趣味も価値観も合わないさ
2024年10月22日(火)朝の6:00になりました。
こんな季節に、シャワーからお湯が出なくなりました。
どうも、高倉大希です。
さてはこの人、言うほど好きじゃないな?
さてはこの人、好きだと思っているポイントが全然違うな?
本当に好きなものの話ほど、まったくもって合いません。
好きなものほどこだわりが強くなるので、絶妙に噛み合わないのです。
誰かと話が合う「好き」は、きっと「なんとなく好き」なのだろうなと思います。
良くも悪くもぼんやりとしているからこそ、共感することができるわけです。
別の時間を過ごしてきた限り、ぴったりと趣味が合うなんてことはありません。
別の時間を過ごしてきた限り、ぴったりと価値観が合うなんてことはありません。
仮にまったく同じ時間を過ごしてきたとしても、きっと合うことはありません。
どこまでいっても、対象を見ているその目はそれぞれのものなのです。
近しい趣味も、近しい価値観も、きっかけとしては優秀です。
きっかけとしては優秀ですが、あくまでも出発点はわかり合えないことからです。
だから、趣味や価値観が合うことはそれほど重要ではありません。
どちらかというと、違うという前提に立ち、お互いに歩み寄れるかが大事です。
同じであることを前提に置いた瞬間から、摩擦が生まれます。
同じだと思っていたのに違うじゃん、とがっかりしなければならなくなります。
趣味も価値観も、合わないさ。
はじまりは、それでよいのです。
むしろ、違うからこそ出会いに価値が生まれます。
ひとりでは考えもしなかった解に、たどり着くことができるわけです。
せっかくの、ふたり分の時間です。
違うものを違う視点で見てきた方が、集まったときの価値は大きくなります。
どうにも趣味や価値観が合うことが、重要視されすぎているような気がします。
趣味も価値観も、合ったことなどありません。