ヒプマイの天国獄に救われて今日も生きてる

もう完全に自己満足の話なので、タイトルが全てです。
タイトル以上のことはないので、文章力合って面白いネタnote期待してきてくれた人はごめんね。

完結に言うと「元いじめられっ子のACが天国獄という二次元キャラに出会って幸せに生きてる」というお話です。
それ以上でもそれ以下でもない。

さて、天国獄って誰やねん。って思ってる人もきっといると思う。
「てんごく ごく」って読みそうになるでしょ?
私もはじめはそう読んだ。
「あまぐに ひとや」です、どうぞよろしく。

天国獄は『ヒプノシスマイク』というコンテンツのキャラクターだ。
ヒプマイについては、正直色々と説明してくれてる記事があると思うからそっちを見て欲しい。
武器が廃絶されて女尊男卑な価値観になっちゃった日本によく似た架空の国家で、精神に作用するヒプノシスマイクというマイクが新しい武器として台頭し、それを手に己の信念を貫こうとする男達の物語だよ。
声優×ラップみたいな触れ出しだったと思う、当時のことはよく覚えて居ないので詳しいことは割愛する。

天国獄は、ナゴヤディビジョンという、ナゴヤを拠点に活動するチームのメンバー。
職業は弁護士、金を積めばどんな案件も絶対勝訴に持っていくハイスペックお兄さん35歳。
ここらへんも詳しく知りたい人は公式サイト見てくれ。
一つ強調するとすれば「いじめ問題はタダでも面倒を見てくれる」ということ。
ココ重要、すごく重要。
彼は、過去に兄をいじめで亡くし、その後、医学部卒業後に独学で法学を勉強し弁護士になった。
もうこの時点でとんでもねぇ頭良い男なのは伝わると思う。
推し、最高。

さて、本題に入ろう。
ここから筆者の過去話(と言う名のいかにも可哀想な話)が長たらしく続くので、そういうの苦手な人は読み飛ばすかブラウザバックだ。
読んだ結果の諸々苦情やお気持ち表明は知らない。
私に見えないところで好きにしてくれ。私には送るな。

率直に言うと、私はいじめられっ子であり虐待児童だった。
と言っても、体面を気にする親だったので表向きに分かりやすい、子どもを死なせるような虐待はしなかったように思う。
アダルトチルドレンで言うと、ピエロとナイチンゲールとスケープゴートのキメラ。
ヒス持ちで暴力がちな親の御機嫌取りとサンドバッグを兼ねつつ、でも子どもに依存しまくってる親の心の支えでもあり、心をすり減らしてつくった血のグリセリンで不和の多い家庭の潤滑剤を担う存在でもあった。
もちろん、こういうのって当事者はその場に置かれている限りは自分の環境が全てで、リアルタイムで「ああ、今私虐待されてるんだな」っていう自覚はないので、これらは全て環境を脱した後に状況を説明した友人達に「それを普通は虐待って言うんだよ」と言われて知った。
虐待児童って、よっぽどなことがないかぎり、自分が虐待されてることにさえ気付いて無いんだよ。他のおうちでも、自分ちみたいなことがあってんだろうなぁって、そう思ってるんだよ。
怖いね、バイアス。

虐待されてる他の子どもがどうかは知らないが、私は想像力が豊で小学三年生になる頃には当時好きだった『ハリー・ポッター』の夢小説を自覚なく方眼ノートに纏めるタイプの子どもだったから、現実逃避の格が違った。
物心ついた時にはもう、頭の中に自分じゃない“家族”がたくさんいて、その人達と脳内会話しながら、現実と日々乖離する幻想の中で生きていた。
それで心を保っていたわけなんだけど、でも、そういうのって浮くじゃん。
結果、わかりやすく人間離れした精神構造の私は、小学校に上がると同時に格好のいじめの的になった。
その前からいじめの片鱗あったけどね。流石に小学校以前の記憶は掠れてるので、そんな気がする程度だし今回はノーカン。

私は目が悪く昔から分厚いメガネをかけていたのだが、田舎ってどうしてメガネかけた子どもを排斥したがるのだろう。
はじめは、上級生から「山に帰れメガネザル」と登下校中に石を投げられた。
日本の山にメガネザルがいるわけねーだろうが。おつむ小学生か?
いや、実際相手もリアル小学生だったんだけれども。
そうして上級生がいじめるなら自分たちもいいだろうと、いじめの輪は同級生にも低学年にも波及した。
こういうところ、学校の閉鎖空間って致命的だよね。

