岡田一実『醒睡』
この句集は関現俳青年部の読書会で、彌榮浩樹さんが「コンセプトアルバム」とおっしゃっていて、なるほど、と思いました。句集という一冊の本から、いろんな楽しみ方ができるんだな、と発見があったのを覚えています。
今回は読書会での話は一旦置いておいて、わたしなりの楽しみ方でこの句集を読んでいきたいと思います。
景の好きな句
景と言っても実景とは限りません。文字列から浮かび上がってくる光景はわたしの想像を超えることはないし、実際にあろうがなかろうが、わたしにとってはそれほど気になりません。
青空と茜の空が泉の面(も)
雲一つなく十六夜を風透かす
オリオンの端(は)を明めて夜半の月
以上は《光陰》の項から。どこかわたしの知らない世界にこういう景色があるのかも、あったらいいな、と思う句でした。
日常風景として好きな句
大体日常風景だろ、と言われるかもしれませんが、そうとは限らないのが俳句です。前述の句も日常風景のひとつに思えますが、幻想風景かもしれませんし、心象風景かもしれません。そこが曖昧なところが好きなのですが、今度はしっかりとした情景が描かれているところが好きです。
見つつ待つレジの他人の年用意
鰤大根煮る間を前田普羅句集
思ひ出して舌打ちひとつ春の風
一体なにを思い出したのか、「春の風」という心地よさもお構いなしの舌打ちが小気味よい句です。
そういえば、「温める/温まる」句もおもしろくて好きでした。
消してあるストーブを日が温める 《光影》
アルコールジェル小春日に温まる 《翻訳》
どちらも冬のささやかなぬくもりを感じて、じんわりとあたたかくなる句だなと思いました。
七七の句
個人的な話ですが、今年連句に触れる機会に恵まれ、「付句」なるものを知りました。それは時に「七七」で作らなければならず、今まで俳句しか作ってこなかったわたしにとっては初体験の音韻(音律)でした。
連句での出会いをきっかけに、七七の句をすんなり読めるようになりました。川柳でも俳句でも、七七を見ると「あ!」と思うようになりました。とてもいい出会いでした。
畳む日傘に熱ゆきわたり 《光陰》
意外と共感句というか、あるある句だなと思いました。日傘を畳むとき、日傘がすごく熱くなっているんですよね。「熱ゆきわた」らんでもええんやで、と思わないでもないですが、夏の暑さを象徴するようだなぁ、と思います。
七七であることで、ただのあるあるではなく詩情がふわっと熱と共に伝わってくる感覚があり、とても好きな句です。
神におほきな赤を言はしめ 《櫻》
「言はしめ」という大胆な言い切りが、「神」「おほきな」「赤」という言葉をまるっと抱きしめるような感覚があります。どれもダイナミックな言葉なんですが、七七の中にぎゅっと凝縮されていてかっこいいです。
世瀬 幻景韻試論
幻景韻試論とはなんぞ、と思い調べてみましたが、出てきませんでした。なるほど、造語か……と思い、言葉ひとつひとつの意味を思い返しました。「韻試論」ということは、音韻のなにかしらの試みということだろうと思い至りました。
黙読しただけでは正直よくわかりませんでした。これは実際、一実さんの目の前で「実はわからなかった」と言ってしまったのですが(すぐ言う!)、わからないこと自体がおもしろいこともある、ということはここに書いておきたいです。
どういう話かというと、声に出してみると、あら不思議。独特の心地よさがあるのです。これは黙読しただけでは(ただの文字列としては)難解だけれども、音読することで(音に変化させることで)なんらかの刺激になるということなんですね。デジタルオーディオの朗読を聞いてもいいかもしれません。音源は青磁社のホームページで聴けます。
この読書体験はいままでになく、「わからないけどおもしろい!」と思えるものでした。新しい読書体験ができ、とてもおもしろかったです。
おわりに
一実さんの句集『醒睡』に出会って、またすこし、見えていた俳句の世界が広がった気がします。
たとえば、よく知らない作家の個展があったとします。なんとなく立ち寄ってみたその個展に、よくわからない作品が並んでいたとしましょう。よくわからないなぁ、と思いながらサッと通り過ぎるのもいいですが、わからないなぁと思いつつふと目についたものが「わからないけどなんかいいな」と思うものだった、なんてこともあると思うのです。コンセプトに共感するとか、色使いがいいなとか、いろいろあると思うんです。
わたしの場合、俳句での体験は「よくわからないけど、なんかいいな」の連続です。わかることのほうが少ないし、わかることって文字で書いてあることだけなので、あとは自分の想像でしかないんですよね。逆に言えば、文字で書いてあることはわかるわけだから、まったくわからないこともない、というのがおもしろいところでもありますけど。
この句集を読んで、そんな新進気鋭のアーティストの個展のあとのような、出口で「すごかった~~~なにがって言うの難しいけど!」と思えるような、そんな感情になりました。また本棚にお気に入りの一冊が増えました。もう本棚に入りきらなくなってきました。うれしい悲鳴です。
長々と書いてしまいましたが、読書会を通してこの「わからない」の部分が解明されたり、解読されたり、ということがあり、とてもありがたかったです。でもそれは決して答え合わせではなくて、答えのひとつなので、今回も純度100%のわたしの感想をお届けしました。
それでは今回はこの辺で。最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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