年12月には、バリア・ブンタウ省チャウドゥク県(週徳県/州德県:DCH公司)と、ホーチミンシティー・クチ県(古芝県:サイゴンテル公司)において、それぞれ大規模データストレージ・センター整備計画が公表された。クアンタム・コーポレーションはデータストレージが本業であり、上記の通り前者のバリア・ブンタウでロンソン火力への投資計画を進行中であり、また後者のサイゴンテル公司は2021年12月の協定以来、クアンタム・コーポレーションのパートナー企業である。従って、チャウドゥクとクチのいずれの事業も、クアンタム・コーポレーションにより技術提供が行われる可能性がある。

原子力をめぐる米越協力と露越協力
ドナルド・トランプ(Donald John Trump)アメリカ合衆国(米)新大統領は、選挙戦中の2024年8月、「政権発足初日に「新たな掘削、新たなパイプライン、新たな製油所、新たな発電所、新たな原子炉を承認する」と誓った。その誓いの通り、2025.1.21付け「ワールド・ニュークリア・ニュース」(英字電子媒体)記事によれば、二期目の政権発足初日、トランプ大統領は「エネルギーに関する大統領令」(The executive order Declaring a National Energy Emergency)を発出し、核エネルギーなどの国内エネルギー資源に注意し、またウランを含む可能性も含め、連邦地質調査所(United States Geological Survey)の重要鉱物一覧の更新を検討するよう指示した。

露越間の原子力協力は、米越間の原子力協力と複雑に絡み合う。露越原子力協力協定は、主に、ホーチミンシティー北東300kmにある、ベトナム中部高原ラムドン省ダラット市第一坊原子力通り一番地、出力500 kWh のダラット原子炉(Viện Nghiên cứu Hạt nhân Đà Lạt-多洛核仁研究院:ダラット大学となり)に関するものである。ロシアによる対越原子力協力事業は、旧南越時代に米国の協力で1963年に稼働を開始し、1970年代初めにいったんリプレイスされた米国製トリガⅡ型原子炉(旧立教大学原子炉と同型炉)の再建事業だった(外殻はトリガⅡ型のまま)。この再建事業は1980年に着工され、1984年に完成・稼働開始し、放射線技術による「ダラットの青い薔薇(ばら)」などの開発に寄与した。2007年、米国はダラット原子炉が低濃縮燃料を使用できるようにするための改修工事に協力した。ダラット原子炉はVINATOM(ビナトム=Viện Năng lượng nguyên tử Việt Nam-越南原子能量院)によって運営されてきたが、今年、2025年中に閉鎖される予定である。トランプ大統領は就任初日に「エネルギーに関する大統領令」を発出したものの、就任に先立つ昨年10月以降、ジョージア州ボーグル(Vogtle)原子力発電所の拡張など米国内の大規模原子力発電所建設に対する米国連邦政府の支援について「費用が掛かりすぎる」として消極的な姿勢を示していた。過去に米国企業が支援を行ってきた海外の原子力事業についても、政権発足後においても、消極的な姿勢をとり続けるだろうか。2025.1.15付け国際外交専門誌「ザ・ディプロマット」(英字電子版)に、露企業と越企業の間での原子力協力協定署名と、これをめぐる米露の角逐に関する記事が掲載された。以下、訳出する(*越政府と英米政府の近年の極めて良好な関係にもかかわらず、英国 BBCと米国 The Diplomat のインターネット公式サイトは越政府によってインターネット上での閲覧が遮断されており、その越国内での閲覧は仮想プライベート・ネットワーク(VPN)を通じて行う必要がある):

ベトナム国営企業がロシア国営企業との原子力協定に署名

Vietnam Signs Nuclear Cooperation Deal With Russian Government

セバスチャン・ストランジオ
https://thediplomat.com/2025/01/vietnam-signs-nuclear-cooperation-deal-with-russian-government/
ベトナム政府は、費用面と安全面の懸念による原子力発電事業中止から約十年後に、企業による原子力計画を再開した。