いじめの詳しい内容は身バレしそうで怖いので割愛するが、
物を壊される、暴言、暴力(発育が早い子どもだったので学年があがると性的なものもまじった)、無視、死んだことにされる、病原菌扱い、閉じ込められる、見世物にされる、石を投げられる、交通量の多い道路に押し出される、排斥される、物取りの濡れ衣を着せられる、その他諸々。
いじめマンガとかにあるようなネタは大抵やり尽くしたと思う。
文章で書くと呆気ないね。
でも、虐待児童で家に帰ったら地獄絵図、学校ではいじめで居場所がない、そういう四面楚歌ってフィクションによくある話だけど、リアルでも結構あるよ。
済んだことだし今幸せだから笑い話だけど、こうして振り返ると全く以て、天国獄の設定過多夢主と言われても否定できないフルコースではあった。
お陰で今は自分の過去をネタに妄想が楽しいです、ありがとう過去。

自殺未遂は大きく人目についたものが三回、人目についてないものは数え切れないくらいある。
喉を包丁で突こうとした(包丁の刃先がこぼれてて、これで死ぬのなんか癪だなとおもったからやめた)、飛び降り(他人にバレて止められた、学校にはもみ消された)、海に身投げ(現在海洋恐怖症の気があるのはたぶんこのと気のせい)、電車に飛び込み(失敗して寝たきりになったら、あの家の人間に世話されるのか?と思ったらその方が怖くてやめた)、首つり(純粋に不器用で失敗、現在若干の自分の呼吸が苦しいと興奮するフェチは絶対これのせい)……その他諸々。
全部失敗した。
人にバレたり、何かと理由をつけて自分で辞めた。
根本的に「生きるのが苦しい」だけであって「死にたかった」わけじゃないからね。
生きれるなら生きたかったんだよ。
でも、それ以上に「死にたい」「死のう」と思う回数と頻度が多すぎただけで。
いずれにせよ、死ぬに死にきれない意気地無しだったので、いじめの根源から自力で(頭はそれなりによかったので受験でどうにかした)逃げた後も、こればっかりはどうにもならない地獄みたいな家で死に体で生きてた。

今年の頭、今回ばっかりは本当に、理由をつけても生きるのは無理な状況になった。
本気で死ぬ準備をして、ただ、色々予定付けてたりあったので、そっちで迷惑掛けたらいかんと思って、Twitterの相互の数名とディスコードの知り合い数名にだけ挨拶をした。
完全に死ぬ気だった。今でも、あれだけは本気だったと思う。
相互に言われた「死ぬくらいならうちくる?」。
友人に言われた「本気でその家出るきなら金出すよ」。
金銭も家に全て奪われて借金まで背負わされていた身だったので、外部に逃げ出すという発想がなかった。
その日のうちに、家を出た。
家族は虐待はしたが普通に私を愛してもいたので(ここ虐待してるのに愛はねぇだろというツッコミはするな。それでも愛されてはいたし、心配もされたし、大事にはされてたんだ。ただ、あの家の成り立ちとあの家の人間の愛情表現が一般社会から食い違いすぎていただけで)、私が家を出るのを心から悲しんでいたし、惜しんでいたし、私もめっちゃ泣いた。
普通に実家を出るのを惜しみながら家を出た。
今でも家族のことは愛しているし、恨んでもいない。
ただ、常識的な家庭環境ではなかった自覚はある。
でもそっちは今回どうでもいい、そんなに関係ない。あと、私の中で決着が付いている。

ともかく、家を出て相互の家に居候しながら、私の環境は劇的に変わった。
借金返済しながらだが、自分で稼いだ金を人に奪われないし、欲しい物を適度に買って、食べたいものを適度に食べて、会いたい人に会いたい時に会って話して、見たい映画も見に行った。
コナンの今年の映画最高だから見て。私5回通った。諸伏景光最高。
最高だった。幸せになった。
子どもの頃から抑圧されて早熟を余儀なくされて、子どもらしい子ども(親の手を焼かす、わがままを言う、大人の言う事をきかない、公共の場で仕方の無いことだが騒がしくなってしまう)を心の底から憎んで、見かける度に蹴り殺したい気持ちを抑えて生きていた私が、子どもを大人数相手する環境に身を置いても心の底から笑って慈しめるようになった。
それだけでも、正直だいぶ救われた。

