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Father 第2話 Lost Paradise

「ひょっとして、コウイチ?」
「???」
「私よ、憶えてる?」
「ひょっとしてナオミ?」
「Oh my gosy!こんな偶然ってあるのね!!」

その特徴的な外見で僕はすぐに彼女のことを思い出した。昔、短い間だったが彼女と僕は一緒に暮らしていたのだ。ここでは仮に彼女をナオミと呼ぶ(ナオミ・キャンベルに少し顔が似ていたからだ)。僕は懐かしさと急な再会に戸惑いを感じながらも、胸がじんわりと暖かくなるのを感じていた。

ナオミは僕の隣の席に腰掛け話し出した。

「あんた、あの頃は肩まで髪の毛があったのに、すっかりハゲたわね〜」
「そうやろ~。けど結構気に入ってるんよ」
「今の方が似合ってるわよ」と彼女はケタケタ笑いながら褒めてくれた。

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ちょうど2000年。26歳の僕はハワイの大学院に籍を置いていた。まだ僕にも長い髪の毛があった時代。大学の世界を駆け上がるため、地位と名誉を求めて海外へ出たんやけど、自分の本心と現状のギャップに苦しんでいた頃だ。

ナオミとはその前に住んでいたロスアンジェルスで知り合った。同い年だった。僕がLAを発つ時にナオミは「私もそのうち、ハワイに行くからその時はよろしくね」と言っていたが、本当にある日突然転がり込んできた。

それから半年、僕は彼女と奇妙な共同生活を送った。2000年の4月から9月まで。当時26歳の僕はある女の子と宿命的な恋の嵐の中にいたし、大学院にも上手く適応できずに苦悩していたし、とにかくなかなか難しい時期だった。そしてナオミの登場がさらに状況をややこしくすると思いきや、意外にも彼女の存在が不安定な僕の助けになった。

彼女はとてもはっきりとした性格の持ち主で、常に白か黒か、イエスかノーか僕の意見を求めた。とてもストレートだった。彼女は僕の煮え切らない態度に腹を立てることがしばしばあった。「結局、あんたは何が言いたいのよ⁉︎」と。ケンカもよくした。けどそのお陰で、我々は腹を割って話し合うことができる貴重な友人になることができた。

週末はよく2人で海を眺めにビーチへ出かけた。観光客が多いワイキキは避けて、穴場のカイルアやらノースショアまでドライブした。僕のオンボロ85年式フォード・サンダーバードで(知人から500ドルで譲ってもらった)。

窓を全開にして、ハワイのイノセントで甘い香りがする風を感じながら、海岸沿いのハイウェイを走るのが最高に気持ち良かった。頭の中が空っぽになり、そのまま溶けてしまいそうになる位。
照りつける南国の太陽。
白い砂浜とどこまでも真っ青な空。
果てしなく広がるエメラルドグリーンの海。
車のラジオからは心地よいハワイアン・ミュージック。
間違いなく、僕が1番リラックスしてハワイを感じることができた瞬間だった。

もし、あなたがハワイに行くことがあったらオープンカーを借りることをお勧めする。大好きな曲を聴きながら、太平洋のど真ん中に吹く風を頬で感じる喜びは何事にも代え難い。

この世の天国ハワイ。
だけど僕の中では遥か昔に失われた楽園だった。

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「その後、あの娘とはどうなったの?」
「結婚したけど2年後には離婚したんよ。ホンマ散々な目にあったわ。若気の至りやね。幸いにもええ人と出会って再婚した。ナオミは?」
「同じね。私も2度目よ。日本人と再婚して、かわいい娘が2人いるわ。今は東京に住んでるの」ナオミはスマホで夫と娘の画像を見せてくれた。
「幸せそうやね。お互い3度目がないことを祈るで」
「Exactly right(全く、その通り)」と彼女はうんざりとした表情で微笑んだ。

「ところで、何飲んでるの?」
「ドリップコーヒー。味が安定して美味い。」
「そう言えば、よくコーヒーを淹れてくれたよね。あれ、美味しかったな」
「コナ・コーヒーやったかな」
「そう!バニラマカデミアの香りを思い出すわ」
どうやら、昔から僕はコーヒーを淹れるのが上手かったらしい。今も毎朝、妻のためにコーヒーを淹れている。

そんな風に、昔話と近況をお互いに語り合った。
彼女には彼女の物語があり、僕には僕の物語があった。

「そろそろ、行かないと。出張で来てたんだけど、今から東京へ帰るの」
「そうなんや。びっくりしたけど、会えてメッチャ嬉しかったよ」
「私もよ。あんたを見かけたときは、本当にびっくりしたけどね」
「ナオミは昔と変わらんなあ」
「あんたはいい男になったわよ」
「ありがとう。嬉しいね」

See you. Have a nice holiday!
You too. Bye!!

ギュッとハグをして彼女は店から出ていった。

大通りを歩いていく真っ黒な彼女の後ろ姿を見送っていると、急にある光景がフラッシュバックしてきた。

それはギュッと僕の胃を鷲掴みにした。

〈第3話に続く〉

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