愛する人の骨を拾う
彼の訃報を聞いた翌日がお通夜の日でした。
一晩中泣いたせいで見たこともないぐらいに浮腫んだ顔を冷やすところから始まり、服装、髪型、持ち物、ひとつひとつネットで調べながら準備をしました。
お葬式では地味なメイクをするのがマナーだと書いてあったけれど、最後のお別れは彼が可愛いと褒めてくれた姿で行きたいと思い、瞼にほんの少しだけピンクのラメをのせました。
彼があけてくれたピアスホールにひとつずつピアスをつけて、彼からもらったグロスを塗って、完成したわたしはいつもより少し不細工だったけれど、彼ならきっと可愛いって抱きしめてくれるんだろうなって考えてまた泣きました。
わたしは親しい人を亡くした経験がなく、最後に出席した葬儀も10年前、顔も知らない親戚のものでした。だから、死というものがなんなのか未だによく分かっていなくて、きっとドッキリだろうとか、おとぎ話みたいにわたしがキスをしたら起きるかもしれないとか、ばかで楽観的なことばかり考えながらお通夜へと向かいました。
会場に着いて、入り口に彼の名字が書いてあるのを見たとき、やっと彼の死がドッキリではないのだと理解しました。
すでに滲んできている涙が落ちないようになるべく下を向かないようにしながら彼のご家族に挨拶をし、彼の遺体に対面しました。
きれいでした。
冬の凍えるような寒さの中で亡くなった彼は、発見が早かったのも相まって、すごくきれいな状態で保存されていたようです。
ふっくらとしていて、触ればやわらかくてあたたかそうで。こんなにきれいならきっと生き返る、大丈夫だとまた現実逃避を始めてしまうぐらいでした。
彼のお父さんに許可を取って撮らせていただいた遺体の写真は、今でも毎日見返しています。
きれいだな。かわいいな。愛おしいな。苦しかったかな。寒かったかな。痛かったかな。
その時々で感じることは変わりますが、いつ見ても彼への愛情をじんわりと思い出させてくれる、大切な写真です。
お通夜の後は、彼のご家族、友達と一緒に彼が亡くなった場所へと行きました。
閉店間近のお花屋さんでいくつかお花を買い、100均で買った包装紙とリボンで即席の花束を作って、彼が好きだったお菓子やジュースと一緒にお供えしました。
彼が首を吊るのに使ったのは、2mあるかどうかぐらいの高さのブランコでした。
彼の身長と、縄の長さを考えると、事切れるまでにかなり時間がかかったのではないかなと思います。首吊りはすぐに意識が飛ぶので苦痛なく死ねるとはよく言いますが、彼はほぼ自重だけで首を圧迫していたわけですから、うまく意識を飛ばせたのかどうかも怪しいです。
熱いとすら感じるほどの痛み、呼吸がままならなくなっていく苦しみに、数分、下手すれば数十分耐え続けたのかなと思うと、もうどうしようもないです。あんな苦しい死に方してほしくなかった。
彼の友達が、彼が縄をくくりつけたであろう場所に手を伸ばして、「こんなに低いならちょっとどこかに掴まれば助かったやろうに。」と呟いていました。確かになあと思いました。でも、それをしなかったのだから、彼の決意はとても強固だったのだろうとも思いました。
告別式には、わたしのTシャツ、彼のために持ち歩いていたリップクリーム、手紙を持っていきました。
彼がわたしの匂いがついたものを欲しがっていたのを思い出して、彼と遊ぶときによく着ていたTシャツを選びました。
リップクリームは、いつも唇が乾燥している彼のために買った、チョコの匂いがついているもの。塗ってあげるたびに、おいしそうな匂いがすると言って喜んでいました。
お経が終わり、参列者全員で彼の棺にお花を敷き詰めました。
彼の体は氷のように冷たくて、やわらかそうに見えたほっぺたもかちかちになっていました。
乾燥して口紅が浮いてきていたので、チョコのリップクリームを念入りに塗ってあげました。
彼のふわふわの癖毛をかき分けて、額にキスをしました。冷たかった。本当は唇にキスをしたかったけれど、衛生的にもマナー的にもよくないみたいだったので、おでこで妥協しました。
火葬場に移動し、火葬が終わるのを待つ数時間、わたしは恐怖でいっぱいでした。大好きな人の体が無くなってしまうことが本当に嫌だったんです。
彼のご家族はたくさん彼の思い出話をしてわたしを元気づけようとしてくれましたが、わたしは終始うわの空でした。
火葬が終わったことを職員さんから告げられ、恐怖でふらつきながら彼のもとへと歩きました。
先に彼のお父さんが火葬炉へと彼を迎えに行き、力ない足取りで戻ってきました。
彼の骨はとてもきれいに焼け残っていました。骨格標本みたいでした。
彼は筋トレが趣味で、よく食べよく動く生活をしていたからだと思います。若いからっていうのもありますね。この先の人生で、17歳の遺骨を拾うことなんてもう二度とないことを願います。
心から愛している人って、骨までも愛おしく感じるんですね。
すこし太い指や端整な輪郭は、骨になってもそのままでした。指先の骨を拾いながら、彼と手を繋いだときのあたたかったのを思い出して、涙が止まりませんでした。
頭からつま先まできれいに残ってしまったせいで、骨壷に収まったのは3分の1程度でした。残った骨は共同墓地に入ることを説明されて、絶望したのを覚えています。もう彼の3分の1にしか会えないんです。
彼は亡くなるときもわたしがプレゼントしたピアスをつけてくれていました。わたしは片方だけもらいたいと申し出たのですが、そうするとこの世に未練が残るとのことで、結局そのまま火葬することになりました。
あのピアスは跡形もなく焼けてなくなりました。寂しかったけれど、彼のお父さんが「天国にぺぺちゃんとの思い出を持って行きよったんや」と言ってくれたので、なんとか諦めがつきました。
あの世が本当にあるのか分からないけれど、今ごろあのピアスを触ってわたしのことを思い出してくれていたらいいなと思います。