バーティカルSaaSに挑む起業家のリアル|前編 - 農業流通をDXし、全ての農家を支える
UB Venturesが運営する起業家のためのソーシャルクラブ「Thinka」 が第3期メンバーを募集中だ。Thinkaには、特定業界に特化した「バーティカルSaaS」領域で成長が期待される起業家も集う。今回は、それぞれ、農業、貿易業務という、電話や紙のコミュニケーションが主流の業界でバーティカルSaaSを手がける第2期生の二人の起業家、株式会社Zenport太田文行氏と株式会社kikitori上村聖季氏に、Thinkaメンバーのリアルを聞いた。(聞き手は、UB Venctures 大鹿琢也)
上村聖季 Masaki Uemura
株式会社kikitori 代表取締役
名古屋大経済学部卒業後、双日にて石炭トレーディング事業を経験。起業を決意して3年で退社後、国内外で農業に触れ、2015年3月にkikitoriを創業。農業流通特化型SaaS『nimaru(旧bando)』を開発・運営する。青果店等のリアル店舗も4店舗運営する。
農産物の市場流通をDXする
私たち株式会社kikitoriは、農業流通をDXするプロダクト「nimaru」を提供しています。農業といっても幅広いのですが、私たちは足元、農業流通に特化しています。
この領域のコミュニケーションは、今でも電話とFAXが中心。農産物は工業製品と違って、作物の育成状況や天候によっても日々出荷できるものが変動します。農家さんは、どんな規格のものが何ケース収穫できたといった情報を毎日紙に書き、流通業者が大量の紙を集めて入力作業をして、集計作業をするといった状況です。ここを変革したいと思っています。
農業系スタートアップというと、産直のようなD2Cや、マーケットプレイスをイメージする方が多いのですが、私たちのnimaruはBtoBのSaaSで目立たない存在です。ただ実際には、今でも国産農産物の約8割がJAや卸売市場を通した市場流通を介して消費者の元に届いています。ここに変革を起こさないと日本の農業を変えられないという課題感を持っています。
価値があっても利用されなければ意味がない
まずは、流通の最上流にいる農家さんに日々、出荷する農産物の情報を入力してもらう必要があります。そこで私たちは、LINEを窓口として使うことにしました。今は農家さんでもスマホを持っている方は多くなってきましたが、ネイティブアプリをDLしたり、どこかのサイトへログインして登録したりするといった作業をスムーズに行える方はまだまだ少ないです。しかしLINEであれば、スマホを持たれている農家さんのほとんどが、家族や知り合いとの連絡で使っています。さらにnimaruの特徴は、流通業者側で事前に、農家さんごとに野菜や果物、規格を設定することができるようになっている点です。農家さんにとっては、毎日、事前に作られた規格の欄に数字を入力して送信するだけ複雑な出荷情報をデータで簡単に出荷先へ送ることができます。
実は、最初は独自のネイティブアプリを開発していました。しかし、それだと、農家さんにダウンロードして、ログインしていただく必要がある。この瞬間に、ほとんどの方が使わなくなってしまい、利用率はなかなか上がりませんでした。LINEで「友だち登録」すればいい、というアプローチにしたことで、利用率は劇的に改善しました。
利用率が上がったもう一つの理由は、データを受け取る側だけでなく、データを出す農家さんにもnimaruを使うメリットを作ってあげたことでした。
既存の流通の場合、農家さんが農産物を持って行っても、いくらで売れたかは翌日以降にならないとわかりません。流通業者さんが「昨日はいくらでした」と1件1件電話やFAXで知らせないといけないわけです。中には、振り込まれるまで金額もわからないケースさえあります。
nimaruの場合、流通業者の基幹システムともAPI連携できます。流通業者は、通常通りの業務で販売価格をシステムに入力すれば、その価格が自動的にnimaruを経由して農家さんのLINEにも飛びます。農家さんにとっては自分が出荷したものの販売価格をすぐに知ることができます。その他、必要な帳票の自動作成により手書きでの帳票の作成をなくすなど、様々なメリットを農家さんにも提供しています。
八百屋までやる理由
SaaSビジネスをやりながら、実は、リアルの八百屋も4店舗経営しています。立ち上げた頃は、自分が毎朝4時に巣鴨の卸売市場に行って、セリにも参加していました。そうすることで農産物の流通に対する解像度がぐっと上がりました。それに、八百屋の話をすると、ITを毛嫌いしている現場の担当者さんや農家さんも、信用してくれるというメリットもあるんですよ(笑)。
八百屋をやる理由はもう一つあります。SaaSによって業務の効率化はできると思いますが、農業の本質的な課題は、農産物にどう付加価値をつけるか、です。そこに自分として向き合うためには、消費者との直接の接点を持っていたいんです。
2020年後半からは、JAのCVCにお声がけいただいたのをきっかけに、全国の農協さんとも事業連携が少しずつ始まっています。やはり農協さんとの連携なしに私たちが目指しているゴールには到達できないと思っているので、本当にブレークスルーになりました。
Thinkaで自分を客観視してみる
Thinkaに応募したのは、「SaaSをやってるんだったら、岩澤さん(注:岩澤脩。Thinkaを運営するUB Ventures 代表)っていうすごい人がいるから、応募してみたら」と友人に勧められたのがきっかけです。
スタートアップは、自分がやっていることが客観的に見られないところが怖いのですが、Thinkaは同じようなフェーズの起業家が集まって、成功体験も失敗談も聞けます。エンジニアとの付き合い方やレガシーな業界への営業など、本当に学びが大きいです。
これから起業にチャレンジする方には、というか、過去の自分に向けて言いたいのは、自分がやると決めたサービス、業界のことはとことん極めた方がいいということ。一度プロダクトを作り始めると、「こうであってくれ」という期待感で進めてしまい、全然ニーズがなかった、ということが多い。自分がレガシー業界だったこともあるとは思いますが。
あとは、領域に特化して、とにかく継続することも大事です。継続していくことで、その領域での信用を勝ち得ていけます。
これからの5年くらいのスパンでは、まずは、今のnimaruが農業のみなさんがスタンダードとして使うようにしたいです。その先では、海外でも農業を盛り上げるようなプロダクトやサービスを作っていくことを目指しています。
Thinka 3rd Batch募集ページはこちら
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構成:久川 桃子 | UB Ventures エディトリアル・パートナー
2021.06.21