ロスアトムとEVNの原子力協力協定への署名
ベトナムとロシア連邦(露)の各企業は昨日(2025.1.14)、原子力発電に関する協力を強化する協定に署名した。これは、ベトナム政府において新たに生じた原子力エネルギーへの期待にとって重要な進展となる可能性がある。米国AP通信によれば、この協定はロシアのミハイル・ミシュスチン(Mikhail Vladimirovich Mishustin)首相のハノイ訪問中に、ロシア国営原子力企業ロスアトム(PocAtom/RosAtom)と国営ベトナム電力(EVN)の間で締結された。ミシュスチン首相はまた、ベトナム政府ファム・ミン・チン(范明政)首相と二国間首脳会談を行い、ベトナム共産党トー・ラム(蘇霖)書記長、ベトナム国会チャン・タイン・マン(陳青敏)議長とも会談した。両国はまた、デジタル経済と無線通信における協力を約束する一連の協定にも署名し、ベトナム国防省とロシア科学高等教育省が署名した協定に基づき、海洋調査船をベトナムに譲渡することにも合意した。AP通信によれば、ミシュスチン首相は、「ベトナムは東南アジアにおけるロシアの重要なパートナーである。きょうは、2030年までの、ロシアとベトナムの包括的協力計画について協議する予定だ」と述べた。ベトナムとロシアの貿易と経済交流は限定的だが(2023年の二国間貿易はわずか36億ドルで、中国との1710億ドル、米国との1110億ドルには遠く及ばない)、両国は防​​衛とエネルギー問題において緊密なパートナーであり続けている。
https://apnews.com/article/vietnam-russia-putin-nuclear-energy-ukraine-climate-832d3ff55fda8ed9d5d2a3f518e5d4c4\
https://www.reuters.com/business/energy/vietnam-signs-nuclear-cooperation-deal-with-russias-rosatom-2025-01-14/

ニントゥアン原子力発電事業の再起動
ベトナムは1995年以来、原子力発電の導入を検討している。2006年には中部南端ニントゥアン省に合計4,000 MW の原子力発電所2基を建設するという具体的な提案が浮上していた。しかし、2016年(11月22日)、安全上の懸念や「経済状況」(economic conditions)など、さまざまな懸念から、ニントゥアン原子力発電事業は(国会によって)中止された(were canceled; Quốc hội quyết dừng dự án điện hạt nhân Ninh Thuận)。その後、ベトナムの急激な工業化の進展によるエネルギー需要の増加により、政府は経済成長を維持し、2050年までに実質ゼロ排出を達成するために、原子力という選択肢を再検討することになった。2024年11月(12日)、ファム・ミン・チン(范明政)首相は「政府として監督機関(cấp có thẩm quyền-有審権級、ここではベトナム共産党中央執行委員会政治局を指すとされる)にニントゥアン原子力発電事業の再起動を数日来要請中である」(had put forward a proposal to…; đã và đang đề xuất…)と発表した。
https://en.baochinhphu.vn/viet-nam-mulls-over-restarting-nuclear-power-project-111241112173052898.htm

越政府は、越国内電力消費量は(国内総生産GDP予測年率6.5~7.5%の伸びと共に)12~13%ずつ増加し続け、2045年までに1兆2000億kWh(1,200 TWh、2023年の越国内電力消費量は250 TWh)に達すると予測しており、2023年に発表された第8次国家電力基本計画(PDP8)の予測値を上回る(significantly higher than the…)(訳者注:誤記か。PDP8公布版における2050年時点(2045年時点ではない)の電力消費量推定値は1兆1141億~1兆2546億kWhで、現行予測値と同じであり、予測値を上回っていない)。PDP8公布の1年前(2022.5.30)、グエン・ホン・ジエン(阮鴻延)商工相は国会で「(COP-26における公約達成のために取組む各国と同様に、越)政府はクリーンエネルギー開発にに取り組んでいるが、(太陽光、水力、風力の断続性を克服できる「安定したエネルギー源」が不足していることから)、原子力発電への回帰は世界で進行中だ」と発言した(hiện thế giới đã phải quay lại để phát triển điện hạt nhân…)(訳者注: PDP8公布版の付録1「法整備と電力部門の増強に関する優先事業名簿」の2番目「科学技術能力強化事業、基礎研究センター及び開発センター建設事業に「原子力研究開発センター:Trung tâm nghiên cứu phát triển điện hạt nhân-核仁電研究発展中心」が盛り込まれている)。ロスアトムとEVNが協定の中で合意した内容の詳細は現時点では明らかになっていないが、フランス(仏)AFP通信が報じたように、ベトナム科学技術省の関係者は、ロスアトムのアレクセイ・リハチェフ社長(Aleksei Evgenevich LIKHACHEV:日本にも2016年及び2018年に公式来訪し、原子力対話を行っている)が、いったん中止されたニントゥアン原子力発電事業でベトナムと協力することに「非常に興味を持っている」と発言したことを明かした。
https://baotintuc.vn/thoi-su/chua-xem-xet-den-viec-bo-quy-hoach-dien-hat-nhan-20220530185714256.htm
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_003087.htmlhttps://www.mofa.go.jp/mofaj/erp/jrea/page11_000111.html¥

