阿波踊りの可能性を切り拓く──寶船・米澤渉さんのNEO阿波踊り集団「スタートアップ化」への挑戦
徳島県発祥の伝統芸能「阿波踊り」。約400年の歴史を持ち、全国各地に阿波踊りの「連」をつらねています。
阿波踊り界の「異端児」とも称される寶船は、東京都三鷹市で誕生したプロの阿波踊り集団です。彼らの派手なメイクや躍動的な踊りは、とても印象的で観る者を魅了します。
阿波踊りを主軸に、新たな日本芸能の可能性に挑む寶船は、国内でのパフォーマンス活動にとどまらず、世界23カ国以上で公演。世界各地で高く評価されています。
そんな寶船を運営する一般社団法人アプチーズ・エンタープライズでは、FIRST DOMINOのサポートを受けて、株式会社化に取り組んできました。
そこで今回は、寶船のリーダーである米澤渉さん(以下、渉さん)をお招きし、FIRST DOMINOの大塚さん、西園寺さんと共に、FIRST DOMINOとの出会いや株式会社化を決めた経緯、今後の展望について話を伺いました。
自分自身の原点であった「阿波踊り」
──まずは、NEO阿波踊り集団「寶船」について教えてください。
渉さん:寶船は、徳島生まれの父・米澤曜が東京で立ちあげた団体です。ありがたいことに、来年2025年で1995年の創設から30周年を迎えます。
私自身は東京都三鷹市で育ち、6歳のころから踊ってきました。ただ当時は、「阿波踊りをやっている」と友達に話すのが恥ずかしくて、なかなか言えずにいましたね。
中学・高校ではバンド活動に打ち込み、高校卒業後にインディーズバンドとして全国ツアーを回れるくらいになりました。少しずつ他のバンドとの差別化で悩むようになるのですが、ある時「きみの原点ってなに?ひょっとしたら阿波踊りが原点なんじゃないの?」と当時知り合った大手レコード会社のディレクターに言われたんです。
そこで思いきってハワイの「ホノルルフェスティバル」に参加し阿波踊りを披露してみたところ、思いのほか観客が喜んでくれて…。これまでの悩みや不安はなんだったんだろう、阿波踊りは国境を超えて人を感動させる力があるのか!という、良い意味での大きなショックを受けました。
それを転機に本格的に阿波踊りで挑戦することを決め、現在はプロメンバー5人、セミプロ、一般メンバーを含め35名ほどが在籍するプロの阿波踊り集団として、年間300件以上も公演活動を行っています。
──コロナ禍での活動は大変だったのではないかと想像します。
渉さん:コロナ禍では、YouTubeでライブ配信をしてみたり、「無礼講」というエンターテインメントのフェスティバルを企画して、音楽・ダンス・日本文化のトップランナーに集結してもらったりと、できるところから活動を続けていました。ありがたいことに、海外から「お祭りが再開したら必ず寶船さんを呼ぶよ」と言ってもらえることも多く、これは心強かったですね。
──新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着いた今、エンターテイメント業界に変化はありますか?
渉さん:コロナ前に比べて、盛大にイベントを打ち上げたいと考える人が増えてきた気がします。みんなで汗をかき、叫び、踊ることの楽しさや、そうしたことへの欲求に、皆さん改めて気づいたのではないでしょうか。苦しい時期をみんなで乗り越えて、ようやくお祭りが戻ってきたんだという嬉しさもありますよね。来場者が増えたお祭りも多く、特に海外では、騒ぐ場を待ち望んでいた高揚感のようなものを強く感じます。
伝統芸能×スタートアップという選択肢
──大塚さんと出会った経緯について教えてください。
渉さん:ある時から、大塚さんの同級生が運営している「Home Island Project」に参加していました。四国が誇る素晴らしい文化を発信するという活動です。大塚さんとはそのころからSNSでつながっていたので、私たちの活動も知ってもらえていたように思います。
2018年になり、前例のないことをやってやろうということで、大型ワゴンでアメリカ大陸を横断しながら全米各地で阿波踊りを披露するというプロジェクトを立ち上げました。クラウドファンディングを通して資金調達をしたところ、支援者の中に「大塚さん」という名前があったんです。「SNS上でつながっている、あの大塚さんかも......」とすぐにピンと来たのですが、まさにその通りでしたね。
その後、渋谷で大塚さんと一緒に食事をする機会があり、そこで様々な話をさせてもらってからずっと交流が続いています。
──その後、FIRST DOMINOとも出会い、支援を受けられるようになったんですね。
渉さん:大塚さんに「寶船を今後より大きく成長させていくにあたって、自主公演や楽曲制作などへ支援をいただけたら嬉しいです」とお話したのがきっかけでした。大塚さんからは、株式会社の形なら出資できるかもしれないが一般社団法人のままでは難しいよね、というようなお返事があり、その時は、何かよい仕組みを考えなければ…という所で留まっていました。
