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#1 35歳の海外あれこれ記in Malta 【警戒・ア・ラ・モード】
日本を出て約24時間。約2ヶ月前に知ったばかりのヨーロッパの島国、マルタ共和国に降り立った。少しだけドキドキしながら、日本人ツアーらしき人々の列に続いて入国審査を待つ。ツアーの一員と思われたのだろうか、びっくりするぐらい呆気なく入国審査を終えたわたしは、着いたー!と心の中で背伸びしながら、いそいそとタクシーに乗り込み、ビュンビュン飛ばすタクシーで宿泊先のホテルへと向かった。
タクシーの窓から見える街並みに、なんだかヨーロッパと東南アジアが混ざったような不思議な雰囲気だなあ、そんなことを思っていると、あっという間にホテルに到着。すでに30kg以上ある90Lのスーツケースを抱えながら入口の階段を登る。重い。そう思いながらもなんとか登り終えた先では、スタッフが「Hello」と迎えてくれた。さあ、チェックイン。宿泊者名簿の記入を済ませると、何やらスタッフが宿泊についての説明をしてくれている。しかし、思った以上に英語が聞き取れない。マルタの英語は少し癖があるとは聞いていたものの、それにより聞き取れないのか、自分のリスニング力の問題なのかはわからない。でも多分自分のリスニング力の問題だ。碌に英語を話せないのに大丈夫だろうかと、来る前に抱いていた不安が再び押し寄せる。とはいえ、来てしまったのだからやるしかない。理解しきれていない説明に、いかにもわかってるようなフリをしながらチェックインを済ませ、部屋へと向かった。
部屋はとても綺麗で、ここでゆっくり長旅の疲れを癒そうと思った。しかし、トラベラーズハイだろうか、外に出たくなったわたしはホテル周辺へ散策に出かけた。
ホテルの目の前には青い海が広がっていて、外に出るだけで気持ちがいい。この地に自分がいて、これからここで少しの間生活することを思うとなんだか少し不思議な気分になりながら、海や街を眺めて歩いた。海沿いに並ぶレストランでは人々がテラス席でゆったりと過ごし、公園では子どもたちが長い木の枝をもって楽しそうに走り回っている。海沿いの歩道にあるベンチに座り、ただただ海を眺めている人もいる。なんだかここではみんながリラックスしているように感じられ、それだけでわたしまで心地が良くなった。そんなことを感じながらしばらく歩いていると、後ろから「こんにちは」という日本語が聞こえた。
後ろを振り向くと、その声の主と思われる男性と目が合う。パッと見ただけではどこの国の人かはわからないが、おそらくヨーロッパの人だろうか。異国の地に着いて間もないわたしの警戒モードは一気にonに切り替わる。自分の胸の前に持っていたバッグに手をかけ守りながら、少し引き攣った顔でやや無愛想に『こんにちは』と返す。そんなわたしの表情をよそに、男性はニコニコしながら「Are you Japanese?」と続ける。これはスリの手法の一種なのか?とさらに警戒を強めつつ、『Yes…』と答えると、「I like Japan!!」と男性は日本語で知っている単語を並べていく。それを聞いていると、確かに日本が好きそうだ。純粋に日本が好きな外国人かもしれないと思うとやや警戒心が薄れた。警戒モードが緩んだわたしは、気づくと彼と一緒に海沿いを歩きながら、日本語のこと、英語のこと、マルタのこと、いろいろな話をしていた。更には、英語を学ぼうと思っているけど自分の英語力で付いていけるか不安もある、そんな話まで彼にしていた。さっきまでの警戒心はどこへ行ったのだろう、すっかり警戒モードoffだ。
そんなわたしは、彼に英語を学ぶ上でのコツも尋ねる。すると彼は「Don’t be afraid」と即答した。自分も日本語を少し学んでいるけれど、とにかく間違おうが笑われようが気にせず使うようにしていると教えてくれた。確かに、マルタに来る前に英語を教えてくれていたネイティブの先生も英語習得のコツは「Don’t be afraid」と言っていた。なんだかんだやっぱりそれが大事なんだなあ、と自分の頭のメモにDon’t be afraid と書き留める。英語に対する不安が、彼の言葉によって少し和らげられた気がした。そればかりか、なぜだかこの先も大丈夫なような気にさえなっていた。そんなことを思わせてくれた彼に対し、初めに必要以上の警戒心を抱いてしまったことになんだか申し訳なさを感じながら、この偶然の出会いに感謝した。
気付くとわたしたちは1時間ほど海沿いを散歩していた。そろそろ帰らなきゃと伝え、とても楽しかったことと感謝の気持ちを彼に伝える。すると彼は英語でこう言った。
「こちらこそありがとう。楽しい時間だった。いつもだったら有料なんだけど、今日は特別無料にしとくよ。楽しかったからね。出会えてよかった、ありがとう」
…え?これはジョーク?それとも本気?はたまた、わたしの聞き間違いか?もはや真相はわからない。やっぱり警戒心は発動させておいてよかったのかもなあと思いつつも、なんだかんだでこの先2ヶ月、Don‘t be afraid で楽しんでいこうという気持ちにさせてくれた彼に感謝しながらホテルへと戻った。