露・日・米の複雑な三角関係
2016年に中止される前、ニントゥアン原子力発電事業は、ロスアトムとJINED(ジーネッド:日本の原子力産業コンソーシアム)の支援を受けて進められる予定だった。ベトナムで原子炉は、1980年代初頭に旧ソ連時代のロスアトムの支援を受けて再建された(米国トリガⅡ型)500 kWh のダラット原子炉だけである。(このような現状において)ベトナムは原子力発電への飛躍の準備ができているのだろうか(Is Vietnam ready to make the jump to nuclear?)。11月(2024.11.12)、RMITベトナム(豪州ロイヤルメルボルン工科大学ベトナム校)経営学講師リチャード・ラムサワク博士は(「ベトナム・ファイナンス」越字電子版のインタビューに答える形で)、ベトナムが克服すべき主な障害が3つあると主張した。一つ目は費用である。ベトナム経済は2016年以降も依然着実に成長しており、国内総生産(GDP)は、原子力計画を中止した2016年の2,517億ドルから、2023年には4,298億ドルにまで成長している。しかし、原子力発電所には多額の初期投資が必要であり、越政府は費用対効果を慎重に検討する必要がある。二つ目は安全性の問題である。国民の安全性に対する認識は2011年の福島原発事故の影響が色濃く残っている。三つ目は「原子力エネルギー開発に不可欠な」労働力の育成である。後者の目標はロシアとの協力で取り組むことも可能かもしれない。2016年に最後の原子力エネルギー計画が中止される前には、すでに数百人のベトナム人学生と技術者がロシアで学習し、訓練を受けていた(訳者注:日本の東海大学工学部原子力学科でもベトナム原子力人材育成を行っていた)。ベトナムの原子力発電事業にロシアが関与する場合には、地政学的摩擦の問題もある。近年、米国政府は、ロスアトムの役員数十名に制裁を課している。最近では、2025年1月10日にも、(英国と共に)、ロシアのエネルギー部門に課された「包括的制裁」の一環としてロスアトムへの制裁を実施した。これがベトナムの企業ベースの原子力エネルギー計画の発展をどのように、どの程度、妨げるかは、まだ分からない(翻訳ココマデ)


2025.1.10付けのバイデン元大統領によるロシアの石油・天然ガス収入を標的とする大規模な制裁措置は、トランプ大統領就任後は米国国務省公式サイトから削除されている。この削除は、露越両国のエネルギー業界関係者には明るい材料であろう。トランプ大統領は「ウクライナ戦争を終わらせる」(to end the Uklaine war)と表明しており、今後、米露間で終戦に向けた前向きな交渉とディールが開始され、これらサイトから削除中の制裁は、実際に解除される可能性がある。しなやかな竹外交を得意とするベトナム政府は、2016年以前の日露との原子力協力枠組みを復活させて、ニントゥアン原子力発電所ではロスアトム・JINEDと協働し、またバリア・ブンタウ・ロンソン液化天然ガス火力発電所では2021年の協定に基づいてクアンタム・コーポレーションと協働し、JETPやAZEC(エーゼック=アジア・ゼロエミッション共同体)の枠組みを通じてガスタービン・コンバインド・サイクル発電(GTCC)や二酸化炭素回収貯蔵システム(CCS)を導入して石炭・石油火力からの排出を最低限に抑え、原子力と液化天然ガスという二つのベースロード電源の軸を得ようとするのではないか。ベトナムは、この二つのベースロード電源に依拠することで、露・日・米と均衡を取り、ダニムやダイニンなどの分水嶺を越えて水を移す大型水力発電所における揚水発電や、再生可能エネルギー(水素、太陽光、風力、波力、潮力など)を発展させ、国際連合気候変動枠組み条約締約国会議(COP-26, 2022)における2050年までにネットゼロ(正味ゼロ)排出を達成するという関与責任(コミットメント)の実現と、2045年に必要とされると予測される1200 TWhの発電量の確保を果たす、そういう方向へ今後動いていくものと予想される。以上。

*文中の固有名詞の漢字表記は1945年以前の公的資料中の漢字表記例及びホーチミンシティー・ベトナム共産党党部機関紙「サイゴン解放報」華字電子版等の表記に基づく。

2025.1.10付けのバイデン元大統領による米国の対露石油・ガス・エネルギー向け制裁は、トランプ大統領就任後は削除されている

いいなと思ったら応援しよう!