でも、いじめられた傷はどうしようにもないんだよな。
虐待の傷はけりがついても、いじめの方はどうにもならん。
たまにSNSで自分をいじめていた人間の名前を見る、そいつが幸せそうにしてるのを見る、のうのうと生きてるのを見る。
ここが法治国家じゃなければ、とっくに大量殺人鬼になれるだけの怨恨と憎悪とトラウマを抱えて、でも、それをしたら本当に人間として終わるというなけなしの理性だけで悪血を流し続ける古傷を心の水底に沈めて生きてきた。
膝を抱えて「私のことも助けてよ」と泣き叫ぶいじめられていた時の自分の感情を無理矢理切り離して、業務用冷蔵庫みたいな分厚い金属扉の箱の中に閉じ込めて、それでもたまに聞こえる悲鳴に色んな苦痛をフラッシュバックしながら、何も無かったフリをしてこの先も生きていくと思ってた。
生活環境が上向いたんだから、その程度の痛み、あの頃に比べればなんでもないと言い聞かせて少しだけ欠けた「幸せ」を謳歌しようと割り切った。

ところで、私は『ヒプノシスマイク』に大学生の頃から触れている。
コンテンツが立ち上がったときから、あの作品を見ている。
当時、私は特別推しはいなかったが、主に速水さん(シンジュクのリーダーの声優さん、オタクにはBLEACHの藍染って言った方が早いかも知れない)がラップをするという面白さでコンテンツに触れていた。
でも、明確に入れ込む推しがいなかったので、CDを積んで一喜一憂するほどの熱量はなかった。
私の近くにはハマにCD積みまくっていたオタクもいたが、すげーな、ぐらいの感想しかなかった。
そこに、颯爽と現れたのがナゴヤディビジョンである。

先に述べると、気を病んでいた頃の私は推しを神格として押し上げて勝手に宗教を作るタイプのオタクだったので、当時の私はナゴヤのリーダーである波羅夷 空却(はらい くうこう)が刺さった。
「まずい、この男を宗教にしてしまったら、きっと私はナゴヤのCDを身が破滅するレベルの借金してでも積んでしまう」
と直感的に思った。
ちょうど別ジャンルへの勧誘もあったので、これ幸いとばかりにそちらのジャンルに逃げて、ナゴヤは掘り下げず曲を聞くだけにとどめた。
曲だけ聞いても宗教だった。
ヒプマイから逃げた。
経済的にCD積めない罪悪感もあったし、空却くんを宗教にしたらきっと私は身を破滅させると思った。
大正解、空却を宗教にしたい自分と絶対にしてはいけないと叫ぶ自分が今現在大戦争してる。
たぶんあの頃の私が空却を宗教にしてたら、タイムマシンにのって当時の私を殺しに行ってた。

その後、ジャンルを様々流転しながら、ヒプマイもコンテンツが進んで受動喫煙だけでは追い切れなくなって、過去の物のフォルダに私の脳内でつっこまれていた。
が、とある曲だけずっと、私のヘビロテプレイリストに残り続けた。
天国獄のソロ曲だ。

当時はキャラをそこまで詳しく知らなかったが、とにかく声と曲が好きだった。
低音でがなりの響く男らしい声好きなんで……。
歌詞はよく考えていなかった。とにかく、聞いていて楽しい曲だから気に入って聞いているというだけ。
今思えば重大なフラグである。

転機は、本当につい最近だった。
同居人の相互が、人にあげるのに空却くんを描いていた。
それで、懐かしくなってヒプマイの曲を引っ張り出して数日聞いていた。
「ちょうど去年の今頃、私n回目の海に身投げチャレンジしようとしてたな……ARライブの夢追翔の青にら聴いて、もう少し生きてみようかとか思ってやめたけど。本当は、去年の今日、水死体で発見されててもおかしくなかったんだよな」と思ったその日は、
6月29日
なんの因果か、天国獄の誕生日である。

ちょうど、Twitterにも獄のファンアートがお誕生日タグをつけて色々と回ってきて、ふと、例の彼のソロ曲を改めて歌詞を意識しながら聴いた。

“いじめはカス ことどとく罰
たとえリスキーでもただじゃおかねぇ”


「ん?」
と思った。
そう言えば、ナゴヤって「破天荒な僧侶見習い」と「元いじめっ子のV系ボーカル」と「いじめはタダで見てくれる悪徳弁護士」じゃなかったか?

