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漫画だけれどマンガじゃない、個性的な創作スタイル:アンスティチュ・フランセ&キムドン漫画創作コンテスト2024

2024年12月22日(日)、バリア・ブンタウ省内の漫画・アニメーション・ゲーム・コスチュームプレイ(コスプレ)愛好者たちが集う冬至の文化イベント「ホイ・ラーン」(Hội Làng Đảo Nhiệt Đới Vũng Tàu 26「ブンタウ熱帯島村祭り」:これは東方プロジェクトのイベント「博麗神社例大祭」の名称から触発された命名だろう)がブンタウ市パレス・ホテルで行われ、漫画やコスプレのファンたちが至福の一日を過ごした。

映画監督のファン・ザー・ニャット・リン(Phan Gia Nhật Linh/潘嘉日齢)や、歌手のズオン・ホアン・イエン(Dương Hoàng Yến/楊黄燕)、グエン・ジエウ・フエン(Nguyễn Diệu Huyền/阮妙絢、芸名はファオ/Pháo, 錦織敦史監督のアニメーション「ダーリン・イン・ザ・フランキス」のヒロイン・ゼロツーを題材とする音楽ビデオクリップ「Hai phút hơn」はTik TokやYoutubeで全世界閲覧回数5億回を超える)など、若手・女性を中心にベトナム・コンテンツ産業の担い手が成長している。

日本国外務省・名古屋市・テレビ愛知などからなる実行委が主催する世界コスプレサミットには毎回ベトナム代表選手団がエントリーしている。漫画(truyện tranh)についても同様で、日本国外務省が主催する日本国際漫画賞は2015年以来四人のベトナム人漫画家が入賞している。うち、三人は女性である。コアコミックス(新潮社と吉本興業が後援)の「コミックゼノン」が主催するSMA(世界サイレント・マンガ・オーディション)にも2013年以来約十名のベトナム人漫画家が入賞しており、2023年にはコスプレもたしなむベトナム人女性漫画家なち(Nachi)が日本国際漫画賞とSMAのダブル入賞を果たしている。日本国際漫画賞受賞作は宮澤賢治風・稲垣足穂風のコズミック・メルヘンである。

なち「ザ・ダンシング・ユニバース」(2023)

https://www.manga-award.mofa.go.jp/pdf/award17th/The dancinguniverse.pdf
https://www.manga-audition.com/hello-sma19-award-winner-nachi/

「なち」女史の筆名も無国籍風だが、日本で活動する中・韓・越(ベトナム)人の漫画家たちは、洗練された「マンガ・スタイル」で漫画製作を行い、無国籍風の筆名を使うことが多い。中国名で活動する「日本の月は丸い」のシ・セツキ(史セツキ)、韓国名で活動する「アメンオサ」(暗行御史)のヤン・ギョンイル(梁慶一)、「蒼天航路」原作者の故イ・ハギン(李學仁)は例外だろう。フランスで活動する越系フランス人漫画家クレマン・バループ(Clément Baloup)も、名前は純フランス風だ。

2024年12月11日、ベトナムと深くかかわってきた二人のフランス人男性漫画家、クレマン・バループ、マクシム・ペロスと、ベトナムを代表する二人の男性漫画家、ター・フイ・ロン(謝輝龍)、タイン・フォン(阮成風)が一堂に会して「アンスティチュ・フランセ・ベトナム(ベトナム・フランス学院)&ハノイ・キムドン出版社 漫画創作コンテスト2024」審査員を務め、一等賞(最優秀)作品をはじめとする各受賞作品を選出した。わたしは、12月13日(土)、タイン・フォン氏が漫画原作者カイン・ズオン(阮慶洋)氏、コスプレイヤー・なみ(Nami/陶芳草)女史らとともに運営するハノイ市タイハー通りの漫画製作集団コミコラを訪ね、旧交を温めた。以下、インターネット上で公開されている、「アンスティチュ・フランセ&キムドン漫画創作コンテスト2024」審査員の越仏四人の鬼才の作品を挙げておこう:

Kindle Unlimitedメンバーシップで読める Clément Baloup「越僑の記憶」2018:ベトナムからフィリピンへ、そしてフランスへ、祖国を離れさまよう越僑(のちに越系フランス人となる)家族の壮大な物語。

Kindle Unlimitedメンバーシップで読める Maxime Péroz「西貢のビッグバン」2020:フランス国立高等美術学校(ボザール、国立芸術大学)を中退した主人公の、ホーチミンシティー/胡志明城舗(サイゴン/西貢)での情熱的な日本人女性アキコとの愛欲の生活と苦悩を明るいタッチで描く十八歳未満閲覧禁止漫画。

試し読みサイトで読める Tạ Huy Long/謝輝龍「ゼーメン/蟋蟀漂流記」:ベトナムの大文豪 Tô Hoài/蘇懐が二十歳で書いた傑作児童冒険文学の漫画化。日本語訳題は「コオロギ少年大ぼうけん」。

