Father 第3話 Blue Hawaii
22年前の9月、ナオミの誕生日を祝いに2人でワイキキに繰り出した。モアナ・サーフライダーホテルのバーでマイタイやピニャ・コラーダやら、いかにもハワイ的なカクテルを堪能した後、酔い醒ましに僕たちは夜のワイキキビーチを散歩した。
ホテルの灯火と篝火に照らされたビーチは光と闇が入り混じり、幻想的な空間を作り出していた。打ち寄せる波の音と柔らかい夜風に乗って、どこからかエルビス・プレスリーのBlue Hawaiiが流れてきた。
Night and you and blue Hawaii
The night is heavenly
And you are heaven to me
夜ときみとブルーハワイ
夜は楽園で
きみはぼくの天国さ
懐かしきエルビス。
コテコテやけど、妙に身体に沁みた。
Blue Hawaii的な夜だったからかもしれない。
すれ違う人々は皆とてもリラックスして楽しげな、あるいはとても幸せそうな表情をしていた。そりゃハワイやもんなあ。ALOHA!
ナオミは僕の前をズンズンと歩いていた。白いTシャツに黒いショートパンツ。裸足で手にサンダルを持ち、ポニーテールが揺れていた。150cmちょっとの小柄な体型なのに、その後ろ姿はやたら逞しく見えた。このほとばしる生命力は一体どこから来るのだろう?、と僕は不思議に思った。
部屋に帰った後、免税品のジャックダニエル・ゴールドを飲みながら彼女は実によく語った。
「さっきお母さんからメールが来てたわ。誕生日おめでとうって」
「それは良かったね。お父さんからは?」
「ないわよ。私が小さい頃離婚したから。もう長いこと会ってないし。コウイチの両親は?」
「母さんには時々電話してるよ。連絡がないと心配するからね。けど父さんとは、もう何年もまともに話したことがないな」
「そうなんだ。仲が悪いの?」
「いや、父は僕に関心がないんよ。僕の出来が良くなかったから。まあ僕もそれほど父に関心があるわけじゃないし・・・」
「今、嘘ついたでしょ。わかりやすい人だね~」
図星だった。僕はすぐに顔に出てしまう。
僕は話題を変えたくて、彼女のグラスにウイスキーを注いだ。
「ところで、ナオミは何でハワイに来たんだっけ?そういやきいてへんかったな」
「私ね、親友がいたんだけど、ある日突然亡くなったの」
「事故?」
「うん、本当に突然だった。綺麗な子だったなあ。まだ24歳だったのに。その子のお葬式の時、私ね、彼女の分まで生きようと誓ったのよ。やりたいこと全部やって、死ぬ時にぜぇったいに後悔しないようにしようって」
「だからハワイに来たんやね」
「そうよ。あの子と私の夢だったから。いつかハワイで暮らそうって。ねえ、コウイチは人生の目的って何だと思う?」
「人生の目的?さて、何やろ。人それぞれやしなあ」
「そんな一般論をきいてるんじゃないの!私はあんたの人生の目的をききたいの!!」
「じゃあ、ナオミの人生の目的は何なの?」
「私は『学ぶこと』だと思うの。私は学ぶために生まれてきた。ありとあらゆることを学ぶの。そして答えを見つけるの。私の答えを。」
ナオミはそう、力強く言い切った。
私は己の生命の火を全力で燃やし尽くすんだ、と言わんばかりに。
僕は何も返す言葉が見つからなかった。
彼女は一体何の答えを探しているのだろう?
僕はしばし考えこんだ。
気がつくとナオミは寝息を立てていた。
その翌朝、僕は父の急逝を知った。
〈第4話に続く〉