これまでの研究(後編)
“Taxonomic revision of Microcotyle caudata Goto, 1894 parasitic on gills of sebastids (Scorpaeniformes: Sebastidae), with a description of Microcotyle kasago n. sp. (Monogenea: Microcotylidae) from off Japan”『日本におけるメバル複合種群のエラに寄生するMicrocotyle caudataの分類学的再検討とMicrocotyle kasagoの記載』の残り半分である、新種記載についてです。
カサゴって?
カサゴ(Sebastiscus marmoratus)は、日本近海を含む太平洋西部に生息するメバル科の魚類です。メバルと同じくは食用や釣りの対象魚として有名な魚の1つです。地域によって呼び方が異なると思いますが、私の住んでいる地域では、“ガシラ”と呼んでいます。
なぜ、メバルの寄生虫の研究をしているのに、カサゴの話がでてくるのでしょうか?それは、精巣数の違いからMicrocotyle caudataとは異なる種であるとされたMicrocotyle sebastisciはカサゴから発見されたためです。また、M. sebastisciはカサゴの養殖場で大量発生し、魚病を引き起こす原因としても有名でした(Fukuda, 1999)。M. sebastisciはM. caudataであるということは明らかにしたのですが、カサゴについているコガタツカミムシ(Microcotyle)単生類もM. caudataなのか確認する必要がありました。
とりあえずDNA解析
垂水漁港で釣ってきたカサゴを解剖して取り出したコガタツカミムシ単生類のDNA解析をしました。余談になりますが、単生類(扁形動物)の分類学的研究は、形態学的手法を用いるのが主流であったため、DNA解析による種同定は今でもほとんどできません。しかし、長い間コガタツカミムシの研究をしていたので、DNA解析を行えばM. caudataなのかどうかは分かるようになっていました。
結果は、M. caudataではありませんでした。有名な動物群であればこの時点で新種発見となるのですが、DNA情報(塩基配列)が全くわかっていない種が多くあるコガタツカミムシ単生類では、「M. caudataでない」ということしか分かりませんでした。それからは、カサゴに寄生していたコガタツカミムシ単生類の標本と記載論文のスケッチを比較する日が続きました。
雑談は大事!?
世界中のコガタツカミムシ単生類の記載論文と見比べましたが、結論は「M. caudataと著しく似ている」でした。しかし、M. caudataとはDNAが異なるので何か違いがあるはずです。そんなある日、生徒と「口元って大事よね」という話をしていた時、ひらめきました。口のように見える生殖孔の形が違っているのではないかと思い、校舎閉鎖30分前だったので、とにかく標本の生殖孔だけ写真を撮りました。標本によって閉じたり開いたりしていたので形は異なるのですが、長さを測ると違いははっきりしていました。M. caudataは大豆のような形で、カサゴについていたコガタツカミムシ単生類は円形でした。
目黒寄生虫館へ!
研究の仕上げに原記載標本をみる必要がありました。原記載標本というのは、ある生物が初めて発見された時に証拠として残しておく標本で、ホロタイプともいいます。私たちは、『M. caudata とM. sebastisciに種としての違いはない』『カサゴには生殖孔が円形の新種がいる』と発見しました。しかし、M. caudata とM. sebastisciの原記載標本には私たちの見落としている違いがあるかもしれませんし、すでに発見されている種の生殖孔が円形である可能性もあります。2日かけて標本を検査しました。また、M. caudataの原記載標本は東京大学総合博物館に収蔵されていたのですが、大変でした。担当してくれた博物館の先生もどこに収蔵されているか把握しておらず、数十年間誰も手をつけていないような棚から探すはめになりました。共著者の方と一緒に探しましたが、まるで宝探しでした。標本の目録と標本がつまった瓶を見つけた時は思わず声が出ました。目的の標本だけでなく、明治時代からの寄生虫学の成果も見ることができたのは感激でした。
結論としては…
目黒寄生虫館での調査を終えたのち論文を書き始め、論文投稿、リジェクト、再投稿、修正を経て、2年後の2020年に論文が出版されました。件のカサゴの寄生虫は、Microcotyle kasago Ono, Matsumoto, Nitta and Kamio, 2020となりました。名前の由来は言うまでもありません。
分類学的な課題は私たちの論文で解決しましたが、魚病学や生態学的な課題が発生することになりました。魚病学的な問題というのは、カサゴのミクロコチレ症の原因がわからなくなったことです。私たちの論文で、ミクロコチレ症の原因とされるM. sebastisciは、M. caudataとなりました。また、カサゴにはM. kasagoが寄生していたことが明らかになりました。カサゴのミクロコチレ症の報告には、病原体である単生類の種同定が正確になされていたわけではありません。つまり、ミクロコチレ症の原因はM. caudataとM. kasagoのどちらかわからなくなっています。
生態学的な問題としては、単生類は一般的に特定の宿主魚類にしか寄生しないとされています。これを宿主特異性が高いと言いますが、M. sebastisciがM. caudataとなったことで、M. caudataが宿主とする魚種が2科3属7種となりました。なぜ、このように多くの魚種に寄生するのか気になるところです。
【参考文献】
Fukuda, Y. (1999). Diseases of Marine Fishes and Shellfishes Cultured in Oita Prefecture Diagnosed from 1980 to 1997. Bulletin of Oita Institute of Marine and Fisheries Science, 2, 41–73 (In Japanese).
Twitterでも生物の話をしています。宜しければご覧ください。