試し読みサイトで読める Tạ Huy Long/謝輝龍「破強敵 報皇恩―六字金繡軍旗」2021(歴史作家 Nguyễn Huy Tưởng/阮輝想 原作小説の挿絵):十三世紀、元寇のさなか、弱冠十八歳にしてソンカウ/求江(如月江)の戦いに散った勇者チャン・クオク・トアン(陳国瓚)の忠君愛国の生きざまと死を描く。

https://api.pageplace.de/preview/DT0400.9786042028110_A26636200/preview-9786042028110_A26636200.pdf

thuvienpdfサイトで読める Thành Phong/阮成風「あばたの殺手」2011:絶版のため紙媒体では読めないピリカラ風刺漫画。

https://drive.google.com/file/d/1H5qkZ21U5h1WRj4i-VRxJ_Yzy7R2K8EN/view

日本国際漫画賞サイトで読める Thành Phong/阮成風& Mỹ Anh/美桜作画、Khánh Dương/阮慶洋原作「龍神将伝説」2015:現代の霊媒幼女が語る、モンゴルのベトナム侵攻(元寇)前夜の勇者たちの壮絶な前半生。

現代の霊媒幼女が語るベトナム大越陳朝 紹宝元年(1279年)から始まる壮絶な物語:龍神将伝説

https://www.manga-award.mofa.go.jp/albm/9_215_2_2_all.pdf

タイン・フォン氏とそのライバルたち、鬼才四人が選んだ2024年ベトナム漫画界の収穫はどのようなものだろう。以下、2024.12.11ハノイ・キムドン出版社プレスリリース「アンスティチュ・フランセ&キムドン漫画創作コンテスト2024結果発表」を訳出する。

盛り上がりをみせた五か月間(2024.6.01~2024.11.01)、アンスティチュ・フランセ・ベトナム(ベトナム・フランス学院)とハノイ・キムドン出版社(金童出版社)が共催する漫画創作コンテストは、ベトナム全国の漫画原作者・作画者たちの関心を集め、百を超える有効な応募作品がコンテスト実行委員会に送られてきた。そして、予選選考(ソーカオ/初考)と本選選考(チュンカオ/終考)の二回の選考(hai vòng chấm)を経て、越仏両国の著名な漫画作家たち、クレマン・バループ、マクシム・ペロス、ター・フイ・ロン、タイン・フォンからなる審査員が、一等賞(最優秀)作品をはじめとする各受賞作品を選出した。

アンスティチュ・フランセ&キムドン漫画創作コンテスト2024受賞作品:

一等賞(最優秀賞):チャン・カク・コアン「バロットについての小論」

一等賞(最優秀賞): 作者チャン・カク・コアン/陳克寛 (1990 年ラムドン省/林同省生まれ、訳者注:名前「克寛」は男性であることを示す) - 作品: 「バロットについての小論」*フィリピン語バロット/balut は越語(ベトナム語)でチュンヴィッロンという。孵化中のアヒルのゆでたまごで、おやつのようなもの。

二等賞:カオ・ホアン・アイン・トゥー「赤鉛筆」

二等賞:作者カオ・ホアン・アイン・トゥー/高黄英書(1999年ホーチミンシティー/胡志明城舗生まれ、訳者注:名前「英書」は女性であることを示す) – 作品:「赤鉛筆」

三等賞:チャン・タオ・グエン「他人事の封鎖」

三等賞(作家:チャン・タオ・グエン/陳草原(1996年ホーチミンシティー/胡志明城舗生まれ、訳者注:名前「草原」は女性であることを示す) – 作品:「他人事の封鎖(ロックダウン)」

奨励賞:グエン・ハイ・ナム、ドー・ディン・クオン「虫たち:常緑を求めて」、
ゴー・ティー・ゴク・アイン、ヴオン・ニエン・カーン「貸本屋」

奨励賞(二人)
・作者:グエン・ハイ・ナム/阮海南、ドー・ディン・クオン/杜廷疆(訳者注:二人とも名前は男性風)(Nguyễn Hải Nam, Đỗ Đình Khương)、作品:「虫たち:常緑を求めて(Finding Evergreen)」
・作者:ゴー・ティー・ゴク・アイン/呉氏玉英、ヴオン・ニエン・カーン/王然康(訳者注:二人とも名前は女性風)(Ngô Thị Ngọc Anh, Vương Nhiên Khang)、作品:「貸本屋」

二等賞、三等賞、奨励賞を得た作者には、それぞれ15,000,000ドン(≒600米ドル、9万円)、10,000,000ドン、5,000,000ドン相当の賞金と実行委員会からの賞状が贈られる。一等賞を得た作者には、2025年初頭に開催されるフランス最大の漫画文化芸術イベント、アングレーム漫画祭への参加が後援される。これは、ベトナム人漫画家が世界を代表するコミックメーカーたちと交流し、彼らから学ぶ非常に貴重な機会となるだろう。

