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新しいものは古くしかならない

東京に移り住んで3年がたった。物も人も移り変わりがはげしい街だ。
表題は、ヒートウェイヴという音楽グループの歌詞の一節だ。

明日は明日と 歩く人はつぶやき
今日は今日だろうと 街はそれに応えた
新しいものは 古くしかならないこの街で
男には話をせがむ娘もない

ヒートウェイヴ 荒野の風

東京に来る前からこの歌は知っていたが、その通りだなとただ感じる。ものに限定しても、流行や性能の向上に追いついていることを要求されている気がする。少しの小金のよい使い道も見つからなければ、しきりに新しい消費財に手をだして、貧しくなっていく。
さて、「新しいものは、古くしかならない」。これの対偶をとってみると、「古くならないものは、新しくない」となる。かりに古くならないものに、価値を見いたすのならば、それは「新しくない」ということだ。

そうした「新しくない」ものってすぐに思いつくでしょうか。裏を返せば、退屈と紙一重であって、刺激的な東京に慣れきった私には思いつかない。
ただ、生きている以上、何かを買ったり、食べたりすることは不可欠なわけで、そういうときに「古くならないものは、新しくない」という考えを大事にしたいと思うようになった。ものだけでなく、例えば仕事や人間関係にも同じ考えがあてはまると思う。

もちろん、東京に住んでみて、はげしい消費生活に疲れた反動があるのも事実だ。「古くならないもの/ことは、よいもの/こと」だと決めつけないことも同じくらい重要だ。地方出身者にとって、因習的な考えがいかに不条理なものであるかはよく理解できると思う。結局はバランスの問題なのだろう。

もう少し身近な例で、悪しき常識を打ち破る試みも考えているので、まとまればここに書こうと思う。


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