【通学カバンを科学する】#1 私たちがつくっているのは、道具としてのランドセルではない。
ランドセル国内製造販売本数No.1※ブランド『フィットちゃん』の魅力を伝えるnote。#1では、代表の橋本昌樹がランドセルづくりにかける思いを語ります。
1.子どもが一番喜ぶランドセルを目指して
−橋本さんがランドセルづくりで大切にしていることは何でしょうか?
何よりも“誰が使うのか”ということを一番に考えるようにしています。通学カバンとしての品質や耐久性はもちろん重要ですが、使う本人が好きになれること、子どもたちが喜べることが大前提だと思うんです。やっぱり好きじゃないと持っていても楽しくないし、大切に使いたいとも思えないですよね。
−確かに、自分の子ども時代を思い返してみても、お気に入りの服や文房具は他のものよりも大切に使っていました。
それまで遊ぶことが仕事だった子どもたちにとって、ランドセルは小学校という新たなフェーズに踏み出すためのスイッチのような役割も担っていると思うんです。成人式で着る袴や振袖に近いかもしれません。ただ5、6歳の子どもからすると、自分が生きてきたのと同じくらい長い年数をともに過ごす相棒を選ぶわけですから、より大きな決断ですよね。だからこそ、単なる通学のための道具だけではなく、子どもたちの憧れを形にした製品をつくることも我々の使命だと思っています。
−子どもたちに喜んでもらうために必要なことは何でしょうか?
子どもたちが求める色や装飾は最大限追求しながら、親御さんにも納得していただけるデザインとのバランスを取ることですね。ランドセルは使用者と購入者が異なる製品で、本人がいくら気に入ったとしても、親御さんと意見が合わなければ買ってもらえない可能性があります。だからと言って、親御さんさえ納得してくださればいいというものづくりはしたくない。親子・ご家族で話し合った結果、最終的に子どもたちが自分の好きなランドセルを手に取れること、“自分で選んだ”という意識を持てることが一つのゴールだと思っています。
−そのバランスを見極めるのはかなり難しいのではないでしょうか?
そうですね。ランドセルの好みは本当に十人十色なので、豊富なラインナップを用意して、できるだけ選択肢を増やすようにしています。同時に、お客さまの声を取りこぼさず、しっかり咀嚼してデザインや機能面に反映させることも重要です。現在、全国に7つのショールームがあるのですが、接客時に出た意見やお客さまとの細かいやりとりは全て各店舗でまとめて、本部で毎週吸い上げるようにしています。オンラインショップで購入された方へのアンケートも広く実施していますし、私を含む役員も、デザイナーも、技術開発者も、職人も必ず毎月現場へ出向き、全国のお客さまと直接お話しする機会を持つようにしています。子どもに喜んでもらえるランドセルをつくるためには、直接声を聞くことが一番大切です。『フィットちゃん』がNo.1ブランドなのは、この徹底した現場主義によるものだと思っています。
−お客さまの声はどのように反映するのでしょうか?
色々な方法がありますが、例えば最近だと、メタリックカラーのランドセルを選ぶご家庭が増えてきたんです。確かに子どもたちからの人気は絶大なのですが、実際に現場でお話ししてみると、親御さんの方は結構渋々なんですよ(笑)。そこで今後の参考のためにどんな部分に抵抗感をお持ちなのかを伺うのですが、意外とそのお母さんのファッションの一部にはシルバーやゴールドが使われていたりするんですね。それって実はとてもいいヒントで、これくらいの取り入れ方ならOKという親御さんの許容範囲を探ることができるし、親御さんが言語化できない“何となく”の感覚に対しても仮説を立てることができるんです。
−なるほど。微妙なニュアンスは現場でしか得られない情報ですね。
そこから全体に占めるカラーの割合を検討したり、ワンポイントで取り入れてみたりと、試行錯誤しながらデザインに反映していきます。全てが補えるわけではありませんが、そうした日々の小さな積み重ねが重要だと思っています。
2.からだへの負担を減らし、安全性を強化する
−デザイン以外では、どんな要望が多いですか?
