Father 最終話 Life goes on
なんば駅から特急に飛び乗って小一時間。
右手に海が見えるころ、僕は電車を降りた。
駅前のコンビニで缶ビールを2本買い、バスに乗った。
バスは国道から山道に入り、10分ほどで広大な霊園の頂上に到着した。
そこからは大阪湾が一望でき、近く海の上に関西空港が見えていた。
遠く神戸の街や、明石海峡大橋までも見える。
大阪にも、こんなに空が広い場所があるのだ。
ここに来るのは一体いつぶりだろう?
幾千の墓石が芝生の上に並んでいる中、微かな記憶をたどり何とか目的地を見つけた。
僕は父の墓前に榊と缶ビールを供え、手を合わせた。
芝生の上にあぐらをかき、僕は缶ビールのプルタブを開けた。
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父さん、久しぶり。
そういや、サシで飲むのって初めてかもな。
俺たち、二人で飲んだこともなかったんやね。
笑かすよな。
親子なのにね。
そう、「この親子なのに」っていうのが曲者なんよ。
こいつに縛られてしまう。
全く厄介なもんやで。
最近、俺、父さんに似てきたと感じてるんよね。
ハゲるし、酒に弱くて顔がすぐ赤くなるとこがそっくりでさ。
気が弱いところも一緒やなあ。
最近じゃお腹の出方まで似てきた気がして腹が立つんよね。
ああ、俺は父さんのDNAを受け継いてるんだって。
なんで、そんなとこばっかり似たんやろ?
俺も父さん位、賢かったからよかったねんけどなあ。
俺、子どもの頃、父さんがおらんときにこっそり書斎に忍び込んでたんよね。
ステレオでクラシックのレコードを聞いてさ。モーツアルトとベートーベンが多かったよな。
壁いっぱいの本棚にあった世界文学全集やら日本文学全集やらも読んでみたよ。
ディッケンズとかバルザックとかはさっぱりわからへんかったけど、ヘミングウェイはかろうじて読めた。日本文学は司馬遼太郎の「竜馬がゆく」と「国盗り物語」が好きだったな。三島由紀夫は読んでおいてよかった。海外に行ったら、三島を読んでる人が多かったからね。
一番熱心に読んだのは、唯一のマンガ本だった横山光輝の「三国志」やったけどね。
小さなテレビとビデオデッキもあったなあ。
Hなビデオを期待したんやけど、「地獄の黙字録」「ディア・ハンター」「アマデウス」とかえらい渋いコレクションやったわ。
子どもにはわけわからん話やったけど、なんでか映画も好きになった。
今でもヘミングウェイは好きやし、モーツアルトも好きやねん。時々映画も嫁さんと見に行く。
父さんから何かを直接もらった記憶は少ないけど、間接的に俺たちはつながっていたんやなあ。
たくさんのレコードや本や映画を通じて。
あの書斎が俺たちをつなぐパイプやったんやね。
俺さ、父さんのことをもっと知りたかったんよ。
何を考えているのか。何が好きなのか。
そんで、俺の話をもっときいてほしかった。
よく頑張ったと、褒めてほしかった。
もっと、わかりあいたかった。
けど、俺たちはわかりあえることはない。
だって二度と会って話すことがないから。
そもそも、人と人が本当にわかりあうなんてできるんやろか?
俺と父さんは別の人間で、別の価値観を持ち、別の人生を生きてる。
親子とて似てはいるけど、違うんや。
「親子なのに」じゃなくて「親子だけど」ってこと。
むしろ「わかりあえないこと」が前提にあるねん。
そうそう簡単に、人と人はわかりあえない。
しかも俺たちは話せば話すほどにわかりあえず、絶望したやろな。
なんか、そんな気がする。
なのに、俺のことわかってほしい。
他の誰でもない、父さんにわかってほしい。
だから苦しくなるねん。
今、めっちゃ苦しいわ。
胸がギュッと苦しいねん。
なんで、今頃になって・・・。
そっか、俺、父さんが亡くなった時、その気持ちに蓋してたんやわ。
母さんを支えないとって。俺が頑張るんだって。
違うよな。それは言い訳や。カッコつけてもうた。
俺はあの時、思いっきり悲しむべきやったんや。
苦しい時には、苦しんだほうがええ。
けど、俺は自分の気持ちと向き合うことから逃げた。
辛い気持ちに無理やり蓋をして紐で縛って、無かったことにした。
だから、ずっとずっとしんどかったんやね。
だから、いつまでも引きずってたんやね。
俺を苦しめているのは、結局俺自身だったってことか。
自分で自分に呪縛をかけていたってことか。
ようやく、それがわかったわ。
もうええよね。
ほんま、やれやれやで・・・。
それがわかっただけでも十分。
俺、父さんに会いたくて、ここへ来たんよ。
今日のビールは俺が奢るよ。
ほな、また。
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駅に向かうバスを待ちながら、僕はベンチで海を眺めていた。
こんなことを考えながら。
結局、人間は一人で生まれて一人で死んでいく。
たとえ一人でも生きていく。
その人生の旅の途中で僕たちは出会い、別れ、泣き、笑う。
人生の目的はその旅の過程(プロセス)を味わうことだ。
酸いも甘いも全てを。
もしあなたが突然、過去の辛い記憶と再会することがあったのなら
それは決着をつけるべき時が来たのです。
おもりを外して前へ進むために。
まだまだ人生は続くのだから。
〈Father 完〉