赤い傘の秘密

雨がしとしとと降る夕暮れ、駅前の広場は傘の花が咲いたように色とりどりだった。その中でひときわ目立つのは、鮮やかな赤い傘を差した一人の男性だった。長いコートを着た彼はじっと空を見上げている。

「雨が止むまでには来るかな…」と小声でつぶやく。

通り過ぎる人々は気にも留めず、それぞれの行き先を急ぐ。しかし、その赤い傘の下には、静かな時間が流れているようだった。


数分後、駅の出口から女性が現れた。彼女は薄緑色のレインコートを着ている。迷うように周囲を見渡しながら広場に足を踏み入れた。

男性は赤い傘を軽く揺らして合図を送る。女性が気づき、足早に近づいてきた。

「待たせてごめんなさい。」彼女は少し息を切らしていた。

「いや、君なら必ず来ると思ってた。」彼の声は穏やかだった。

女性は黙ったまま男性の隣に立ち、同じように空を見上げた。


二人は言葉少なに歩き出した。広場を抜けて静かな小道に入ると、雨音だけが響く。赤い傘が二人を包み込み、その距離は自然と近づいた。

「これ、君に渡したくて。」男性はコートの内ポケットから小さな箱を取り出した。雨に濡れないよう、大切に傘の中で渡されたそれを、女性はそっと受け取った。

「これは…?」彼女が箱を開けると、中には古びた鍵が一つ入っていた。


「君が忘れていったものだよ。」男性は微笑む。「昔、君が置いていったあの小屋にね。」

女性は驚いた表情を浮かべた。「あの場所…まだ覚えてたの?」

「忘れるわけがないだろう。」彼の声には少しの寂しさが混じっていた。

二人が共有した「あの場所」とは、子供の頃、町外れの森にあった小さな小屋だった。そこは二人の秘密基地であり、夢を語り合う特別な場所だった。


「君がいなくなってから、あの小屋はずっとそのままだった。でも、この前行ってみたら、ドアが開かなくてね。」男性は続けた。「君の鍵が必要なんだと思った。」

女性は鍵を握りしめた。長い年月の中で忘れたつもりだった思い出が、一気に胸に押し寄せる。

「行こう、もう一度。」男性の言葉に、彼女は小さく頷いた。


森へと向かう道のりは静かだった。雨は次第に小降りになり、赤い傘は必要なくなってきた。小屋の前にたどり着くと、女性は鍵を取り出して錆びたドアに差し込んだ。

カチリ。鍵はまだその役目を果たしていた。

ドアが開いた瞬間、二人の前に広がったのは、当時のままの小さな空間だった。ほこりっぽい空気に包まれたその場所には、二人の思い出がぎっしりと詰まっていた。

「この場所で、また始められる気がする。」男性の言葉に、女性は微笑みながら頷いた。

いいなと思ったら応援しよう!