しばらくして2023年の秋ごろにFIRST DOMINOを始めたことを大塚さんからお伺いして、西園寺さんとも初めてお会いしました。そこで改めて、「スタートアップとして株式会社を作るところから一緒にスタートしませんか?」という、ワクワクする提案をいただいたんです。
西園寺:寳船の皆さんとミーティングをさせてもらって、現状の課題から聞いていきました。「せっかく公演の依頼がたくさん来ているのに、企画・運営からパフォーマンスまでをプロメンバー自ら手作りしているので、目の前の公演のことで手一杯。出演できる公演数も頭打ちになってしまっている。」という感じだったかと思います。
そこからの議論はとてもスムーズで、プロメンバーの稼働時間を捻出するために、自分たちの手を必要としない事務業務はなるべく外注してしまおうとか、これまでなかなか取り組めなかったこと(トップ営業や公演以外の収益源を生み出す施策など)にもっとリソースを割いて行こうとか、そういったアイディアやビジョンがどんどん明確になっていきましたね。
大塚:渉さんは、単に阿波踊りをする人だとは捉えていなくて、エンターテイナーだと思っています。阿波踊りという伝統芸能を守るだけでなく、アーティストのように世界ツアーを実施していて、多くの人に感動を与えています。まさにエンターテイナーとしてのプロの阿波踊り集団です。だから、スタートアップとして株式会社化するという発想もごく自然な流れでしたよね。
──株式会社化や出資の話を受けて、渉さんは最初にどう感じましたか?
渉さん:以前から、株式会社化したほうが動きやすそうだなと思いはあったのですが、設立の仕方、出資の受け方に関する知識はほとんどなく、相談できる人も周りにもいなかったんです。FIRST DOMINOから提案を受けた時は、蓋が閉まっていた温泉の源泉が湧き出すように、新たな突破口を見出したような気がしました。
日本の伝統芸能に取り組む団体では、株式会社化してVCなどから出資してもらう事例は少ないんです。ただ、ほとんど前例がないからこそ、ワクワクする部分もあります。こういった形が伝統芸能の世界のロールモデルとなっていき、「寶船のようなチャレンジをしてみたい」と考える人が増えてくれたらいいな、と思っています。
──たしかに、伝統芸能に取り組む団体で、株式会社化を経てVCから出資してもらったという話はほとんど耳にしたことはありませんね。
渉さん:日本の伝統文化は、良くも悪くもお金を稼がない、非営利な活動が一般的だと思われがちなんですよね。歴史をたどると、昔は商店街の人たちがお金を出し合ってお祭りを運営していました。多くの人がお祭りに訪れることで、商店街全体の売上が増えるだけでなく、日常にも活気をもたらし、地域の経済がまわり潤っていたんです。ただ最近では、それすらも難しいこともあります。
お金がないから国内で活動できない、阿波踊りの魅力を発信できないのではなく、最近では海外に向けてPRする方法やツールもたくさんあります。もしかしたらビジネスモデルやツールを変えるだけで、世界中の人々が阿波踊りに注目してくれるような仕組みを作れるかもしれません。
ひょっとしたら今までとは異なるやり方に対して疑念を抱く人もいるかもしれませんが、阿波踊りの魅力を伝える、阿波踊りを楽しんでもらう、という本質は変わりません。前例さえできてしまえば、意外とみんな「こういうことか!」と納得し始めると思うんです。私たちは、その環を広げるために株式会社化したいと思っています。
──渉さんとしては、寶船の阿波踊りを世界中に広めたいというよりも、「阿波踊りそのものをもっと世界に発信していきたい」という気持ちが強いのでしょうか?
渉さん:そうですね。例えば、漫画の世界であれば、一人の売れっ子漫画家が誕生しても市場を独占するようなことは発生しません。むしろ、トキワ荘のように多様な漫画家が集い市場が盛り上がることによって、漫画がより多くの方に読まれるようになりましたよね。阿波踊りも自分たちが市場を占領しようなんて全く思っていなくて、むしろ私たちのやり方をどんどん真似してもらい、阿波踊りをはじめとしたいろんな団体が海外に進出できれば、私たちにとっても嬉しいと思っています。
私たちがやらなければいけないことは、「阿波踊り」という海外ではまだ知らない人が多い日本文化を世界で根付かせることです。一緒に踊れて、楽しい阿波踊りがあるんだ、と知ってもらうためには、一つの団体が活動するだけでは足りません。だからこそ、どんどん真似してもらって、みんなで阿波踊りの魅力を発信していきたいです。
制約を取っ払い、理想の姿に向け新たな一手を探る
──FIRST DOMINOと出会って以来、どのような変化がありましたか?