ハッ、と目が覚めたような気がした。

“過去は過去でも Do Not Forget その分きっちり取り返そうぜ”


“お前の叫びはお前のもので弁護はできても代弁はできない”
“恨むことで強くなるか? 憎むことで楽になるか?
何の為だ? 誰の為だ?
何故だ? ハテナばかりだ
強くなりたいだけじゃない
大事なものを守りたい 信じた正義よ
武器じゃなく人を守るための盾であれ”


ああ、こんな人にあの頃会いたかった、と漠然と思った。
どこにも行き場がなくて、生きていたいけど生きていたって意味が無かったあの頃、死のうとしたときいつも私は「私が死んで悲しむ奴なんていないのに止めるな!」と喚き散らしながら泣いていた。
助けて欲しかった。
守って欲しかった。
どこかに居場所が欲しかったし、「もう大丈夫だ」と言ってくれる人が欲しかった。
今でも、その叶わなかった願いを請うて膝を抱えてすすり泣くあの頃の自分は確かに、分厚い扉で封じた箱の中で枯れ枝のような手を宙に伸ばし続けている。
それを、確かな力ですくいあげられた。

分厚い扉が優しいノックの音で開いて、目映い白い光の先に、リーゼントに革ジャンの弁護士らしくない弁護士が「もう大丈夫だ」と言ってくれたのを確かに聞いた。
永遠に掴めるものなどないと知りながら伸ばし続けていた幼い日の残滓の手を、そっととって力づけてくれる男がここにいたのだと気がついた。
私はその日はじめて、自分の中の唯一残った「救えないもの」として見て見ぬフリをしていた自分と向き合った。
生涯枯れて腐れて箱の内側で融けて蠱毒になるだけだと思っていたそれを、真正面から見てくれる人を知った。

ずっと、自分に自信が無かった。
今はこうして、昔に比べれば随分と恵まれすぎた環境で幸せの端を掴んで生きているけれど、やっぱりどこかで「いじめられていた」という看板が首から下がったままで、自分に自信が無かった。
自分を誇れなかった。
けれど、もしかして、と思った。
無様に逃げて逃げて逃げて、死ぬ勇気がないというどうしようにもなく情けない理由でずるずると生きてきた私でも、
死なずに今日まで生きた、
というこの事実だけで実は、天国獄にそれは誇れるのでは? と。

その日のうちに、私のスマートフォンにはリリース当時入れたはいいものの音楽ゲームがなじまなくて即アンインストしたヒプマイARBが再インストールされた。
2022年バースデー記念の獄のガシャを回して、下手くそなりにナゴヤの曲を馬鹿みたいに遊んだ。
コミックも読んだ。
十四のいじめのくだりでトラウマが甦って吐きそうになったが、その後の、十四の自殺を必死で止めていじめの犯人に懲役15年をぶち当てた獄を見て確信した。

やっぱり、私が「いじめられても死ななかった(死ねなかった)」ことは、彼に対して何も無い私が唯一誇れることなのでは。

いじめられた子どもが、それでも無様にでも生き延びて、今、幸せの端を掴んで新しい人生を歩もうとしている。
それは、彼の信じる正義を私の人生そのものが全力で肯定していることになるのでは。
私は、死ななかったことを、人に誇れるのでは。
何より、天国獄という一人の人間のはなつリリックが、私の中で葬ることさえできずに封じた「いじめられていた私」を救ったのは、例え彼が二次元で私が三次元の存在だという次元の断絶があろうと確かな事実で、それそのものが「天国獄の信念」の紛れもない肯定であり、万雷の拍手喝采に代わるねぎらいなのでは。

ああ、今日まで死ななくてよかった。と思った。
生きてて良かったと思うことは最近増えたけれど、死のうとしたけど死にきれなかった情けない自分、も誇っていいんだと思った。
あの時死んでたら、きっと獄を悲しませた。
あの時諦めていたら、きっと獄に出逢えなかった。
このタイミングで、この境遇で、天国獄という男に出逢えたからこそ、私には彼の言葉がこんなにも響くのだと思ったら、なんかもう、辛い過去もひっくるめてそれそのものが幸せだった。

だって、自殺未遂を複数回してるけど死にきれなかった元虐待児童の女なんて、そんなの長編夢小説の設定盛りすぎた夢主なんだもん。
自分の境遇をここまでネタにして、獄のかっこいいシーンを妄想しながら旧懐に浸れる日が来るなんて思っても見なかった。

ありがとう、天国獄。
ありがとう、あの日死ななかった自分。
これからは、フラッシュバックが起きても獄のことを思い出すから、あの幼い時分を箱に閉じ込めて黙ってろなんて叫ばなくても済むんだ。
2021年バースデー復刻獄が来ないことだけが今一番の悩みなんだけどな!

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