一番は“重さ”に関することですね。もともと『フィットちゃん』は業界でもトップクラスの軽さを誇るランドセルなのですが、「ランドセルに今後求める機能は何ですか?」というアンケートの項目で圧倒的に多い回答が「さらに軽く感じる機能」なんです。我々としては、これでもダメか!と(笑)。実はこの問題は、ランドセル自体の重さよりも、教科書などの中身に目を向けるべきなんです。ランドセルはあくまでカバンなので、中身以上に軽くすることはできません。そこで、本体の軽量化だけではなく“いかに軽く感じるか”“重さを技術で軽減できるか”にフォーカスを当て、人間工学に基づいて『楽ッション』という肩ベルトを開発しました。
−学習指導要領が改訂され、教科書のページ数は年々増えているそうですね。
タブレットの支給が始まって、副教材の数も増えていますよね。個人的には、そもそも学校にたくさん教材を持っていかなくても済むような体制ができればいいと思うのですが…。そこはなかなか、我々の力ですぐに変えられることではないので、まずはランドセルで子どもたちの通学を少しでも楽にしてあげたいと思っています。メーカー各社がランドセルの軽量化に極限まで取り組んだ時期もあったのですが、軽さのみを追求しすぎると耐久性も落ちますし、軽いだけでは子どもの負担は軽減できないんです。以前に比べてランドセルも進化していますが、常に研究開発は続けていきたいと考えています。
ちなみに、からだへの負担が一番少ない荷物の持ち方って何だと思います?
−ランドセルのように背負う方法ではないのですか?
人間工学の専門家に聞いたところ、頭の上に載せるのが一番負担が少ないそうです。さすがにそのスタイルで通学するのはどうだろうということで、開発にはいたっていないのですが(笑)。ただそれで子どもたちが少しでも楽になるのなら、極端な話、頭に載せるランドセルだってじゅうぶん検討する価値はあると思います。
−頭上型ランドセル、ちょっと見てみたい気もします(笑)。通学カバンとして、ランドセルには安全性も不可欠ですよね。
教材が重くなったのも時代の流れによるものですが、安全面で求められる機能も時代とともに変化していると思います。共働き世帯が増えたことで学童保育に通う子どもが増え、それに伴って帰宅時間も遅くなっているので、親御さんの心配は増しますよね。そうした不安を解消するために、車のライトに反射して100メートル先までランドセルの形に光る『安ピカッ』という機能も開発しました。
−反射材とはいえ、『安ピカッ』はデザインになじんでいますね。
一般的なシルバーの反射材を使うとデザインを損なってしまうこともあります。先程お話ししたバランスの部分にもつながるのですが、子どもたちに喜んでもらいながら親御さんの不安も解消したいという思いを実現するため、生地に特殊な加工を施し、一見反射材とはわからないようにして、デザインはそのまま保つようにしました。
−「直接声を聞くことがNo.1の理由」とお話しされていましたが、そうした技術や研究開発の分野においても強みになっていますか?
そうですね。新製品の開発を一年中行っているので、デザイナーや職人がお客さまの声をスピーディーに反映できる体制が整っていることも、『フィットちゃん』を選んでいただける理由につながっているのではないかと思います。
3.日本が誇る美しい文化を広げたい
−『フィットちゃん』の運営元であるハシモトグループがランドセルの製造を始めたのはいつですか?
1984年です。創業は戦後すぐの1946年で、当初は配給品の帆布やゴム布を使って、学生カバンやリュックサックを製造していました。ランドセル事業への参入は業界大手の中では最後発だったので、まずは認知していただくところからのスタートでした。常にお客さま目線で、子どもたちのために愚直に挑戦を続けてきたことが、今の『フィットちゃん』の礎になっていますね。
−約40年の間に、ランドセル市場はどう変わりましたか?
長らく黒と赤の2色が主流でしたが、20年ほど前からランドセルのカラー化が進み、さまざまな機能や装飾も登場して、自分の好きなデザインを自由に選べるようになりました。アパレル化とまでは言えないかもしれませんが、自分の個性をランドセルで表現するという考えが浸透してきたように思います。
−今後、ランドセルづくりに求められることは何だと思いますか?
昨今、さまざまな業界で“サステナブルな〇〇”といったワードが話題になっていますが、ランドセルはもうずっと以前からサステナビリティを体現している製品だと思うんです。大人よりもものを乱雑に扱いがちな子どもが6年間使えて、かつ100%修理対応しますと言い切っているものなんて、他にはなかなかないと思います。当たり前になりすぎてランドセルにサステナブルなイメージを持つ方は少ないのかもしれませんが、環境に配慮した素材も使っていますし、時代の最先端を行く製品だと我々は自負しています。そして製品自体だけでなく、製造過程にも環境配慮を取り入れていく必要はあると思っていて、今期からランドセルづくりに必要な電力を全て水力・風力・太陽光などの再生可能なクリーンエネルギーに切り替えました。
−素晴らしいですね。では最後に、橋本さんの展望を教えてください。
今後、海外でもランドセルの文化が受け入れられるようになれば嬉しいですね。“MOTTAINAI(もったいない)”というワードが世界共通言語として広がりつつありますが、この日本独自の精神が育まれた背景の一つには、ランドセルの存在もあるのではないかと私は思っています。小さな頃からランドセルに触れる日本の子どもたちは、ものを大切に使う心と“もったいない”精神を育むことができる。我々のものづくりを通して、そうした日本の美しい文化をもっと世界に広げていけたらいいなと思っています。