渉さん:面白そうなことにいろいろチャレンジできそうで、とてもワクワクしています。FIRST DOMINOが支援している会社・団体とつながることができて、新たな仕事のご縁が生まれています。まさに、自分たちが思ってもみなかった場所に連れて行ってもらっている感覚がありますね。
FIRST DOMINOのありがたいところは、事業の儲けよりも、私たちがつくる未来を面白がりながら見守ってくれることなんです。大塚さんからも「私たちは儲からない会社に出資するんです」と言ってくださったことが印象に残りました。
いまの時代、「これって稼げるの?」と疑問に思うようなことに人生をかけて取り組んでいるほうが、最終的に世の中を面白くできると思うんです。イノベーション理論を提唱したシュンペーターが「馬車をいくらつないでも鉄道にはならない」といった言葉を残したように、全く異なる概念で物事を始めなければ予想以上のものは生まれにくいです。
FIRST DOMINOは計画通りではなく、あらゆる制約を取っ払って考え、寶船が描く理想の姿へと突き抜けてほしいという構えで私たちの話を聞いてくれます。だからこそ、私たちのミッションである「世代や文化を越え、時代を越える熱狂を届ける。」を体現するためにはどうしたらよいか本気で考えることができています。
──たしかに、利益が出ることを気にしたり、限られた予算にとらわれすぎたりしてしまうと、ブレーキを踏んでしまう原因にもなってしまいますよね。
渉さん:そうなんです!自分たちが用意できる資金ありきで考えてしまうと、視野が狭くなりがちです。FIRST DOMINOとの話し合いでは、あらゆる制約を取っ払って、本当は何がやりたいのかを洗い出すことができます。そこにたどり着くまでに道筋を因数分解することで、何から着手すべきかがわかるんです。FIRST DOMINOが持つ経営に対する専門的な知識を、自分たちの事業に活かしながら、理想の未来を実現するための次の一手を模索しています。
──ミーティングも定期的に実施されているのでしょうか?
大塚:月に一回、定例会を実施しています。毎回、渉さんを含む米澤さん兄弟3人と加藤さんの4人でいらっしゃるんですよね。本当に仲が良いですよね(笑)。
渉さん:役員がその4人なので、全員で参加したほうが話が早いと感じていたんです。一人だけ会議に参加して口頭で共有するよりも、みんなで聞いたほうが熱量も共有できます。
西園寺:いつも、FIRST DOMINOのメンバーと渉さんたちのみんなで会議をするのですが、支援する側・される側という立場を忘れて、フラットに寶船の将来についてブレストしています。その関係性が、とても心地よいんですよね。
それに、話が佳境に入ってくるとだいたい、米澤さん兄弟の3人が勝手に盛り上がっていってしまう。面白いなと思いながら見ています(笑)。
子どもの教育にも!?ポテンシャル発揮の場としての阿波踊り
──渉さんの息子さんと西園寺さんの娘さんが同い年だそうですね。
西園寺:そうなんです。同じ小学2年生の子どもを持つ親として、阿波踊りと子どもの関係性について聞いてみようと思います。
渉さんは子どものころ、友達に「阿波踊りをやっている」と言うのが恥ずかしかったという話でしたが、いまは親の立場になり、息子さんが舞台に上がるくらいの腕前になっている。息子さんの姿を見てどのように感じていますか?
渉さん:大人がびっくりするほど、楽しく踊っているんですよね!おそらく人前で踊って、みんなに喜んでもらうことが好きなんですよね。
西園寺:渉さんは、阿波踊りの連や学校からの依頼で、子どもを教えることがあるとのこと。同じように、息子さんにも阿波踊りを教えているんですか?
