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甲斐犬Mixのフーちゃん
フーちゃんは甲斐犬の雑種で雌犬らしからぬクールな外見だ。気の毒な事にフーちゃんの飼い主さんが若くして病に倒れ、帰らぬ人となったために
フーちゃんは居場所がなくなってしまったのだ。
フーちゃんのような中型犬ともなると飼うことの出来る環境も限られてくる。そうして、まだ肌寒い春の頃、彼女は知り合いを通じて私の実家である会社へと来る事になった。外で飼っていたので大きな犬小屋も一緒だ。
会社の作業場内の居心地のよさそうな場所を選んで慣れた犬小屋で寝かせるようにした。作業場の隣に住んでいる私の家では気の強いおばあちゃん柴犬の花が室内にいて、とても同じ空間には入れられなかったからだ。フーちゃんにとって環境が変わってから初めての夜、フーちゃんの小屋には湯たんぽを入れ、少しでも安心してくれたらと願った。
長く闘病病生活を送った飼い主さんだったが、勿論フーちゃんが飼い主さんを忘れる訳もなく、背格好の似た女性が会社の前を通ると、甘えた声で鳴く。が女性からの反応がないと大きな声で吠えだす。繋がれているロープを精一杯引っ張り追いかけようとする。違う違うよ、ママじゃないよと話しかける事しかできない。その状態で2カ月、3カ月過ぎる頃、ようやく少し落ち着いてきた。
フーちゃんは気の強いイメージのある甲斐犬の血を引いているのに、気立てのいい犬で、だから作業場で働く人、皆に可愛がられた。いつの間にかみんなを癒してくれる大事な存在へと変化していたのだ。私や母や何かとお世話をする人達への信頼も寄せてくれるようになり、柴犬の花の看病が終わったら、フーちゃんを家に入れて、うんと甘やかしてあげたいと室内でお世話出来る日を楽しみしていた。
だが、ある朝、突然に彼女の脚が立たなくなる。病院に行くと脳の前庭疾患という事で入院を余儀なくされた。私は毎日、病院に行きフラフラのフーちゃんと対面し懸命に大丈夫だよと話かける。普段は愛想のいいフーちゃんも急に人間不信になったかのように、何の反応も示さなくなっていた。
2週間も過ぎようとする頃、体の揺れが少し収まった頃に、一時的に退院のお許しが出た。帰ってきたフーちゃんは毎日、病院にお見舞いに行った甲斐があって前よりも私に親愛の情を示してくれる。このまま症状が落ち着いてくれればと願い続けたが、なかなか症状は完全には治まらない。だからしばらく通院生活を続いていた。
そんなある日、病院から帰ってきたフーちゃんが急に立ち上がり、スタスタスタと歩き始めた。ついに薬が効き始めたのだろうか。私も嬉しくなってフーちゃんの後を追う。会社の敷地を嬉しそうに歩くフーちゃん。少し早く歩いて見せてくれて、こんなことも出来るよと私に元気アピールをしてくれる。良かったね、フーちゃんと声を掛ける。が途端に、崩れるようにフーちゃんは座り込んだ。駆け寄るとフーちゃんは苦しそうに息をしている。
今までの経験から人間でも動物でも亡くなる直前に奇跡の時間がある事は知っていたし、フーちゃんが示してくれた元気が、そうでないと信じたかった。でも、やはり奇跡の時間だった事がわかる息の荒さ。私はお別れの時間が急に迫ってきた事に胸が張り裂けそうだ。次から次から私の頬に涙がつたう。もはやフーちゃんは息も絶え絶えで、それでも、こちらを懸命に見てくれている。最後にお水を口に含ませてあげたくて、水を取り戻ってくると、私を待ってくれていたようにフーちゃんと目が合う、すると、アッと思った瞬間にコトリとフーちゃんの首は下がってしまった。
静かな作業場の片隅でフーちゃんを抱きかかえて、私は犬が遠吠えするように泣く。フーちゃんフーちゃんフーちゃん。飼い主さんとのお別れも理解が出来る訳もなく、寂しい気持ちで暮らしていたフーちゃん。せめてこれから先の犬生で、たっぷりの愛情で包んであげたい。きっと親友になれるだろうと心からそう思っていた。
あんなに心根のきれいなフーちゃんの命がこんな風に消えてしまったことが許せなくて、私は泣きながらの遠吠えを繰り返す。せめて、フーちゃんを元の飼い主さんが迎えに来たのだと信じたい。だからフーちゃん、私はフーちゃんを忘れないよ。フーちゃんの優しさも賢さも忘れないよ。フーちゃんフーちゃん、フーちゃん、フーちゃん。