漫画家・挿絵画家ター・フイ・ロン氏はいう:「各応募作品にはさまざまな表現の様式(style)があり、そこには若い作家たちが周囲の社会問題に関心を持っていることが示されている。われわれ審査員は、個人の創作の様式を明確に示した作品を高く評価する。①ストーリーテリング(lối kể)、②題材の展開の仕方、③物語のリズム(nhịp điệu câu chuyện)における専門性の高い表現により、一等賞作品「バロット(チュンヴィッロン)についての小論」は審査員団から満場一致で高く評価された。この作品はいまの人々の暮らしに寄り添い、この作品を通じて、読者はいまどきの若者たちの心情や思考を見ることができるだろう。あるいは、成熟した大人の読者であっても、彼らに感情移入できる(nhìn thấy mình trong đó)かもしれない」

漫画家クレマン・バループ氏はいう:「作品の選考はベトナム全国を範囲として行われたため、競争のレベルは非常に高かった。コンテスト参加者たちはみな、絵を描く技術とストーリーテリングの能力において熟練さを体現していた。彼らの厳粛でよく工夫された取り組み(投資, đầu tư)は本当に素晴らしかった。今回受賞した各作品の最も優れた点は、その、漫画芸術がもたらす潜在能力を完全によく開拓した、深い芸術的メッセージ(深鋭芸術通牒 thông điệp nghệ thuật sâu sắc)と創造的なアプローチ手法(創造接近格, cách tiếp cận sáng tạo)である。ベトナム人漫画家は特別な芸術的感性(敏感事, sự nhạy cảm)を持っている。彼らが唯一必要としているのは(chỉ cần)読者を大人まで拡大しながら、より自由に自分自身を表現するための条件を(ベトナムの社会が?世論が?)作り出すことだけだろう。そして、そのことは(điều này)、ベトナムにおいて、漫画が第九芸術(第一:建築、第二:彫刻、第三:絵画、第四:音楽、第五:文学(詩)、第六:演劇、第七:映画、第八:メディアアート(アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術)に次ぐもの)という、一つの独立した芸術形式として公認されることに寄与するだろう」。(訳者注:この「特別な感性」が何を指すかはよくわからない。ベトナムやインドネシアなど東南アジアの漫画家たちの特別な感性というと、政治(ベトナム)や宗教(インドネシア)などの話題を敏感な問題として作中で極力避ける感性などが考えられる。)

アンスティチュ・フランセ&キムドン漫画創作コンテスト2024は、ベトナム人漫画作家たち(原作者・作画者)を発掘し、ベトナムの漫画作品群をさらに発展させたいという願いから実行された。応募作品の受付期限は2024年6月1日から2024年11月1日までだった。このコンテストは、漫画家が自分の才能を体現する機会となるとともに、ベトナムにおける漫画制作コミュニティの構築に寄与し、また漫画芸術アルバムの潮流の発展に寄与するものである。今回応募のあった作品群は主題も作風も多様で、様々な年齢層の漫画家たちの創造性(創造事 sự sáng tạo)と熱血さとが体現されており、国内漫画市場に新風を吹き込むことを約束(hứa hẹn)するものである。アンスティチュ・フランセ・ベトナムの支援を受けて、キムドン出版社(金童出版社)は今回受賞作品を出版し、読者に紹介する予定である(記事はココマデ)。

ベトナム/越南は中国と同様に旧正月にセリフ・詞書つきの縁起絵「年画」(tranh tết)を鑑賞する習慣があり、旧正月が近づくとドンホー/東湖などハノイ/河内周辺の版画村が年画を買い求める客で賑わう。阮朝期には清国広東省仏山の年画の、フランス統治期にはフランス風刺漫画やバンドデシネ(仏国漫画)の、ベトナム戦争期の旧南ベトナムではアメコミ(米国漫画)の、統一後には旧ソ連の風刺漫画誌「クロコディール」などロシア風刺漫画の影響も受け、ベトナム漫画の伝統は長い。タイン・フォン氏たち、ベトナム戦争 戦後生まれの世代は、本人いわく、日本の漫画とゲームの圧倒的影響下で漫画創作を開始した。ター・フイ・ロン氏のいう「個人の創作の様式を明確に示」すとは、誤解を恐れずに言えば、日本風(あるいは無国籍風)なマンガ・スタイルを深く学んだ上でそこから脱し、個性的なスタイルを確立することを指すのだろう。日本から学びはしたが、日本のまねではまったくない、そのようなベトナム・オリジナル漫画作品群を、わたしたちはこれからたくさん楽しむことができそうだ。



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