渉さん:いえ、実はあまり熱心な指導はしていなくて。他のメンバーと一緒に練習する機会などを通して、どんどん自分で吸収していくんです。「ああしなさい」「こうしなさい」と言わないからこそ、彼が持つポテンシャルを発揮できているのだと思います。
阿波踊りは、子どもをのびのびと育てる上で、すごく良い効果をもたらすんです。
──興味深いですね。どのような効果なのでしょうか。
渉さん:ひとことで言うと、阿波踊りは「子どもたちの感情の赴くまま、ポテンシャル100%を出し切ってもらうための、最高の教育ツール」なんです。
子育てではついつい、周りへの迷惑を意識して「大声を出してはいけない」「走ってはいけない」というルールを強調しがちですよね。もちろん大事なことではありますが、感情や行動を抑え込むばかりでは、子どもの中でフラストレーションが溜まっていき、その反動で暴力的になってしまったり、大声を出したり、反抗的になったりしてしまうと思うんです。
親の立場としては、自分を抑えることばかり学んで、いざという時に力を発揮できない子にはなってほしくない。自由に走っても、声を出しても、泥だらけになってもいいんだよ、と言ってあげる場面を作ってあげたいですよね。
阿波踊りの指導では、どんなに大きな声を出しても怒られないし、むしろ声が小さいと「もっと声を出せ、出せ!」と言われます(笑)。100%を出し切っていいよ、という安全な場なんです。
西園寺:なるほど!子育て家庭のひとりとして、とても考えさせられます。大人はもっと、子どもがのびのびと過ごせる場を提供したほうが良い。その一つの手段として、阿波踊りをすることは良い選択肢になり得るということですね。
渉さん:そうですね。子どものことを考えたら、疲れ果ててそのまま倒れて寝るぐらいの経験を毎日させてあげる方がいいと思うんですよね。のびのびとさせることで、ときには真面目にときには良い意味で羽目を外せるような、バランスの取れた子どもに育つと思うんです。
──教育論にとどまらず、FIRST DOMINOの活動とも関連がありそうな話ですね。
大塚:今の話を聞いていて、支援先の皆さんに「FIRST DOMINOのメンバーになってもらうこと」との共通点を大いに感じます。
FIRST DOMINOは、支援を受ける方々の様々な制約を取っ払い、ポテンシャルを100%発揮してもらいたいと思っています。のびのびとした環境を整えるという意味では、子育てとスタートアップ支援はなんら変わりがないのかもしれないですね。
渉さん:本当にそうですよね。大塚さんや西園寺さんとお話ししていると、あらゆるストッパーを外すようなご提案をしてくれるので、「これもできるかも」「こんなこともやってみたいかも」とどんどんアイデアが湧いてきます!
大塚:リミッターを外してチャレンジしていく姿を、どんどんと見せてほしいです。FIRST DOMINOの私たちは、支援先の皆さんのことを最前席の「砂かぶり」で見守る立場だと思っています!
世界中で活躍の場を広げ、阿波踊りの魅力を発信!
──これから株式会社化という大きな変化が待ち構えていますが、渉さんご自身にもマインドに変化が生まれているのでしょうか?
渉さん:新鮮な気持ちで、また「寶船」という存在と向き合えている気がします。一般社団法人としても10年が経ちますし、株式会社化すれば、またゼロからスタートです。
改めてミッション・ビジョンを刷新したり、どういった人に喜んでもらいたいかを一から考えたりと、白紙の状態から未来を描くように、気持ちもどんどんリフレッシュしていっています。
──他にも、挑戦していきたいことはたくさんありそうですね!
渉さん:実は、書籍の出版の企画が進んでいるんです。寶船として実現したいことを棚卸ししていた時に「いつか本を書きたい」という想いが出てきました。ちょうどその時に、FIRST DOMINOの出資先に、書籍出版を手掛けるひろのぶと株式会社がいらっしゃることを知ったんです。以前から、代表の田中さんをX(旧Twitter)でフォローしていたこともあり、気になっていました。2023年のFIRST DOMINOの忘年会に田中さんもいらっしゃって、お会いして、そのことを相談したらトントン拍子で書籍化の話が進んでいったんです。
──すごいめぐり合わせですね!どうして本を出版したかったのでしょうか?
渉さん:より多くの方に寶船の活動を知ってもらって賛同者を増やしたい、となると、本というツールが一番効果的だろうと思っていました。本を出版することで、講演活動をしたり、ラジオやテレビに出演したりと、活動の幅が広がるのではないかと感じていたんです。
──書籍の出版が叶えば、今後の活躍にもさらなる期待が持てそうですね。楽しみにしています!最後に、渉さんの今後の目標について教えてください。
渉さん:FIRST DOMINOのみなさんが出資してよかったですと言ってくださるような、最高の景色をお見せしたいです。以前、「上場やIPOを目指さない代わりにどんなリターンを提供したらよいでしょうか」とFIRST DOMINOのみなさんに率直にお聞きしたことがあるんです。そしたら、「寶船の活躍を見せてください」と言ってくださって、すごく嬉しかったんです。
直近の夢は、2025年までに世界30カ国以上をまわることです。また、阿波踊りのプロになりたいと思ってもらえる若手を増やし、プロへの育成にも携わっていきたいです。晴れの舞台に関わる人を増やし、もっと阿波踊りの魅力を伝えていきたいですね!